マスカレイド 7

「おい、ブルーエースの今の動きを見たか? 理解できたか?」


「無理を言うな。ありゃニンジャってやつに違いない」


「よそ見してくっちゃべってる余裕があるなら俺の援護をしてくれ!」


 フロントラインサービスの面々がワーワーやっている間に、残りの敵も落ちる。

 ひとまず俺を追ってくる敵はいない状況だ。


「悪いがお色直しの時間だ。俺はドレスを着替えるから、その間はなんとか持ちこたえてくれ」


「お客さんはアンタをお待ちだ。あんまり待たせてくれるなよ」


「ダンサーは手早く着替えるものさ」


 崩落した天井の穴からバトルアリーナに飛び込む。


 中にはまだ人が残っていて驚いた。

 純粋に避難が完了していないということもある。

 だが自分の座席に残ってPAをじっと見つめている観客も少なくない。

 彼らは俺がバトルアリーナに帰還したのを見ると歓声を上げた。


 手を振りたい衝動にかられたが、まだ戦闘中だ。

 気持ちを緩めるな。


 待機室への通路に飛び込む。

 その中で慣性無効装置で止まる。

 待機室の中は騒然としていた。

 机や椅子で奥の通路側へバリケードが敷かれている。


「こりゃ一体何の騒ぎなんだ」


「青羽! お前は気にしなくていい! 太刀川のお嬢ちゃんの言う通り予備のバトルドレスをセットアップしたが、その状態で飛べるのか?」


「飛べる。今が最高のコンディションだ」


「自分のバイタル見えてねぇのかよ」


 見えてないわけがない。

 自分のバイタルをチェックするのはダンサーの基本だ。


 血圧は高く、心拍数は異常なほどに多い。

 体温も三八度を超えている。


 バイタルでは読み取れないが、あちこち火傷していて、おそらく骨も何本かイカれている。


「問答は全部終わってからだ」


 ドレスを開放、吐き出された俺の体は地面をきちんと踏みしめることができない。

 おやっさんに肩を借りて新しいバトルドレスに押し込まれた。


「いいか、青羽。さっきまでとはセットアップが違う。放熱板の面積は二倍近い。各種ブースターの出力も上がってる。被弾しやすく、扱いにくい。若葉ちゃんがどうしてもこの方向性でセットアップしろと言うからそうしたが、実戦向きとは言えないぞ」


「若葉がそういうのなら、それが一番俺の性能を引き出せるのさ」


「いいスか。今の・・青羽さんに合わせたセットアップになってるッス。一瞬でも緩めば振り落とされるッスよ」


「お前も大概無茶言うよなあ」


「青羽さんを信じてるッスから」


「そう言われちゃ応えるしかないよな。行ってくる」


「行ってらっしゃいッス」


「おう、行ってこい。後のことは心配するな。お前は飛びたいように飛んでこい」


 待機室でブースターに点火はできない。

 みんなを黒焦げにしちゃうからな。

 俺はドレスを走らせて通路からバトルアリーナに飛び出す。

 そこでブースターに点火。


 舞い上がる。歓声を背に受けて、戦いの空へ!


 バトルアリーナを飛び出した俺は戦場を確認する。

 卯月による各バトルドレスの同期は終了したようだ。

 表示される味方の数が増えて、機体、バイタルともに問題のない機体はスタックされている。


 状況は乱戦。

 敵味方が入り混じり、大空を縦横無尽に駆け回っている。


 そのど真ん中を目指して突っ込んでいく。


 バトルドレスとブリューナクと銃弾の飛び交うその中に飛び込んでいく。


 鎧袖一触。


 俺が駆け抜けた後に、敵は残らない。


 俺の撃った弾も、敵の撃った弾も、味方の撃った弾も、全部利用する。


 この空は俺のものだ!


「あれがマスカレイドダンサー」


「冗談言うな。それなら俺たちはどうなるってんだ。あれはもうまったく別の次元のなにかだ」


「そんなに速くないってのに、動きに引っ張られる!」


「当たった! 俺の弾が当たった! ざまあみろ!」


 通信も味方のコンディションを知る情報だ。

 一言一句聞き逃さない。

 限界の近い味方を優先的に援護する。


 武器を次々と持ち替えながら、落とす、落とす、落とす!


 ピリッと違和感が走る。


 次の瞬間、敵は一斉にカウンターブーストで上昇。

 四機ごとに小隊を組んで襲いかかってくる。


 なるほど、今の俺に対抗するには統制射撃が必要だ。


 だけどよぉ、こんな動きができるってことはッ!


「卯月ッ!」


「掴んだ! 南西方向、洋上だ! ポインタ送った!」


 指揮を執ってる誰かがいなきゃ無理だよなぁ!?


「ここはみんなに任せた! 俺は親玉をぶっ飛ばしてくる」


「行ってこい。ブルーエース。お前に任せる!」


 行き掛けの駄賃代わりに敵一個小隊を蹴散らして、俺はポインタに向けて飛ぶ。


 浮遊人工島の領域を越えて洋上へ。


 味方の艦船が撃沈された今、洋上で落ちれば救援は来ない。


 だが恐れはない。

 落ちなきゃいいだけだ。


 レーザーが来る。


 見える。

 見えるわけがない。

 見えた瞬間に当たっているのがレーザーというものだ。


 だがアクセルブーストで移動した俺が一瞬前までいた空間をレーザーが薙いだ。

 バトルドレスのものより遥かに高出力なそれは、食らえば蓄熱装甲の全損で済めば御の字というほどのものだ。


 怖がっているな。

 そう、思った。


 今の攻撃には恐れが混じっている。


 そうだ、俺がお前らの死神だ!


 レーザーを撃ってこれるということは、お互いに視線が通っているということだ。

 ポインタが示す洋上、黒い影。

 潜水艦だ。


 ハッチが次々と開き、真上に打ち上げられた無数のミサイルが俺に向けて進路を変える。

 レーザーによる迎撃や、シールド技術の発展により現代戦ではあまり有効とされなくなったミサイルだが、敵の技術力を考慮すればその有用性は簡単に想像がつく。


 ミサイルの弾頭にアンチ慣性無効フィールド発生装置が備え付けられているんだろう。

 なるほど、軌道エレベーターを攻撃する本命はこのミサイルかッ!


 ではミサイルは俺のほうを向いたのではない。

 軌道エレベーターを向いたのだ。


 なら一発だって見逃すわけにはいかない。


 レーザーによる迎撃が当たり前になってミサイルというものはAIを搭載され回避行動を取るようになった。

 無数のミサイルはそれぞれがバラバラの軌道を描いて飛来する。


 足を止めなければ狙い撃つのは難しい。

 だが止まれば潜水艦からの高出力レーザーが俺を狙い撃つだろう。


 回避行動を取りながら、全てのミサイルを迎撃しなければならない。


 意識を集中する。

 サポート射撃では追いつかない。

 フルマニュアルで対応するしかない。


 どぷん、と、粘性の強い液体の中に沈み込んだような感覚があった。


 体が重い。

 動きが遅い。


 だが遅くなったのは俺だけではなかった。


 ミサイルの動きも遅い。


 思考の加速に世界が追いついてこれないのだ。


 もっと深く、深く、深くへ!


 ミサイルの側面から姿勢制御スラスターが火を噴くのすら見える。

 ひとつの、ではない。

 同時に三つのミサイルの行方が分かる。


 最適解ではない。

 全てのミサイルを把握したわけではない。

 だが移動方向が分かっているミサイルの軌道を追うことは容易い。


 三点バーストで放った弾丸はそれぞれが吸い込まれるように別のミサイルに突き刺さった。

 反動を利用して目標を変えたのだ。

 近年のミサイルはシールドを張っているものだが、こいつに限ってはそうではない。


 ブリューナクを展開している以上、自らもシールドの恩恵に与ることができないのだ。

 つまり実弾が通る。


 被弾したミサイルが大爆発を起こす。

 前方へ指向性の強い爆発だ。

 やはりこれは軌道エレベーターの破壊を狙ったミサイルだ。


 次、次、次、次、次ッ!


 爆煙で視界が覆われる。

 そこを突き抜けてくるミサイルに実弾を撃ち込む。

 ミサイルの総数は半減したが、処理が追いつかない。


 抜けられるッ!

 反転して潜水艦に背を向ける。

 アクセルブーストでミサイルに追いすがり、全て撃ち落とす。


 振り返ると、いつの間にか潜水艦の上に巨大な影があった。

 ミサイルは時間稼ぎだったのか。

 それは漆黒のバトルドレスだ。

 だが、大きいッ!


 全身を装甲に包まれたそれは俺のバトルドレスより遥かに大きい。

 見覚えがあった。

 俺はこのシルエットを知っている。


「骨董品だッ!」


 それは十年前、あの公園でトンボとゲームで遊びまくっていた頃のバトルドレスだ。

 当時はシールドがレーザーを吸収することしかできず、実弾は装甲で防ぐしかなかった。


 ああ、そういうことか。


 アンチ慣性無効フィールドのある世界とは、つまり十年前への回帰だ。

 新たな戦場に最適なバトルドレスとは全身を装甲で包んだ十メートルほどの巨体となるわけだ。


「よくもここまで追い詰めてくれたな。こいつが骨董品かどうか。その生命で確かめさせてやる。三津崎青羽!」

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