黒い翼のカウンセラーは白衣をまとう

henopon

第1話

 わたしは臨床心理士だ。ちなみに臨床心理士になるには、大学院で学び、資格試験をパスする必要がある。そして臨床心理士でもなくてもカウンセリングはできるのだが。

 高校時代、

「資格なければ相談乗れないなんておかしいやん」

 と、たまたま帰宅していた風転の兄はのたまった。生き方には尊敬する一人だが、身内にいると鬱陶しい一人でもある。特に思春期。

 だが、わたしは「力(資格)」を持つことを選んだ。そう。日々ストレスをたくわえる者どもの「黒いミスト」を浴びること。そしてすべてを後ろへ流すこと。人呼んで「清の臨床心理士」。流された後ろに立つ者のことは知らない。それが私の選んだ道だ。そして日々、闘うのだ。まといし白衣は己を守る鎧でもある。

「次の方どうぞ」

 と、落ち着いた声が聞こえた。わたしが密かに身悶えしながら「お姉様」と呼んでいる看護師だ。

「おはようございます」

 と、わたし。

 テーブルの角を挟んで、二人はソファに腰掛けた。これはいくらするのだろうかと考えてしまうほど高そうなソファだ。

 クライアントは浅く腰を掛けて、両膝に肘を置いた。中年の男である。肩までの銀髪を後ろで束ね、細いくせに鋼のような脚を隠すジーンズ、シャツから出たしなやかな腕と細い指。職業は「旅人」だ。どこで何をしているのだかわからない。

「どうぞ」微笑む。わたしの微笑みを目当てに来る奴もいる。しかし彼は違うのだ。見ているようで見ていない。聞いているようで聞いていない。彼はすべてを見ても聞いてもいない。ただ感じているのだ。

 強敵だ。

「最近、調子はどうですか?」

 一本調子で尋ねた。これもカウンセリングテクニックの一つだ。しかしこいつに小手先のテクニックは通じないことはわかっている。そんなことをすれば、

「おまえはアミバか」

 と、一笑に付されるだろう。わたしは腋の下に汗をかいていた。

 静寂。

「今、どこに?」

「北斗七星がきれいだね」

「空気が澄んでますからね。そろそろ隣に寄り添う星は見えましたか?」

「見えてるよ、ずっと」

「あ、それはよかったですね。もちろんますます輝いてますよね」

「太ももの付け根が痛くて」

「それはそういうものですし。自分で選んだならしようがないというものですよ。何なら大きな馬とか見ませんでしたか?」

「大男にマントで包まれた気もする」

「問題ですね」

「白髪も増えた」

「背中、痛みませんか」

「全身が痛い」

 彼は真顔で答えた。

 そして、

「相手の負の気を流しているだけでは勝てぬぞ」

 と、わたしを見た。

「勝つとか敗けるではなく、わたしの場合は人を活かすものです」

「闘わぬ者が人を活かせると?」

「ときには突き放すこともしますけどね。深く強い闇は受けますよ」

「愛なき者にできるのか?」

「あります」わたしはすかさず「それにわたしを誰の妹だと思っているのですか」

「うぬに病さえなければ」

「病んでません」

 否定した。

「兄と妹は同じ道に進んではならぬ」

「進んでません」

 わたしは答えた。

 彼は敗北したようにうなだれたが、わたしは知っている。こんなことで敗北する奴ではない。彼は立ち上がると、帰ると見せかけて、ふっと笑った。彼の生き様だ。

「退かぬ媚びぬ省みぬ」

「やかましいわ!」

「元気そうだ」

「また旅?」

「あぁ」彼は両腕を広げた。「グランドラインを探しに!」

「早く帰れ」

「妹よ」

「黙れ。話が変わってる」

 わたしは立ち上がると、彼を廊下へ押し出した。そしてデスクのボタンを押した。廊下の「お姉様」の声に身悶えした。

「次の方どうぞ」

 



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