4P まだ生まれてもないころの
風呂から上がって、ソファにドーンと転がると、もう外には夕日の赤が掛かっていた。
ずっと向こうに広がる海が、真っ赤に染まって輝いている。近くにあるようでそれは遠くて、ここが山の上に作られた街だというのを、改めて理解する。
つけたままにされていたらしいテレビには、「終戦記念日」の文字が躍っていた。そういえば今日、八月八日は、五十二年前の戦争が、ようやく終わった日だった。昔、まだ学校に通っていたころに、授業で習った。
昔、世界は戦争をしたらしい。
「第三次大戦、ですか」
発端は、今はもうないどこかの国と、これまたもうないどこかの国に生じた、小さな軋轢からだったらしい。そのふたつの国はとても大きい国で、良好といえる関係ではなかった。しかしどちらも、強力な兵器を持っていたので、戦争をすることができなかった。あまりに兵器が強すぎて、使えば共倒れになってしまうからだった。
ふたつの国は、共倒れにならないよう、片方を一方的に倒せる機会をうかがっていて。しかししびれを切らした片方が、兵器をもう片方に使った。
ふたつの国は地図の上から消えた。
世界の人の数も、半分になった。
それから、多くの国が好き勝手に戦争を始めた。自国の領土を広げるための侵略戦争だった。好き勝手にといったが、その行いを止める者はいなかった。ふたつの大きな国は、ほかの国をまとめる役割を果たしていたのだった。それが消えてしまったから世界は混乱の坩堝にはまった。
その侵略戦争は、ひとつの国ができることで、ようやく落ち着いた。
現在の、言葉兄妹が住む列島州。それを内包する、統一国。
世界は戦争の果てに統一された。国は州という形となって残った。変わったようで、あまり変わらず、しかし戦火の果てには、滅びに近い平和が待っていた。
当時、教鞭をとっていた先生は、確か六十歳以上。戦争の経験者、だったか。
その人は教室から、時折海のほうを見て、黄昏ることがあった。一度だけ、何をしているのかと尋ねたら、「思い出しているんだよ」、という返しと。そして「あの砂の海には、僕の家族が眠っているんだよ」、という、悲しげな答えが帰ってきた。
外の景色は、その時のことを思い出す赤色の砂海だ。第三次初期の兵器群によって、砂に替えられた国々、町々。砂海は、五十二年よりもさらに昔の、人々が生きた証の残骸なのだ。そこは今や、怪獣の住処。怪獣たちの国となっている。
目をよそにやれば、土色の泥海も見える。砂海と、水海、ふたつの海の狭間が泥海だ。そこには、いくつか建物が立ち並び、かすかに光が灯っている。
見れば空は、暗く染まりつつあって、真白い月が煌々と輝いていた。
結以は電灯をつける。すると、足音が聞こえた。
「なにやってんの」
始の問いかけに、結以は振り向きつつ答える。
「海を見ていました」
結以が笑って言うと、「ふうん」と始は鼻を鳴らし、それから手の中の釣り竿を見て「釣り行く?」
「う~ん……遠慮しておきます。今日は疲れましたし、お腹も空きました」
この時間は、結以にとって活動しやすい時間だ。熱く無くて涼しくて、虚弱な結以でもある程度動ける。それを知っているから、始はこうして、遊ばないかと誘うのだ。
しかし今日は、体力を多く使ったので、断った。始もそれに、無理強いをするでもなく応じた。
「それじゃ、ご飯作るから。先に何かして待ってて」
「はい。……ああ、そうだ。少し夜風に当たってきますね」
「ん、わかった。早く戻ってきてね」
そう始に断りを入れて、それから外に出た。
少し熱気が残っているが、吹く風は涼しく心地よい。日中の暑さが嘘のようだ。夕食ができるまでの時間、さてどこに行って過ごそうか。ゆっくりと歩きながら考える。
この涼しい時間は外に出る人も多いらしい。歩いている間に、結構な人数とすれ違う。こういていると人のいないところ、もしくは少ないところに行きたくなる。
「山のほうにでも行きましょうか」
山のほうというと、ここでは町の、より高い位置の森に囲まれた場所を言う。この町は山の頂上付近に、円状に作られなるように作られている。山頂には神社があるとかで、その周辺含めて開発されていない。緩やかな坂道で構成されたそこは、この夏の夜は、あまり人がいない場所だ。
昔から、この周辺の森には幽霊が出るとか、妖怪がいるとかで、人がそもそも寄り付かないのだが。夏は雰囲気も相まって、特に人気のなくなる箇所である。涼むにはもってこいだし、そこまでの道のりを行って帰る時間なら、夕食にちょうど間に合うだろうか。
「そうと決まれば行きましょう!」
ゆっくり歩きつつ行こうじゃないか。決めた瞬間に、結以は目的地へ向けて歩き始めた。
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