彩雅正明

『しまった』と思った。


 彼女の瞳を、直接見てしまった。

 少しタレ目の瞳が、オドオドと迷走している。そのおかげで視線が交差したのは一瞬だった。

 しかし、その一瞬で十分だった。 


 流れ込んできた。


 彼女の色が――。


 彩雅正明。彼が見る世界は常人とは掛け離れていた。


 一般的に人は百万色の色の違いを見分ける事が出来るとされている。それを可能にしているのが、網膜に存在する赤、緑、青の視細胞。それらの反応によって色を見分けている。

 しかし、中には4色型色覚と呼ばれる人がいる。その人は通常の百倍――一億色を見分ける事が出来るという。女性の五パーセント程は四色覚だとされており、夜景や花などを見てキレイだと感じる一因だともされている。人以外では、甲殻類、昆虫、一部の爬虫類や鳥類などが四色覚を持つとされおり、これらは紫外線まで見る能力があるらしい。


 しかし、彩雅の視界はそれらも凌駕していた。


 五色覚。


 人の――ましてや、男性ではあり得ない能力。

 ある種の鳥や蝶は、5つ以上の種類の色覚を待つとされているが、生物物理学上の証明はなされていない。


 故に、彩雅の見る世界は誰にも計り知れない。


 彩雅は人の感情を色で見る。

 そして、それは時として他人の深層までを見通してしまう。

 人として生活をするには、それは過ぎた能力だった。故に、普段はサングラスで光を遮っているのだが……。


 五月晴――黒と白で濡れ固められたような少女。そかし、その奥に鮮やかすぎるほどの色を称えたガラス細工のような心を持つ少女。


 彼女は、彩雅の目を見ても驚かなかった。

光のあたり様によっては七色に光って見える彩雅の瞳を。


 他人の感情が流れ込んできたことと、自分の感情の揺らぎを押し殺して、サングラスをかけた彩雅は、必要ないと思いつつも口止めをしてから保健室を出た。







 

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