第19話
「御目覚めましたか?」
武は朱色の間の寝床の中。
鬼姫の声を聞いた。
「お怪我があるのに、良い気概。きっと……数多の龍に打ち勝つことでしょう。私は掃除があるので。では、行ってきます」
武は天井を見つめていたが、ごそごそと布団の動く音がしたかと思ったのだろう。そして、妙に声が近いとも。
「へ? 鬼姫さん?」
武は驚いているようだ。 それもそのはずである。 武の布団の中に、さっきまで鬼姫が寝ていたのであった。
「鬼姫さん……でも、役得なんていえないよな……麻生……」
ここから見ても、武は複雑そうな顔をしているのだ。 心情を察すると、やはり複雑である。麻生のことを想えばどこまでも強くなれるのだが、周りの強い好意も本当の意味での武の支えであろう。
(一体。俺はこれからどうすればいいんだよ。あいつのことしか頭にないっていうのになあ)
やはり、やむなきことである。
武はそれらをわかっているのだろうか?
鬼姫の温もりのある布団の中で、武はいつまでも天井を見つめていた。
しばらくして、武も朱色の間から出てきた。 手に木刀を持ち、これから朝練である。いつもの習慣であろう朝の五時であった。廊下を歩く武から少しだけ外を見ると 巫女がそれぞれ宮の掃除をしていた。
なにやら、武は今までにないほどに、真剣な顔で庭へ向かったようだ。 修練の間で、鬼姫の凄まじさを実感したので、致し方ないのだろう。
「もっと、腰を落として、力を抜いてください!」
「わかった! こうか?!」
小鳥のさえずりが健やかに聞こえる庭で、武は広い境内で掃除中の鬼姫に偶然出会い。今は稽古の真っ只中である。 武も必死に習っているようである。箒片手に鬼姫は、武のことを掃除をしながら稽古をつけてくれているようだ。
ここから見ても、鬼姫は文字通り手取り足取りのように、武の構えからの木刀さばきに意識を向けている。
徐々に武の構えからヒュンと、木刀から発する音が変わってきていた。
「ハッ! テヤッ! ハイッ!」
稽古をしている武は、怪我も武自身気にならなくなってきているのではないだろうか? 武は勢いよく木刀を振っていた。
「もう掃除も終わりの時間ですね」
あれから二時間後である。
一息ついて、鬼姫は武の方へ向かい「お疲れ様でした」と頭を下げたようだ。
「お疲れ様でした」
(ふうー、稽古はそんなでもない。いつもの朝練と同じくらいだな)
武も律儀に頭を下げたが、ここから見ても、あまり疲れていないようだ。
武の中で何かが変わりつつある。
武に鬼姫は優しく接してくれている。だが、当然稽古以外はである。
これならば、武の武運次第では、数多の龍を打ち倒していけるだろう。 けれども。 乙姫の説得。 竜宮城の侵略。 様々な恋。思慕。 これらを解決せねばならないのだ。サンサンと照らされた広い境内を掃除していた巫女たちも、そろそろ掃除道具を片付けだしたようだ。
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