大逆転! マックのJK太平洋戦争

眞壁 暁大

第1話

 マクドナルドにて女子高生(?)同士の会話


「ゼロ戦ってさー、ドブ川に貼りついてる藻みたいな緑色だからうざいよね」

「そーそー、コルセアみたいな分かりやすい青にしろっつーの!」


 マックシェイクを吹きかけたが、ふいに我に返った。


 た し か に。


 現に航空自衛隊のF-2戦闘機は洋上迷彩では緑色ではない。

 いやそもそもゼロ戦のあの緑色が洋上迷彩だったかどうかは知らない。

 知らないが。

 だがコルセアが濃紺一色であるのはまだ、「海に溶け込むため」として迷彩の意図が窺える。

 ソレに対してゼロ戦の緑はなにを意図していたのかわからない。

 あれも洋上迷彩の一種だったのだろうか?

 日本人は信号機の「緑」を頑なに「青」と言いはる、みたいな民族ごとの文化の違いが出ている可能性があるのだろうか?

 あのゼロ戦の緑色は、日本人には「海に溶け込んで」見えていた可能性が微レ存?


 居ても立ってもいられずにマックを出ると、俺は車道に飛び出す。


「タッカラプト!! 異世界トラック!!!」


 意識が吹き飛ぶ瞬間、視界にはヒノノニトンのエンブレムが大きく広がった。



 *  *



 時と所は変わって太平洋戦争中のラバウルである。

 望みどおりにトラックは俺を異世界に転生させてくれたようだ。


 さすがは現代の神龍(シェン◯ン)。需要をよく分かっている。


 そこそこ腕のいいパイロットという器で転生したおかげで、戦況が思わしくない中でもそれなりにいい暮らし(当時基準)をさせてもらっている。ちり紙がケツに優しくないのは些細なことだ。

 ぼんやりとした記憶の中ではこの頃はまだゼロ戦は白っぽい色だったはずだが、列線にはちらほら緑に染めた機体も見え隠れしている。ちょうどこの時期がゼロ戦の衣替えの季節だったか。陸軍のようなまだら模様に愛機を塗り替えられた同僚が整備兵を殴りに行き、翌日返り討ちになってズタボロで現れたのは申しわけないが笑ってしまった。だが気持ちはわかる。俺だってあんな緑色のダルメシアンみたいな塗装はゴメンである。

 

 そろそろこっちにやってきて二週間ほど経つ頃、俺の機体にもお色直しの話が回ってきた。他の例に漏れずに緑色に塗りたくるやつだ。


 ここがチャンス。

 俺は転生直後から、この身体の持ち主が隠匿していた各種物資をワイロとして整備兵にせっせとばら撒いていた。

 軍隊というのは本当にしょうもないところで、甘味酒タバコの物々交換でいろいろと融通がきいてしまう。元の体の持ち主も、いざというときに備えて貯めておいたのだろう。


 今がその「いざというとき」である。


 俺は他の小隊の機体と同じように緑色に塗られるはずだった機体を、同じくワイロで調達してきた青系の塗料でもって、海の色に似た青に塗ってほしい、とねじ込んだ。最初は渋っていた整備兵と整備班長も今までいろいろ受け取ってきた後ろ暗さもあり、最期は根負けして引き受けてくれた。

 これでこの世界に転生した目的の半分は達したようなもんである。


 翌日に飛ばしてみると、たしかにこっちのほうが迷彩として効果的だった。

 ラバウル湾の青によく溶け込んでいい。

 しかしこうして飛んでみて分かったことが一つある。

 例の「ドブ川に貼りついてる藻」のような緑色も、それなりに見えにくいのである。海岸線を飛ぶとそれはより効果的で、海の青と、密林の緑、そのどちらにも合わせた色調であるからか、海上から陸上へと飛ぶとき、あるいはその反対のときでも見つけにくくなる。

 自分たちの青一色の機体は海の上ではいいけれども、陸のジャングルを背景にすると目立つ。そこが欠点だった。

 一色でどちらにも対応できるあの緑は、かなり考えられた色だったのだと認識を改めさせられた。

 あとはこの世界に来た目的のもう半分

「アメリカ人から見たときはどうなんだろうな?」

 という疑問については、いずれ分かる時が来るだろう。何しろここはラバウルである。放っておいても向こうからやってくる。



 *  *



「やり過ぎだ」

「(・д・)チッ サーセン」

「あぁ?」

「すいません、反省しています」


 青く塗装して飛んでいたことがバレたので俺は基地の司令に怒られた。中堅どころと見られていると思って好き放題やりすぎたらしい。チビるくらい怒鳴られた。

 最期は舌打ちとともにブインに出張を命じられる。


「長官が来るのにオマエラみたいなヘンテコな色のゼロ戦を見せられるか。しばらくブインで遊んでろ」

 ・・・長官とは? といちど頭を捻ったがすぐに気づいた。

 今は1943年ってことは、アレだわ。

 しかしこんなにおおっぴらに話題にしちゃっていいのだろうか、長官の行動って。うん、ダメだったんだからああなったんだろうな。


 当日、俺の率いる小隊は長官のブイン到着と入れ違いにラバウルに戻る行程を組んでいた。さすがは連合艦隊、分刻みの正確なスケジュールで動いてくれるおかげでこちらも動きやすい。

 マックでJKの会話を聞いた生前の記憶を元に、長官を落としたP-38を逆に待ち伏せする。先回りするには大きく迂回する必要があった。ラバウルまで戻るだけなのになんで増槽も満タンにするのかとブインの整備兵には文句を言われたがこれもワイロで誤魔化した。もはや俺は裸一貫である。

 まあいい、どうせすぐ死ぬし。


 長官御一行の飛んで来る高度まで把握していたP-38の皆さんはそのご自慢の高高度性能を活かすこともなく、我がゼロ戦でも上を押さえることの出来る中高度で待ち構えていた。

 海の上を見つからないようにソロリソロリと高度を稼いできた・・・ノロノロとしか高度を上げられないとも言うが・・・俺たちの小隊は、P-38の真後ろ上空に達し、そこから彼らに向かって4機一斉に翼を翻して襲いかかった。


 16対4。


 負けるに決まってるがまあ、不意を衝くことは出来たようだ。

 驚愕の表情を浮かべてこちらを見上げるP-38の操縦士めがけて、俺は翼の20mm砲を躊躇いなく打ち込んだ。



 *  *



「よくやった!」

「…ッス」


 ほうほうの体で逃げ帰ってきた長官機。

 それを守ったのが俺たちの小隊(生き残ったのは半分だが)だと知った基地司令は激賞した。俺の方はそれどころではなかった。奇襲が思いのほか上手く行ったせいで、歴史を変えてしまったのだ。元の体の持ち主は俺が思っていた以上にエースだった模様。体に染み付いた空戦術で見事に敵機を撃墜、しかも逃げ切ってみせた。


「みんな上手いよなぁ」

 と思いながら率いていた小隊のメンバーもやはり手練揃いで、それぞれ複数機を撃墜し、P-38部隊はほぼ半壊してしまっていた。復讐にかられたアメリカ人に二機が返り討ちにされたが、一方的な勝利だった。

 自分たちに躍起になって長官襲撃が疎かになったせいで、ついに一機も落とせずに引き上げたのを合わせれば、ほぼほぼ完勝だろう。

 視察を取りやめて逃げ帰ってきたくせに、GFご一行が祝勝ムードなのはそのせいだ。


 明日からのことを考えると憂鬱である。

 大盤振る舞いしていた各種ワイロ、まだ支払いも済ませてないものもゴロゴロあった。生き延びた以上、これからは取り立ての毎日である。

 言い訳したり取り繕ったり出来るだろうけども、それはそれでめんどくさい。

 いったん決めた覚悟が空振りに終わった虚脱感がすごい。

 何より、(おもに俺のせいで)ほんとうは死ぬはずだった超大物が生き延びた世界、この先どうなるのか。


 「・・・どうしたもんかな」

 だれにでもなく呟いた宿舎への帰り道、前から減光した自動貨車が走ってくるのが見えた。そうだよ、この手があったじゃないか。

 俺はそのトラックの前に走り出す。


「出よ!! 異世界トラック!!!」


(了)

 

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