マスカレイド 8
漆黒のバトルドレスから女の声。
通信ではない。
スピーカーによるものだ。
相手は俺の名前を知っているようだが、聞き覚えのない声だった。
だが疑問を感じることはなかった。
自然と誰だか判る。
十年前の型のバトルドレスを乗りこなせそうな心当たりは一人しかいない。
すなわち十年前にマスカレイドに出場した……。
「アメリア・キース!」
「よくもまあ何度も何度も何度も何度も、私の邪魔ばかりしやがってッ!」
「いや、そんなに何度もじゃないだろ。二回くらいじゃね?」
「そんなこたァどうだっていいんだよ! ここで殺すッ! いま殺すッ!」
アメリア・キースがふわりと舞い上がる。
そこに突撃銃で銃弾を浴びせかける。
いくら装甲をガン積みしているとは言っても隙間は必ず存在する。
今の俺なら狙い撃つくらいのことは容易い。
しかし銃弾は椀部の隙間に吸い込まれてそこで停止した。
そりゃそうだよな。
十年前そのままの骨董品を持ってきたはずもない。
現代技術をふんだんに使った巨大バトルドレスというわけだ。
アメリア・キースの装備はブリューナクと実弾突撃銃だ。
人工島を襲った黒いバトルドレスと変わらない。
だが実弾突撃銃の口径は大きく、アンチ慣性無効フィールド内で食らえば現代戦用の蓄熱装甲では貫かれるかもしれない。
「新しい戦場というものを見せてやるッ!」
アメリア・キースが吠えるが、そんなのは関係ない。
食らわなきゃいいだけだッ!
絶死の火線を回避しながら接近する。
漆黒のバトルドレスは図体がでかい分、小回りが利かないようだ。
アクセルブーストを躊躇う気配。
感じるぞ。
ビビったな? アメリア・キース!
俺がブリューナクを撃つことで自身がアンチ慣性無効フィールドに収まることを考えて、アクセルブーストを躊躇った。
ブリューナクを脚部ハードポイントに収め、側面に回り込みエネルギーブレードを振るう。
カウンターブーストでもう一撃。
こちらがブリューナクを下げたことに対応してだろう。
アメリア・キースはアクセルブーストで距離を取ろうとする。
いい反応だ。
さすが元マスカレイドダンサー。
だが引退してどれだけ経った?
鈍いんだよ!
現代の超々高速戦についてこれるほどじゃねぇ!
俺も同時にアクセルブーストしている。
最速で逃げたつもりだったろう?
それなのに張り付かれたままというのはどんな気分だ?
三度目の斬撃が漆黒のバトルドレスを捉え、俺はエネルギーブレードを収納する。
アメリア・キースは俺に張り付かれたままなのを嫌ってか、腕を振る。
姿勢制御スラスターで回避。
掴まれると厄介だ。
馬力が違いすぎる。
しかしエネルギーブレードを三回当てたってのに蓄熱装甲に熱を貯められた様子がない。
巨体に応じた巨大な放熱板による放熱効率によるものだろう。
だが、そうだと分かっているのならッ!
アクセルブーストで距離を取りながら、ブリューナクを引き抜き、発射と同時に弾丸をばらまく。
狙いは放熱板だ。
漆黒のバトルドレスの放熱板は両脇こそ装甲に覆われているが、放熱しなければならない関係上、完全に装甲で覆うことはできていない。
その上、放熱板は脆い。
シールドが慣性無効フィールドを発生させるようになったことから、放熱板を特別に守らなければならない必要性は薄くなったが、十年前に回帰したこの戦場では話は別だ。
放熱板こそ狙うべき弱点!
銃弾が放熱板に穴を穿つ。
「ぐっ!」
「まだまだァ!」
敵の後方に占位し続けるのは難しい。
ブースターの熱量を浴びるわけにはいかないので、距離を取る必要があるが、そうすると相手が少し体をひねるだけで、こちらは大きく動かなければならない。
相手も放熱板が弱点であることは理解している。
そういう動きだ。
こちらに背中を見せてくれない。
ならその意識をぶん回してやる!
急速接近。
ブリューナクを仕舞って、エネルギーブレード!
真正面への注意が足りてないぜ!
側面に回り込み、左手の突撃銃を漆黒のバトルドレスに当てる。
お互いの慣性無効フィールドが干渉して、相互の速度差がゼロになった。
ステップ!
エネルギーブレードで切り裂きながら逆サイドへ。
ステップがフィールドを覆うシールドでなけりゃできないということはない!
カウンターブーストで下へ!
ブリューナクを抜いて放熱板へ射撃。
命中!
背中がピリッとする。
アクセルブースト!
潜水艦から放たれたレーザーが掠める。
同時に無数のミサイルが発射される。
俺がアメリア・キースに集中する今を狙ってきたのだろう。
ミサイルの迎撃に向かえば、アメリア・キースから狙い撃たれる。
……とでも思ったかァ!
迷わない。
揺るがない。
どうしても必要な二つから一つを選べと言われたら、そいつをぶん殴って二つとも持って行くのが正解だ。
ミサイルを全て撃ち落としつつ、アメリア・キースも撃破する。
それくらいできなきゃ世界最強は名乗れない。
アクセルブーストでミサイル群の中に突っ込んでいく。
爆発範囲はすでに知っている。
ミサイルの正面に行かなければ安全だ。
側面や後方なら至近距離まで接近しても爆発には巻き込まれない。
もっともブリューナクの効果範囲があるため、十メートル圏内には近づけない。
無規則に進路を変えるミサイル群の間を縫うように安全な距離と位置を確保しつつ、銃撃を加える。
青空に次々と爆発の花が咲いた。
潜水艦からはレーザーが、アメリア・キースからはブリューナクと実弾が、それぞれ俺に襲いかかる。
もつれる糸のように細い安全空域がさらに狭まる。
そこに体を捻じ込んで踊る。
許される感覚の誤差は千分の一秒。
それより反応が遅れたら死ぬ。
千分の一秒もあるのか。
そんな感覚はもう超えた。
誤差は0.00000、ゼロだ。
誤差は無い。
だからッ!
ミサイルの姿勢制御スラスターに弾丸を掠めさせる。
噴射口が傷つき、ミサイルの姿勢が崩れる。
そこを撃ち抜いた。
指向性のある爆発が斜め後ろに向けて広がる。
その先にはアメリア・キースのバトルドレス。
お前、まさか自分が安全地帯にいるとか思ってたわけじゃないよな?
重ねる。
ミサイルの向きをコントロールしてアメリア・キースに爆発を浴びせかける。
連続して爆発の効果範囲に巻き込まれたアメリア・キースはカウンターブーストで離脱を選択する。
臆したな。
アメリア・キース。
お前は踏み込めなかった。
一時の恐怖で勝利から目を逸らした。
これがお前の限界だ!
最後のミサイルを撃ち落とす。
間髪入れずにアメリア・キースが飛び込んでくる。|
一呼吸の休息すら許されない。
俺だって人間だから疲労は蓄積する。
どこかで限界が来る。
戦闘が始まってすでに二時間が近い。
短距離ランナーが長距離を走らされているようなものだ。
だけどなあ、今からでもお前らをぶっ飛ばすくらいは余裕でできるぞ。
アメリア・キースがブリューナクを振り上げる。
後の先で銃弾を叩き込む。
ブリューナクの銃口に飛び込んだ弾丸は、その内部構造を貫いた。
アメリア・キースはブリューナクを取り落とす。
壊れたブリューナクは自由落下し海中に没した。
「勝負はついた。諦めて投降しろ。アメリア・キース」
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