現実2
五月晴を学校で見かける事がなくなった。
後から知ったことだが、彼女は耳がほとんどの聞こえないらしい。その事で学校で孤立しており、今では心を閉ざして色の見分けもつかなくなっているそうだ。
耳は先天的なものらしいが、色については後天的――心の問題なので、時間が解決すると周囲は思っていたようだが……。
五月晴は夢の世界に閉じこもってしまった。
普段から保健室登校が多く、教室ではあまり見かけなかったが、今ではその保健室にもいない。
あの日――彩雅の秘密を
しかし、彩雅は知っていた。
彼女が毎日夢の世界で楽しそうに学校に通っていることに。
あの日彼女の心を覗いてしまった彩雅の心は彼女の夢とリンクしてしまった。
世界に絶望し色のない世界を生きる少女。
極彩色の世界に飲み込まれたいと懸命に生きる少年。
二人は真逆で、コインの表裏。
彼女は夢を現実としたのだ。
彩雅は、そんな五月を羨ましくも、悲しく思い、ただ見つめるしか出来なかった。
ある日、彩雅は病院にいた。
――コンコンコン
「はい」
ノックをすると、中から返事が帰ってきた。「失礼します」ゆっくりとドアを開ける。
真っ白な部屋。
部屋の中には疲れ果てた女性がいた。
それでも彩雅を見ると優しげに微笑みを浮かべてくれた。
ベッドの他には丸いパイプ椅子と、無理やり押し込まれたように長椅子が置かれていた。
そして、そのベッドの上に彼女はいた。
五月晴。
彼女が目を開けなくなってから三ヶ月が過ぎた。
食事も入浴も排泄も自力でできない彼女の体には、至る所に器械やチューブが取り付けられていた。
その光景を見て初め本当の意味で気が付いた。
彼女は緩やかに死んでいっているのだと。
「……」
久しぶりに見る五月晴の顔は、以前より更に影が増していた。毎日夢の中で見ている彼女と同一人物だとはとても思えないほどに。
「今日は来てくれてありがとうね」
彩雅が何も言えないでいると、女性――五月の母親が声をかけてきた。
「いいえ、五月さん――晴さん早く目が覚めると良いですね」
有り体の事しか言えない自分に嫌気が差す。
「ええ、本当に。それにしても、こんなカッコいい子がお見舞いに来てくれるなんて。この子も隅に置けないわね」
「……そんな事」
気を使わせてしまっている。
こんな時でも、大人は自分に出来る事を精一杯しているのに。自分が子供なんだと痛感する。
でも、聞かなければ。今日は、その為に来たのだから。
「目を覚ますことで晴さんは幸せになれると思いますか?」
何て不謹慎な問いかけだろう。
自分が親ならこんなヤツ病室から叩き出すところだ。
しかし、五月晴の母親は驚いた表情をしただけで怒鳴ったりはしなかった。
「それはどういう意味?」
ただ真っすぐ彩雅を見つめてきた。
「晴さんが目を覚まさないのは、この世界で生きていくことが辛かったからじゃないんですか?」
酷な質問だ。
「そう、何でしょうね。あの子を健康に生んであげられなかった。それでも、あの子が幸せになれるように、楽しく生きられるように頑張ってきたつもりだったのだけど……あの子が生きていられるなら何もいらない! 返して! あの子を返してぇぇぇ」
それ以上は言葉に、ならなかった。
誰に向ければいいのが分からない慟哭。
口元に手を当てるが、嗚咽が止まることはなかった。
「すみません。無神経なことを聞きました。……でも、僕の心も決まりました。僕が必ず晴さんを目覚めさせます」
「――え?」
言いたいことをだけを言って、彩雅は病室を出た。
あのお母さんがいるなら大丈夫だと思えた。それに今度は自分もいる。
五月晴――彼女が生きれる世界を現実に作る事だって出来るはずだ。
その為には夜までにやらなければならない事がある。
彩雅は足早に帰宅した。
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