マスカレイド 6
フルブーストで形の崩れた敵集団に突っ込んでいく。
ほぼ同時にフルブーストしたバトルドレスが一機。
赤い色のバトルドレス。
瑞穂だ。
「私は止めない。一緒に行こう。ブルー」
「行こうぜ、トンボ。俺たちの空だ!」
黒いバトルドレスたちの銃口が一斉にこちらを向いた。
青と赤のバトルドレスが黒いバトルドレスの集団に突っ込んでいく。
連続するカウンターブーストで、まるで雷雲を切り裂く稲妻の如く、駆け抜けていく。
雨のごとく降り注ぐのは慣性無効フィールドを消してしまう球体の数々。
全方位から発射されたそれを、撃ち落とし、回避し、時にすれ違う。
瞬間的にフィールドが消え、俺の体はバトルドレスのシートに強く押し付けられる。
意識が遠のく。
蓄熱装甲が銃弾を弾いた。
流石、おやっさん、いい配置だ。
こんなことになるとは思ってもみなかったはずではあるが。
目の前にインターセプトしてきた黒いバトルドレスに、遥か後方から超高速で飛んできた電磁投射砲の弾体が命中する。
エネルギーブレードで斬り裂く。
こちらに左手の砲を向けた黒いバトルドレスに射撃。
球体を発射した直後だった黒いバトルドレスが被弾して落下していく。
止まらない。
止まれない。
止まれば死ぬからだ。
敵集団の半分を超えた。
瑞穂が敵を半分引き付けていてくれるお陰で、熱量にもエネルギーにも余裕がある。
だがそれは俺だけの話だったようだ。
瑞穂のバトルドレスの放熱板は真っ赤に灼けて、蓄熱装甲も残り少ない。
戻るにはあまりにも深く切り込みすぎた。
「あと半分だ!」
敵集団を抜けてしまえば、瑞穂はそのまま離脱すればいい。
指揮官機は俺一人でも倒せる。
「振り返るな。楽しかったよ。青羽」
カウンターブースト!
前へ。
俺は止まらない。
瑞穂が振り返るなと言ったのだから、振り返らない。
俺に対する敵の圧が減る。
瑞穂が何かをやったのだ。
だがそれが何かを知る術は俺には無い。
ドレスをぶん回し、とにかく前へ!
撃って、躱し、斬り裂いて、カウンターブースト!
一瞬も止まらない。
同じ場所には戻らない。
最後の蓄熱装甲が剥がれ落ちていく。
だが制限解除されたバトルドレスの熱量限界はまだ先だ。
とは言えもうアンチ慣性無効フィールド圏内で射撃を食らうわけにはいかない。
研ぎ澄まされた日本刀のように鋭く、細い糸を手繰るかのように繊細に、燃え盛る炎のように激しく、俺は飛ぶ。
敵集団を抜ける。
目の前にはポインタが付いた黒いバトルドレス。
アクセルブーストで俺から逃れようとするが、こっちはもう勢いが付いてんだよ。
斬る。
カウンターブースト。
斬る。
カウンターブースト。
斬る。
カウンターブーストしながらエネルギーブレードを交換。
斬る!
カウンターブーストで逃げようとする指揮官機を追いかける。
敵の奥に突っ込みすぎてもはやひとみからの指示は無い。
ここにはもう俺一人だ。
指揮官機はフルブーストに切り替えた。
こちらもフルブーストで追いすがる。
熱量がぐんぐんと上がる。
いま表示されている熱量限界はバトルダンスの敗北ラインではない。
事実上の反応炉の耐久限界だ。
これを超えれば反応炉の融解、あるいは爆発も起こりうる。
生きるか死ぬかの限界ラインだ。
このままでは逃げられる。
届かないなら、踏み越えろ!
全リミッターを解除する。
熱量限界を超えて先に放熱板が融け出した。
熱誘導技術を以ってしてもダンサーへの熱の伝達を止められない。
全身が焼けるように熱い。
歯を食いしばって痛みに耐える。
指揮官機はブースターを振って俺から逃れようとする。
追いすがる。
俺にはひとみのような未来予測能力はない。
ブースターの向きが変わるのを目で見て対応するしか無い。
十分の一秒の遅れは致命的だ。
百分の一秒、追いつかない。
千分の一秒!
見て考えて向きを変えていては間に合わない。
見た瞬間にはもう向きを変えている。
そんな反応速度が必要だ。
しかしそれでも届かない。
人間の反応速度には限界がある。
目に届いた情報を体に伝える電気信号の速度に限界があるからだ。
振り切られる!
なんて弱音を吐いていられるかよッ!
諦めない。
届かないなら、また一歩踏み出すだけだ。
越えろ! 一秒前の自分自身をッ!
限界を、越えろッ!
一度は遠ざかった指揮官機との距離が詰まっていく。
指揮官機がカウンターブースト! 進路を変える!
同時に俺もカウンターブーストを行っていた。
なぜ反応できたのかは自分でも分からない。
未来が見えたわけでもない。
なにかに踏み込んだという感覚だけがあった。
超音速で交錯する。
エネルギーブレードを振り抜いた。
膨大な熱量を与えられ、指揮官機は一気に燃え上がった。
炎を上げて指揮官機が落ちていく。
次の瞬間にはもう指揮官機などどうでもよくなっていた。
「瑞穂ッ!」
慣性無効装置を使って停止。
振り返る。
それがいけなかった。
止まってはいけなかったのだ。
俺の目の前には球体。
俺を追いすがってきていた黒いバトルドレスから放たれたものだ。
同時に実弾射撃も重ねられている。
アクセルブーストするには球体が近すぎる!
すでにアンチ慣性無効フィールドの範囲内だ。
アクセルブーストすれば死ぬ。
でもやらなきゃ死ぬんだろうがッ!
アクセルブースト!
死ぬ気なんてない。
俺が死なずに、球体も射撃も避けられるギリギリの出力調整。
フルマニュアルでなければできなかった。
そしてそれでも骨が歪む音を聞いた。
ドレスの固定具に体が押し付けられ、脳へ血液が届かなくなって視界がブラックアウトする。
真っ暗になった世界で俺はドレスをぶん回す。
視界を失う前に見た光景から、敵の射撃位置を予測し、それを回避する。
ひとみの未来予測ほど上等なものじゃない。
こいつらがかつてのエリーだと言うのなら、その動きは手に取るように分かる。
ただそれだけだ。
球体を回避したおかげで慣性無効フィールドが有効になって、体にかかる負荷も消える。
視界が戻ってくる。
「ひとみ! 瑞穂はどうなった!」
「姉さんは停止して敵の注意を引いて、それで!」
フロントラインサービスとは味方機として同期されているが、後から上がってきた瑞穂たちマスカレイド参加者たちは同期されていない。
機体情報もバイタルもこちらでは拾えない。
「落ちました。私がしっかり見てサポートしていれば! 私はッ!」
「青羽、ひとみは無理だ。サポートできない。どちらにせよ、ハックした都市圏のカメラではお前を視認することは難しい。一度戻れ。そのドレスももう限界だ。予備を組み立ててもらってる。乗り換えろ!」
「分かってる! でも瑞穂のところに行かないと!」
「敵を引き連れてか? 秋津瑞穂のところには救援を向かわせた。今は自分のことに集中しろ」
「分かった」
敵の球形陣はもはや崩れて意味を成していない。
俺と瑞穂で切り裂き、指揮官機を落としたからだ。
黒いバトルドレスたちは連携を欠いて、バラバラに目標を定め攻撃しようとしている。
俺に向かってくるのは二十機前後か。
忘れてはいない。
こいつらは単独でも半年前のエリーと同等の性能なのだ。
放熱板が半分溶け落ちた俺のバトルドレスでは戦えない。
と、思うよなァ!
要は熱量の上昇をこれまでの半分に抑えりゃいいんだ。
半年前のエリーだと?
半年前の俺でも勝てた相手じゃねーか!
俺は秒ごと強くなってるぞ。
指揮官機のように逃げ回られちゃ厄介だが、向かってくるなら好都合だ。
一番近い敵に向けて真正面からアクセルブースト。
敵は球体を撃とうとする。
連中は実弾兵器しか持っていない。
アンチ慣性無効フィールドを使うことが前提の装備だ。
そうだ、と、分かっているのならッ!
先に引き金を引いたのは俺だ。
敵を狙う?
そんな大雑把なものじゃない。
狙うのは点だ。
反動を完全に制御して、弾丸を一点に集中させる。
球体を撃ったばかりのその黒いバトルドレスの腕が吹き飛んだ。
「貰ったぜ」
落下するその大口径の銃を奪い取る。そっちが使って、こっちが使っちゃいけない理由は無いよなあ?
だがその銃はオンラインにならない。
当たり前のことだが、奪われた場合に使えないようにロックがかかっているのだ。
でもよ、そんなことは想定内だぜ。
「卯月ィ!」
「もうやってる!」
流石、三つのタスクまでなら同時処理できると豪語するだけのことはある。
「最新兵器の割には認証システムが現行と変わらないんじゃお粗末さんでござる!」
ドレスのシステムにアンチ慣性無効フィールド発射装置が同期される。
「
ブリューナクの残弾は七。
複合突撃銃の実弾残弾は三二。
予備の弾倉はもう無い。
となりゃ!
「奪いながら戦うしかないな」
「戻れって言ったよねぇ!?」
「戻るにしたって敵中突破だ。戦う手段は必要だ」
熱量が下がるのが遅い。
放熱板の損傷が大きい。
この状況下ではエネルギーブレードは使えない。
与える熱量も大きいが、ブレードそのものも大きく発熱する。
それを受け止めるだけの余裕はもう無い。
ブリューナクと実弾武器の組み合わせが最適解だ。
適応しろ。
戦い方を変えろ。
ブリューナクの弾速は遅い。
遠距離からだと余裕で躱される。
半年前のエリーでも中距離なら避けるだろう。
直接当てる武器ではないものの、大空の広さに比べたらアンチ慣性無効フィールドは広いとは言えない。
残弾が心許ないこともあって至近距離で撃つしかない。
しかし自分で使う側に立ってみればとんでもない欠陥兵器だ。
トリガーと同時にスイッチが入る仕組みのようだが、発射の瞬間、自らの慣性無効フィールドが無効化されてしまう。
発射から十分の一秒遅らせて起動するようにするだけで安全性はかなり上がると思うのだが……、そう考えてから、もしもそんな仕様だったら俺相手では有効ではないな、と気が付く。
至近距離に張り付いて安全圏を確保できる。
アメリア・キースは半年前の俺とエリーの試合を見たはずだ。
この兵器を俺に向けて使う場合を考えたに違いない。
どうせ運用するのは無人兵器なのだ。
損耗しても痛手は少ない。
そんなことを考えている間に二機を撃墜。
複合突撃銃を捨て、黒いバトルドレスの使う実弾突撃銃に持ち替え、さらにブリューナクも入れ替える。
敵は半年前のエリーのデータを使っているせいで、空中戦での反応が鈍い。
エリーはずっと地面に足をつけた砲撃戦を得意としてきた。
高速機動戦闘ができなかったわけではないが、データは少ない。
「空中戦だ! 足を止めさせるな! 引っ掻き回し続けるんだ! こいつら空中戦は苦手なはずだ!」
「アホ抜かせ! その空中戦で敵わねえんだよ!」
フロントラインサービスの誰かがそう叫ぶ。
フロントラインサービスに限って言えば、さっきまでは四対一でなんとか均衡が取れていた戦いが、敵が球形陣を放棄したことによって、その均衡が崩れていた。
指揮官機を倒したことによって敵がなだれ込んできてしまったのだ。
それでも俺と瑞穂とエリーでかなりの数を損耗させたおかげで、なんとか持ちこたえている。
マスカレイドのダンサーたちが頑張ってくれている。
「卯月、味方を全部同期できないのか!?」
「今やってるとこなんだよぉ! マスカレイドは一対一だから味方機の設定されてないし、そこから弄らなきゃいけないんでござる! 通信してるだけでも驚くところだよ!」
「頼む。味方の生存率に影響するんだ」
「分かってるけど、急かしても早くはなんないよ!」
さらに三機を撃墜。
卯月の戻れという声には応じたが、正直なところ厳しい。
追いかけてくる敵バトルドレスを振り切れそうにないからだ。
放熱板が半分以上失われている以上、長時間のフルブーストは使えない。
瞬間最大速度はともかく、長距離移動速度では敵に遥かに劣る。
このまま全部倒したほうが楽なんじゃないかなあ?
それもあくまで比較すればの話だ。
アンチ慣性無効フィールドを使った戦いは神経を削る。
肉体的にも限界が近い。
体中が痛みを訴えている。
直接的な負傷こそないものの、バトルドレスを高温でぶん回したせいで、あちこち火傷を負ったようだ。
痛みが集中力の邪魔をする。
指揮官機以降、すでに五機を落としたが、途中で危うい場面はいくらかあった。
バトルダンスの試合には一時間という時間制限があるから、こんな長時間戦い続けるような訓練はしていない。
一時間で体力も精神力も使い切るように訓練してきたのだ。
戦い方がそれに慣れすぎている。
アクセルブーストでブリューナクを回避。
メインブースターで避けるのが難しくなってきた。
俺が鈍ったのか、相手が鋭くなったのか。
判断がつかない。
判断できないことがヤバい。
自分の状態すら分からなくなってきているということだ。
つまりそれは俺が鈍ってきているということの証左に他ならない。
おう、答えが出たな。
だがどれくらい鈍ったのかまでは分からない。
できると思っていることができなかった、その瞬間に俺は死ぬ。
敵の数は減らしている。
その分だけ楽にはなっている。
俺が鈍くなっている分とで、ちょうどバランスが取れている。
このせめぎ合いを、俺の方に傾けるッ!
踏み込め!
なんとなくで感じているその領域。
気合だとか、集中だとか、そういった範疇とはまったく違う。
在り方の変化へ。
視界が広がる。
今まで見えていた戦場とはまったく異なるものが見えた。
俺を半包囲しようとする敵の中に突っ込んでいく。
十字砲火が俺を襲う。
ブリューナクを避けて、振り返る。
敵の撃ったブリューナクが別の敵を掠める。
そうなるように移動した。
だからもう射撃している。
敵の攻撃すら利用する。
戦場を支配しろ。
ここで働くすべての力を使え!
一度の交錯で、俺を追っていた敵の半分が落ちた。
ほとんどは俺の攻撃ではなく、敵の攻撃を利用した形だ。
掴んだ。
一線を踏み越えた感覚があった。
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