夢

 視界に飛び込んできたは見慣れた天井。

 バッと起き上がり、枕元に置いてあるスマホで時刻を確認する。


 午前七時二十分。


「やばっ! 寝坊した!」


 セットしているアラームは二十分以上前に鳴り終わっていた。


 いつも通りだ。

 まったく学習する気がない自分の体内時計に呆れ返る。


 パジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えつつ、

一階へ。洗面所で顔を洗い、歯を磨く。髪は手櫛でいっちょ上がり。お母さん譲りのサラサラヘアーに感謝する。


「よし、オッケー!」


 起きたばかりだと言うのに、鏡の中の私が満面の笑顔でコチラを見返していた。


 黒髪ショートのパッチリお目々。


 五月晴さつき はれ――私の顔だ。


 天真爛漫を絵に描いたような私にピッタリの名前だ。


 リビングに行くとパンの焼ける香ばしい香りと、コーヒーの芳醇な香りが鼻腔を擽る。


 グゥゥゥ


「お腹すいたー。朝ご飯何?」


 口と同様に雄弁なお腹が苦言なのか、歓喜なのか分からない声を上げた。


「アンタねぇ。寝起きでそんなに元気ならもっと早く起きなさい」

 キッチンに立つお母さんが呆れた視線を向けてくる。


「たくさん寝てるから元気なんだよ!」

 サッとお母さんの下へ行き、良く焼けたトーストとコーヒー。それにハムエッグが乗ったお皿を受け取る。


「もぉ、ああ言えばこう言うんだから」

 

 何かブツブツ言われていたが、それどころではない。

 手を合わせて、頂く。

 トーストは見た目通りサクサクで、それを表面に塗ったマーガリンの油が優しく包み込んでいく。水分を欲した口腔をブラックのコーヒーで湿らせ、ケチャップを付けたハムエッグを1口。塩味と酸味で舌とお腹が歓喜する。


 私の目の前ではお母さんも同じものを美味しそうに食べていた。

 先程は色々言い合っていたが、親子中は良い。色の好みも同じだ。


 ふさっ

 

 足元を見ると、愛猫のアーサーが擦り寄って来ていた。


「おお、アーサーおはよー! かわいいやつめぇ〜」


 ワシャワシャと撫で回してやると、迷惑そうな顔をして、お母さんの方に逃げていった。


「あり?」

「遊んでないでサッサと食べなさい。時間なくなるわよ」

「へーい」


 お母さんがアーサーのご飯を用意するのを横目に見ながら、自分のご飯を食べた。


「お、ヤバ」


 そうこうしていると、午前八時過ぎ。

 そろそろ家を出なければ遅刻してしまう。


「行ってきまーす!!」

「はい、いってらっしゃい」

 

 バタバタと靴を履き、家を出た。


 島根県立松江まつえ中学。

 過疎化が進む田舎県の例に漏れず、松江中学も全校生三百人弱の中小校だ。


 学校までは自転車で十分程。

 風になりながら、滑走した。


 学校に付く頃には、息も絶え絶え。


「はぁはぁはぁ……オエ」

「それ女子中学生が出していい音じゃないよ」


 下駄箱でえずいていると、声を掛けられた。


「……あ、おはよー……」


 振り返るとクラスメイトが若干引いた顔でこちらを見ていた。

「はいない、おはよ。まったく……。晴は可愛いんだからもうちょっと色々気を使いなよ。何かもう台無しだよ」

「ははは……面目ない」


 クラスメイトの過剰な評価に2が笑いを浮かべながら、一緒に教室に向かった。


 二年二組。

 一学年二クラス。それが一年から三年まで。

 二つの小学校からしか生徒が進学しないため上級生、下級生に関わらず殆どが顔見知りだ。同学年に至ってはもはや全員友達――「一年生になった友達百人出来るかな」も夢ではない環境だ。


 そして、私はそれを実現させる気でいる。すでに同学年の半分以上が友達だ。部活動に入っていないので、他学年の知り合いは少ないが、委員会活動などで交流はある。

 出来るはずだ。


「おはよー!」

 教室に着くと元気よく挨拶をする。

 呼吸は整え終わっていた。


「あ、晴。おはよー」「おはよ」「おはよう。今日も重役出勤だね」「はよー」「今日も可愛いね」「昨日のテレビ見た?」「晴ぇ、宿題見せてぇ〜」


 もちろんクラスメイトは全員友達だ。

 色んな所から声がかかる。


 壁掛けの時計は八時二十五分を指していた。朝礼始まるまであと五分ほど。すでに殆どの生徒が登校していた。

 席につくと、すぐに人に囲まれる。

 ワイワイ、ガヤガヤとした騒がしくも楽しい時間だ。


 しかし、その時間はすぐに終わる。

 ガラッという音に視線を前に向けると、担任が教卓のところに立っていた。

 時計の針は八時三十分を指していた。


 一限は国語。

 松尾芭蕉の奥の細道を暗唱させられた。

「ここテストに出すぞ」という担任の言葉に、シャーペンをマーカーに持ち替えノートに書いた文字を強調する。


 テスト前になれば私のノートは大人気だ。

 

 みんなが私を頼りにしてくれている。

 必要とされている。


 こんなに嬉しく充実したことはない。


 私の世界は今日も賑やかで、光り輝いている。

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