色情色(イロいろ)
黒味缶
色情色
ある朝、姉の部屋の前を通ると開け放たれた扉から油絵具と溶剤の独特なにおいが漂っていた。
「姉さん、また描いてるの?」
「ええ」
顔だけのぞかせて尋ねた私に、姉はこちらを振り返ることなく答える。
どうやら真剣に絵を描いているようだ。
「出来上がったら見せて」
「いいわよ」
私の姉は、美大に通っている。
天才肌ではあるのだが、同時に常識人の私には理解の出来ない思考の持ち主でもある……具体的には、エロい。
口さがない人にはビッチとか呼ばれるほどで、一応彼女なりに筋の通った事らしいので私を含む家族は姉の性に関する放蕩さは諦めている――諦めているフリをしている。
数日後、居間に一枚の絵が飾られていた。
鬱蒼とした森の中に差し込む、天使の梯子めいた光芒。架空の景色。
この架空の絵を普通に描くとすれば、青系の静謐さを感じる色彩にするだろう所を、姉はどこか甘く蕩けるような暖色に近い色彩に調整して描いている。
「あ、見てくれた~?」
「うん。いい絵だと思う……いい人だったんだ?」
「ええ。いい人。でもずっと一緒にいるとこれしか描けなくなりそうだから、別れちゃった」
姉は、軽率に恋をする。恋をして、抱き合って、そうして心で描いたものが壊れないうちに絵にする。
時には苛烈で、時には冷めてて、そして時にはこの絵のように穏やかで……恋を通じて得たものしか描けない姉だから、関係はいつも一時的だけど本気の恋なのは伝わる。
だから、新作の絵が描かれるうちは、家族は姉の無計画な恋をとめることができないのだ。
「……ずっと描いていてもいいなと思える恋をしたら、その人に決めるの?」
「そうね、そうする。そしたらきっと、恋の絵以外も描けると思う」
「そっか。早く見つかるといいね」
それか、早く諦めてくれるといいなと思っている。
私は多少狂っていても姉の絵のファンだから。幼い頃にたくさん描いてくれていたような、色情の色以外の絵だって、もっとたくさん見たいのだ。
色情色(イロいろ) 黒味缶 @kuroazikan
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