マスカレイド 5

「おい、誰かあの青いのが生き残るか賭けようぜ」


「あいつが持たなきゃ全滅だ。生き残る方に全財産だ」


「賭けになんねぇよ。そら、行くぞ!」


 三機が離れていく。


 それを追いかけようとした新たな黒いバトルドレスの前に躍り出る。


 間髪入れずに飛んでくる球体。


 アクセルブーストで回避。

 レーザーで牽制。

 実弾は限りがある。無駄にできない。


 カウンターブーストで接近。

 エネルギーブレードを振る。


 カウンターブースト! カウンターブースト!


 全制限を解除されたことで、俺のバトルドレスの熱量限界は大幅に引き上げられた。


 バトルダンスはスポーツだ。

 熱量は安全に安全を重ねられたラインを敗北ラインに設定している。

 実戦上のバトルドレスの熱量限界は遥かに高い。


 だから、カウンターブーストをこんなに重ねられるッ!


 斬って!

 斬って!

 斬って!

 斬って!


 二本のエネルギーブレードを使い切る。

 エネルギー残量はギリギリだが――。


 黒いバトルドレスの背面から炎が上がる。

 反応炉が耐えられる熱量限界を超えたのだ。


 落ちる。

 炎を吹き上げながら黒いバトルドレスが落ちていく。

 そして地面に激突してグシャリと潰れた。


「2機目!」


「マジかよ。あの青いのがやったぜ!」


「見たか、あの動き。どんな動体視力してやがるんだ」


「よそ見をしてる暇は無いぞ! 攻撃を集中しろ!」


「クソッタレ! 二機出てきたぞ! 新しく二機だ!」


 俺は管制室へと呼びかける。


「どう思う。敵はなぜ球形陣を維持している? 数の利は向こうにある。一気に叩き潰しにくればいいはずだろう?」


「しない、ということは、できない理由があるんだ。でも分からない。情報が足りない。もう少し時間をくれ。必ず突き止める」


 新たに球形陣から出てきた二機は真っ直ぐに俺に向かってくる。


 相手をするにはエネルギーが足りない。

 ドレスを振って回避しながら、熱量とエネルギーを回復させる。


 二機を相手にする訓練なんて積んでいない。


 ひとみの神がかり的な指示があって、なんとか凌げているが、そう長くは持たない。


 なんて泣き言は言わないぜ。


 こいつが半年前のエリーだって言うなら、俺はよく知っている。

 その攻撃タイミングさえも。


 黒いバトルドレスが球体を撃ち出そうとしたその瞬間、実弾を撃ち込む。

 球体は撃ち出した瞬間からもうアンチ慣性無効フィールドを展開しているのは確認済み。

 このタイミングならそっちが一方的に実弾を食らうぜ。


 黒いバトルドレスは実弾によって打ち砕かれ、落下していく。

 とは言え、このタイミングを掴めるのは俺くらいのものだろう。


「三機目!」


「今の攻撃見たか? 誰か真似できるか?」


「撃ちまくればそのうち上手く行くんじゃねぇか?」


「馬鹿野郎。そんなに実弾が持つか。一分で撃ち切っちまう」


「戦線維持に集中しろ! 青いのが数を減らしてくれる!」


「だがあれだけの数を削りきれるのか!?」


「やれなきゃみんなおしまいだ。祈れ。日曜日に礼拝でやるようにさ」


「俺は無神論者だ。青いの。一機ごとにビールを一ダースだ! グロスでもいい。頑張ってくれ!」


「俺は未成年だ」


「「「「マジかよ!」」」」


 もう一機も球体を撃ち出そうとしたところをカウンターで撃墜する。


「四機目!」


「今度は三機だ! やれるか、ブルーエース」


「やれるさ」


 三機ならなんとかなる。

 なんとかしてみせる。

 だがこの調子で増えていくのだとしたら、必ずどこかで破綻する。

 状況を引っくり返す一手が必要だ。


 狙いを絞らせないためにメインブースターで踊る。

 天地を忘れる。


 ああ、広い。広いなあ。


 口の端が持ち上がる。

 三機の世界一位から狙われながら、俺は笑う。|


 楽しい・・・


 不謹慎だと言われようと、不遜だと思われようと、楽しいという事実は変えられない。


 だけど本当ならもっと楽しかったはずなんだ。

 お前ら程度じゃ相手にならないような、そんな楽しい相手と踊るはずだったんだ!


「上へ! 青羽!」


 呼応してアクセルブーストした俺の影を貫いて、光弾が黒いドレスを撃ち抜いた。


 球体を撃ち出した完璧なタイミング。

 俺以外にこんな真似ができるとすれば!


「エリー!」


「遅くなった。ドレスを交換してた」


 バトルアリーナの天井に立ったホワイトナイトは武装が一新されている。

 砲身の長い、あれはカタログで見たな、電磁投射砲レールガンだ。


 威力も射程も物凄いが、どちらもバトルフィールドで使うにはオーバースペックだった。

 だがこの広い戦場でなら、その威力も射程も存分に利用できる。


「馬鹿。お前までダンサーの資格を失うぞ」


「もう遅い。あなたを失うよりずっといい」


「まるで告白だ」


「そのつもりだよ?」


「あ゛ーッ!」


 エリーの言葉は卯月の叫び声に掻き消される。


「急に叫ぶな。どうした卯月」


「どうしたもこうしたもあるかぁ! 実戦中だぞ! 青羽も! エリザベス・ベイカーも! 前を見ろ! 二機残ってるんだぞ!」


「こっちも二機だ。負ける道理がねぇよ」


 慣性無効フィールドは物体の運動エネルギーを熱量に変換してゼロにする。

 通常の口径の実弾程度なら大した熱量上昇ではない。

 実戦では実弾兵器はあまり有効ではないとされてきた。


 実際PMCのバトルドレスもほとんどがレーザーしか装備していない。

 だが例外が大口径電磁投射砲のような、質量の大きい弾体を超高速で相手にぶつける兵器だ。

 大きすぎる運動エネルギーを吸収したその熱量上昇は――。


 エリーの電磁投射砲の直撃を食らった黒いバトルドレスがバッと燃え上がる。

 シールドがあってもこの威力だ。


 流石に制限解除されたバトルドレスを一撃で落とせるほどではないが!


 蓄熱装甲を失いながら逃げようとするその黒いバトルドレスにアクセルブーストで接近してエネルギーブレードで斬りつける。

 黒いバトルドレスは炎を吹き上げて落下していく。


「順番、逆のほうが良くないか?」


「私一人でも二回当てられる」


「俺が斬るから、その後で射撃な?」


「それでもいい」


「よし、決まりだ」


 そんなことを言いながら残った一機にジグザグに接近して、エネルギーブレードで斬りつける。

 いつもならカウンターブーストで二之太刀を当てるところだが、そのまま離脱。

 直後、電磁投射砲の弾体がそいつに直撃する。


 燃え上がった黒いドレスが落ちていく。

 シールドを抜くんじゃなければ結局は熱量の問題だから、順番はどっちでもいいっつー話だ。


「あれはホワイトナイトだ」


「エリザベス・ベイカーが出てきたぞ」


「世界一位と肩を並べて戦ったってか。かあちゃんに自慢できるぜ」


「お前の母親は鬼籍だろ。止めろ。縁起でもない」


 エリーが戦場を蹂躙する。


 電磁投射砲の射程は広い。

 人工島上空、戦域全部が射程に入る。

 バトルアリーナの天井に張られたシールドを足場にしつつ、他の小隊の支援ができる。


 アクセルブーストなどを多用してすでに熱量の上がっていたバトルドレスでは電磁投射砲の威力に耐えられない。

 次々と落ちていく。


「行ける。行けるぞ!」


「我らが勝利の女神に栄光あれ!」


「反撃開始だ!」


「待て、やべぇ、十、いや、二十か。連中、エリザベス・ベイカーを仕留めに来たぞ。全機、彼女を守れ!」


 球形陣から二十機ほどの黒いバトルドレスが真っ直ぐにエリーに向かってフルブーストで加速していく。


 インターセプト!


 数機のドレスの銃口がこちらを向いた。

 そのうち一機にカウンターで射撃を当てつつ、アクセルブーストで球体を回避。

 カウンターブーストですれ違いざまに斬ったうちの一機にエリーが電磁投射砲を当てる。


 俺が斬ったのは三機だが、射撃間隔のために撃ち落とせたのは一機だけだ。


 残り二機は離脱コースに入る。


 PMCのバトルドレスがレーザーを集中させ、さらに一機が離脱。


 すれ違いざまにカウンターブースト。


 集団の中に飛び込む。

 エネルギーブレードを交換して、さらに三機に当てる。

 うち一機をエリーが撃墜。

 残り二機は離脱コースへ。


 残った集団の銃口が一斉にエリーに向けられる。

 間に合わない!


「ここだッ! 全機、上がれぇ!」


 聞き馴染みのある声に合わせてバトルアリーナの天井に空いた穴からバトルドレスが次々と飛び出してくる。

 色とりどりの、ああ、まったく実戦向きじゃないバトルドレスの数々。

 実弾系の武装を山盛り抱えて一斉射撃しながら飛んできたのは――!


「瑞穂!」


「遅くなったな。青羽。コンテナ詰めになる直前のドレスを引っ張り出してきたぞ。全機、対慣性無効フィールド装置を撃たせるな。弾幕を張れ!」


 エリーに向かっていった黒いバトルドレスの集団に、バトルアリーナの上に布陣した十五機のバトルドレスから弾幕が吹き上がる。


 奴らはあの球体を撃てない。

 撃てばその瞬間、自分が破壊されるからだ。


 弾幕は確かに牽制として機能している。

 その合間に放たれる電磁投射砲が確実に敵戦力を削いでいく。


 敵はエリーへの攻撃を諦め、球形陣に戻っていく。


 エリーが電磁投射砲で追撃を仕掛けるが、熱量の低いバトルドレスが盾になって攻撃を防ぐ。


 球形陣の中に逃げ込まれた。


 構わずエリーが電磁投射砲を撃つ。

 球形陣の外周を構成するバトルドレスが自ら弾体に突っ込んで攻撃を受け、中央に下がる。

 そして中央にいた熱量の下がったバトルドレスが外周に出てくる。


「どうする? 一番ヤバいのは全機でそのまま突っ込んでこられることだぞ?」


 防御陣形を維持したまま突っ込んで来られるのが一番ヤバい。

 バトルドレスだけなら逃げられるが、その背後には観客が満員のアリーナがあるのだ。


「いや、それはないでござるな」


「おっ、調子が戻ってきたな。卯月」


「これまでの敵の行動パターンを分析したでごさるよ。熱量の上がった機体が陣形の内側に入り、熱量の下がった機体が陣形の外側に出てくる。このパターンに参加していない機体が一機あるでござるな。通信量も圧倒的に多い。こいつが指揮官機でござる。データを送る!」


 球形陣の中央付近にいる一機の黒いバトルドレスにポインタが付く。


「こいつを落とせば敵の連携は乱れるはずでござるよ!」


「聞いたな! 一斉射撃だ。あいつを落とせ!」


 エリーを除く十四機のバトルドレスが空中に舞い上がる。


 PMCのバトルドレスも一緒になって球形陣の奥深くを目掛けて集中砲火が浴びせられた。

 球形陣がさっと陣形を変える。

 指揮官機を守るように黒いバトルドレスが盾になって射撃を受ける。

 熱量の上がった黒いバトルドレスが次々と後ろに下がっていくが、その後から後から別のバトルドレスが盾となって現れる。


「駄目だ。敵の数が多すぎる! 残弾では削りきれない。射撃中止だ!」


 瑞穂の指示で全機が射撃を中断する。


 間隙が生じた。


 こちらは攻め手が無い。

 向こうは立て直したい。


 こちらはマスカレイド本選出場者十四名が新たに加わったが、依然として数の利は敵にある。

 立て直されたらキツい。


 今だ。

 今やるしか無い。


 敵がこちらの射撃を味方を盾にして防ぐのであれば、直接指揮官機を叩く。


 それしかない。

 百機くらいいる敵集団を突っ切って、最奥にいる指揮官機をぶっ潰す。


 面白いじゃないか。

 世界最強の名に相応しい。


「駄目だ。青羽!」


 卯月の声が頭の真ん中で響く。


「お前が何を考えているのかなんて分かるぞ。計算した。お前なら指揮官機を倒せる。そこまでは行ける。だが離脱は不可能だ。死なないでくれ!」


「死ぬ気はねぇよ。指揮官機は落とすし、ちゃんと帰ってくる。生きて帰ってくるから世界最強なんだ。行くぞッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る