その赤き衣を纏う美しさよ

赤。

 濁りも、淀みもない、澄み切った赤。

 鮮やかに赤々と染まったその衣は、まるで血で染めたかの様で一際目立つのもあっただろう。

 はくこうは、ちょう玲凛れいりんが舞台で舞う姿に心奪われていた。


 ――何と、美しいのだろうか


 赤は、魔を祓う。

 赤き衣で身を包み、その手には桃の枝を携え目に見えぬ悪鬼を斬り裂く姿は、圧巻である。

 ひらり、ひらりと長い裾の先まで計算された様に華麗であった。

 そうして最後の悪鬼を斬り裂くと、玲凛は神々に向かって叩頭(地面に頭を擦り付ける礼)をした。


 ゆっくりと体を起こした玲凛は、はくこうを見やるや舞台をぴょんと飛び降りた。先程までの繊細な舞が嘘の様に、無邪気である。だが、その顔は雲行き怪しく、不安に苛まれているのかどんどんと眉尻が下がっていった。


はく(※伯は爵位)様、如何でしたでしょうか? 明日、陛下の御前でも問題無いでしょうか?」


 陛下、という言葉で漸く目が覚めたのか、我に返った様に一拍置いて口を開いた。


「見事であった。これならば明日の神事でも問題無かろう。、このまま気を抜かぬように」


 純粋な褒め言葉に、玲凛は頬を赤らめて喜んだ。それもそのはず。本来、此度の神事の舞は別の者が舞う予定だったのだ。だが、残念ながらその者は脚を痛めてしまい、到底皇帝陛下の前になど出せないという神殿の意向により急遽、玲凛が選ばれたのだ。それが決まったのも、ほんの二日前のことである。


 代理とはいえ、かんなぎである玲凛にとって、舞手の見せ場である舞台に立てるとあれば、感極まるのも仕方がない事だった。

 今回の神事で、ひと騒動あったら……などと心配していたはくこうの肩の荷も降りたと言えるだろう。まあ、それ以上の収穫があったわけだが――


「では、明日は宜しく頼む」

「はい!」

「また脚を痛めたなどという話にならないように、今日はもうゆっくりと休みなさい」

「わかりました」

「あと、舞が終わった後に舞台から飛び降りるなど、陛下の御前で不敬な事はしない様に」


 あれは勢い余って……と、ごにょごにょと口の中で呟く玲凛は、自分が粗野な行動をとった事を思い出したかの様に、しゅんと丸くなってしまった。はくこうとて、貴族である。はくこうが温厚な人物でなければ、叱責どころでは済まなかったかもしれない。


「……気をつけます……絶対にしません」

「ああ、その方が良いな。其方の舞はとても美しかった、出来れば明日だけでなく、これから先も見たいから」


 そう言って、はくこうは優しく微笑んだ。

 玲凛は、慌てた様に恥ずかしげに袖で顔を隠す。赤き袖の向こうには衣の赤にも等しく、頬が赤く染まっていた。

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