好きな色。
夕藤さわな
第1話
「ユウトくんは何色が好き?」
「ピンク色ー!」
幼稚園の参観日――。
教室に響いた息子の元気な声に俺はハッとした。思わず隣を見ると視線に気が付いた妻が不思議そうな顔で俺を見上げた。
でも、俺の表情の理由にすぐに思い当たったらしい。
「心配しなくて大丈夫だよ」
そう言ってくすりと微笑んだ。
「はい、ユウトくんはピンク色ね」
「センセー、ありがとうございます!」
妻の言葉を肯定するように幼稚園の先生から息子の手へとすんなりと渡されたピンク色の折り紙を俺は半ば呆然と見つめた。
***
「ユウスケくんは何色が好き?」
「ピンク色ー!」
元気いっぱいに答えた俺を見つめて先生は困り顔になった。
「え、でも……青色とか緑色とか……ほら、銀色の折り紙だってあるよ?」
先生の困り顔に子供ながらに察した。どうやらピンク色を選んではいけなかったらしい。俺がピンク色を選ぶのは不正解だったらしい。
だけど、それじゃあ、なんて答えるのが正解だったのか。
「……」
すっかりわからなくなってしまった俺は先生が扇状に広げた色とりどりの折り紙を指さして口をぽかんと開いたまま。言葉が出てこなくなってしまった。
「それじゃあ、今日のお洋服と同じ。水色にしよっか」
そう言って先生に差し出された水色の折り紙を受け取ってはみたものの、やっぱりどうしていいかわからない。手に持った水色の折り紙をただ呆然と見つめた。
「ユアちゃんは何色が好き?」
「……」
「選べない?」
「……」
「どの色もキレイだもんねー。それじゃあ、ユアちゃんはピンク色にしよっか」
ふと顔をあげると先生は次のテーブルへと歩いて行くところだった。そして、向かいの席に座っている女の子は手に持ったピンク色の折り紙を仏頂面でじーっと見つめていた。
視線に気が付いて顔をあげた女の子はすぐさま俺に向かってピンク色の折り紙を差し出した。
「あげる。ピンク色、好きなんでしょ?」
そして、返事も待たずに俺の手から水色の折り紙を抜き取った。
「水色、好きなの?」
「ううん。でも、ピンク色もそんなじゃない。何、作る?」
そう言って女の子は水色の折り紙をひらひらと振った。
「何、作ろっか」
そう言って俺はピンク色の折り紙をぎゅっと握りしめた。
***
あのとき水色の折り紙をひらひらと振っていた女の子は今、妻として俺の隣に立っている。
「ウチらの頃と今じゃあ、違うんだよ」
そう言って笑う妻の横顔を見つめ、息子の笑顔を見つめ――。
「……」
俺は微笑んだ。
ほんの少し苦い。だけど、やっぱりうれしい。そんな気持ち。
そういえば――。
「……ママは何色が好きなの?」
今更のように尋ねる。
「特にないよ、好きな色」
間髪入れずに返ってきた答えに俺は目を丸くして妻を見つめた。当の妻はといえば息子を見つめてうれしそうに言うのだ。
「ユウトはすぐに答えたね、好きな色。ああいうところ、絶対、パパ似だ」
好きな色。 夕藤さわな @sawana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます