白兎の夢物語

ソロモン

前日譚【幸せな日々】


____爽やかな風が頬を撫でる。


 ぽかぽかと温かな陽射しに、甘い花の香り。先程まで集落でも数少ない子供たちと遊んでいたのだ、無尽蔵な体力の子供達と遊んだ後にこんな良い天気。

眠気を感じるのには十分じゃないか。



 集落の近くにある花畑にでも行こう。彼処は人が滅多に来ないのに、獣も来ない。絶好の昼寝ポイント____「にーちゃーん!!!!」




…うるさいのが来た。と、思わず顔をしかめる。


______________



集落全体に、元気な明るい声が響き渡る。

にーちゃん、と呼ばれた少年は眠たげに、そして面倒くさそうにため息を吐く。



「…来んなよテイマー…。」



__テイマー、と呼ばれた子供。

 白髪ボブに、零れ落ちそうなほどまん丸い紫色のキラキラと輝く瞳。ぴょこん、と立つウサギの耳は動くたびにゆらゆら、と揺れて。

 首元に巻かれた赤く長いマフラーは地面についている。

 白いワンピースを着た為か、女の子にしか見えないが、この子供は"男"である。



「にーちゃん!あそぼ!みんなと、あそんだんでしょ!」



__にーちゃん、と呼ばれている青年。テイマーの兄であるアニマ。

 ショートの白髪にキレ長い目。瞳は青く、冷ややかな冬の空を感じる。テイマーもよりも長い兎の耳はぺしょり、と垂れて今のアニマの心情を表しているように思える。

 ゴワゴワの薄着の薄汚れたシャツに薄地のズボン。みすぼらしく見えるが、彼にとってコレは凄く動きやすいらしい。




「やだ。お前が来なかったのが悪い。…何処にいたんだよ。」



うっ…と、わかりやすい反応をする弟に大きなため息を吐いた。

恐らく"あの場所"にいたんだろう。





「____お前なぁ!母ちゃんのとこに行くなって言っただろ!!」




大きな怒鳴り声。ぴぃっ!と泣きそうな顔になりながら、テイマーは「でもでもだって!」と言い訳を重ねる。




「だって、だって!!!お母さん起きてて、お話聞いてくれたんだよ!ちゃんとお話もしてくれたもん!!」




__母、ソフィアは、気狂いである。

 それがこの集落での共通認識であり、暗黙の了解のようなものでもある。

必要最低限の世話だけを行い、納屋へと閉じ込めていた。


 彼女は四六時中、歌を歌う。同じ子守唄を常に、歌い続ける。けれど1日の大半を寝て過ごす為そこまで問題視はされていない。

「死ぬまでは放っておく。」それが大人たちが出した結論だった。



「だ、か、らー……罰としてお前とは遊ばない。」


 そう言い、泣きそうになっているテイマーを置いて昼寝へ向かうアニマ。

 置いてけぼりを食らったテイマーはめそめそと泣きながら(そんなに泣いてもいないが)元来た道を戻っていく。



____________


「ただいま、お母さん。」



 おかえり、なんて声は聞こえない。


 納屋の奥、地べたに座り、ずっとニコニコと笑っている長い白髪の女性。

ぐちゃぐちゃになった髪に埋もれて、千切れたようなウサギの耳が見える。


「あれ、うごいたの?かみのけ、ぐちゃぐちゃ。」



 パタパタと母と呼んだ女へ近づき、近くに隠しておいたブラシで長い髪の毛を毛先からとかし始める。

 その間に、テイマーは何度も母へと話しかける。


__きょうはね、にーちゃんに、おこられちゃった。



__あとね、あとね。ファーニィのおねーちゃんがね、レンジのにーちゃんと、けっこんするんだって。




__お母さんに、にあうおはな、あったんだよ。こんどもってくるね、ねーちゃんに、かわいいかみのけ、おしえてもらったの。






__お母さん、つぎ、いつ、おはなしできる?





 そんなことを聞きながら、髪の毛をとかし終える。そして母の膝に頭を置き、目を閉じる。



「お母さん、うたって。ぼくね、あれすき。」


 母は反応を見せず、テイマーを見ることもなく微笑み続ける。寂しいとはもう思わなくなった、感じなくなった。でもちょっぴり寒いと考えながら、目を閉じる。




昼下がり、母の膝で眠りにつき。子守唄の中で兎は眠る。

テイマーにとっての日常。テイマーにとっての幸せ。



ずっと、続くとおもっていた。

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