第18話

 一方。

 武は湯築の番が終わって、高取の不思議な修練のあいだに、布団から起き出して空手の構えを片っ端からしている。

 一つの構えから腰を落として正拳を打ちだすと、三人組が歓声を上げた。

 鬼姫はこっくりと頷き。

「筋はとてもよいです。私との番には是非お手合わせをお願いしますね」

 頭を深く下げる鬼姫に武は急に軽く震えた。

「ああ。けど、どうなるかな? 少し離れているけど、鬼姫さんって、隙がないどころか……なんていうか……。すでに俺が威圧されているみたいなんだ。そのせいで、型に移行する動きが鈍くなっているみたいだ」


(鬼姫さんは、まるで未知の力を持ってそうだよ)


 確かに鬼神を祀る巫女の鬼姫からは、何かの気圧されるとてつもない空気のようなものが発せられている。これからの修練は、私にとっては楽しいものだ。

そんな空気のようなものを発している鬼姫は、平然とまたこっくりと頷いたようで、

「そこまでわかるのなら大丈夫です。きっと、成長は早いでしょう。あ、まだ少し時間があります。お茶を持ってまいります」

「あ、お構いなく……」

 武は律儀に頭を下げたのであった。

 

 今度は武の番だ。 ここ修練の間の中央で木刀を構えたが、武は微動だにしない。いや、動けないのだ。 ドンっと、相手の鬼姫が刀を構え腰を落とすと同時に、周囲の空気が一斉に逃げ出したかのような凄まじい風圧が巻き起こった。 周りの灯篭の火が全て消えた。 暴風を受け、凄まじい熱気と威圧感の嵐の中。武は必死に、まるで一枚の紙切れと化した木刀を構えて、踏ん張った。 武は恐怖を全く感じていないはずはないのだろう。

(こ……これは?! 凄い!!)


 ただの意地であろうか?

 あるいは、何かの必死さからくるものか?

 鬼姫が力を抜き刀を鞘に納めた。周囲の空気が途端に穏やかになった。

「武様。良い気概です。無事、今日の稽古は終わりです」

 何もしていないというのに、汗だくになった武は律儀に礼をしていた。

(俺は……もっと強くならないといけないんだ……ただただ……な)


「武。どうだった?  鬼姫さんの稽古は?」

 湯築は、修練の間から汗だくで出てきた武にすぐさま近づいて聞いてきた。

 恐らく心配して、待ってくれていたのであろう。

「ふー、疲れた。鬼姫さんは凄いや……あ、湯築。何もしていないのにひどく疲れたよ。そういえば、高取は?」

 ここは、廊下である。 二人とも汗を滝のように流している。ここから見ても、凄い汗である。

 広い廊下で、武と湯築のまわりには夕餉の準備に巫女たちが行き来していた。

「高取さんなら、真っ青な顔で甘いものが欲しいって、ふらふら台所へ行ったわ」

「そうか。高取もなのか……」


「麻生……きっと……俺は……」

ここは朱色の間。 再び寝床についた武である。武は天井を見つめて一人呟いたのだ。 おや、武は恐怖を全く感じていないのでは?

(辛い時は、早めに慣れてしまえばなんとかなる。一番は慣れること。あいつの父さんが言っていたっけ)

 

 静まり返った寝床の中で、強い眼差しの武はほくそ笑んでいるのだ。頼もしい限りであるが、 それとも周囲の人たちのおかげなのだろうか。 寝床の中で武は、いつまでも天井を見つめていた。

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