マスカレイド 4
状況を打破する何かが必要だ。何か! 何か! 何か!
「えっ? 卯月ちゃん? どうしてここへ?」
頭の中でひとみの声が響く。
がたごとと物音が聞こえる。
「青羽、聞け! 人工島がグリーンアースのバトルドレスによる襲撃を受けている!」
卯月の声に少し安堵する。
仲間が無事だと知れるのはいいことだ。
「グリーンアース? どこかで聞いたことがあるな」
「国際テロリスト集団だ。反応炉の普及による温暖化に反対する連中だ」
「だったらテロにバトルドレスを持ち出すなよ!」
いま俺の目の前にいる黒いバトルドレスは放熱板を展開している。
つまりその動力は反応炉だ。
反応炉に反対するために反応炉を使うとか、核廃絶の為に核保有国に核を撃ち込むくらい出鱈目だ。
「テロリストに道理を求めるな。奴らは世界最大の反応炉、つまり軌道エレベーターを破壊すると犯行声明を出した。頭がおかしい。軌道エレベーターが地上に落ちてきたら、落下圏内は壊滅だ」
回避を意図的に遅らせる。
敵に球体を撃たせる。
弾倉の大きさからして、装弾数は十発前後と推測。
撃ち切らせれば当面の安全は確保できる。
追加が来たら――、その時はその時だ。
「それで、落下圏の広さは?」
「最大で地球を二周半」
「は?」
「軌道エレベーターの基部であるカーボンナノチューブの長さはだいたい十万キロメートルだ。もし地球に巻き付くように落ちてきた場合、地球を二周半する長さになる。昨日、ちゃんと説明があったぞ」
「それは――」
もう、被害の大きさが完全に想像の外だ。
俺に見えていたのはこのバトルアリーナが精一杯だった。
ここの観客を逃がすことを考えていた。
地球を二周半、二周半だって?
いくらバトルドレスが音速を超えられるとは言っても、遠すぎる。広すぎる。
とても手が届かない。
「こいつらは慣性無効装置を無効化する何らかの技術を持っている。軌道エレベーターを支えているのは慣性無効装置だ。軌道エレベーターの慣性無効装置をどうにかされるだけで、軌道エレベーターは吹っ飛ぶ、あるいは落ちてくるぞ」
「なんとかできないのか!?」
「PMCは今のところ持ちこたえているが限界だ。状況を変える切り札が必要だ。いいか。青羽。協会の、国の許可なく、バトルドレスを使えばもう二度とバトルダンスはできなくなる。罪を問われる。世界一位にはなれなくなる。
口元が歪んだ。
考える必要も無かった。
答えは初めから心の内側にあった。
「ここで指を咥えてなきゃいけないんなら、そんな世界一位に興味はねぇ! 卯月、俺はなるぞ。世界一位じゃねぇ、世界最強だッ!」
「それでこそ青羽だ!
インターフェイスの表示が切り替わる。
レッドがグリーンへ。
武装制限が解除された。
否、それだけではない。
バトルダンスを競技として成立させるためにバトルドレスに課されていた全ての制限が取り払われた。
いま俺は本物のバトルドレスに乗っている!
踏み続けていたステップのリズムを変える。
速く! 強く!
アクセルブーストで急接近する。
黒いバトルドレスとすれ違う。
俺の手には振り抜かれたエネルギーブレードがあった。
黒いバトルドレスから蓄熱装甲がいくつも剥がれ落ちる。
地面のシールドを蹴りつけるのではなく、押し出して、体を空中に浮かべる。
背中から回り、銃口を回避しつつ縦に切り裂く。
球体が目の前で発射される。
アンチ慣性無効フィールドが展開されて、体がバトルドレスに押し付けられる。
だがこの瞬間を待っていた。
体を回転させて左手の銃口を黒いダンサーに向けて振る。
引き金を引いた。
銃口が火を吹いて、実弾が黒いダンサーを撃ち抜いた。
慣性無効フィールドが無ければ実弾が通る!
その道理はそっちにだって通用するぜ。
体にいくつも穴を穿ちながら、黒いダンサーはバトルドレスごと後ろに倒れ込む。
バトルドレスと一緒に加速していた意識が急速に現実に戻ってくる。
呼吸が荒い。
脳内麻薬の所為か、仮面の所為か、人を殺したのだという実感は湧いてこなかった。
倒れたまま動かない黒いバトルドレスを覗き込んだ。
黒いスーツにはいくつかの大きな弾痕があって、そこから火花が上がっている。
電子部品が見える。
コードが絡み合っている。
これはダンサーじゃない。無人機だ!
「卯月! 敵は無人機だ! 情報上げろ!」
「オンラインだ! 全部、オープンチャンネルに流してる! いまPMCの使ってる
「それからエリー側のシールドを切ってくれ!」
「同時にやれってかい。ほいきた。同時に三つのタスクまでなら処理できる卯月ちゃんだよー。PMCの通信チャンネルを送ったぞい。企業名はフロントラインサービスだ。味方として割り込みをかけた。同期情報が上がるよ!」
「フロントラインサービス! 聞こえるか。俺は三津崎青羽だ。今から支援に上がる!」
一気に通信が騒がしくなる。
あちこちで救援を求める声が上がっている。
「マスカレイドのダンサーか! アリーナの観客は無事か!? 一機、そちらに抜けていったぞ!」
「そいつなら倒した。崩落した天井で観客には犠牲が出てる。いま天井に空いた穴から上がる!」
「倒しただって! 聞いたか、みんな! マスカレイドのダンサーが上がってくるぞ! もう少し耐えろ!」
「卯月、ひとみ、行ってくる」
「都市にある監視カメラをハックして状況は見える。映像越しにはなるが、ひとみが引き続き支援できる。できるよな?」
「精一杯やります!」
「百人力だ。行くぞ!」
「いまシールドを」
「必要ない!」
バトルフィールドに転がっている、奴が打ち出した球体をひとつ掴む。
慣性無効フィールドが消える。
装置は生きている。
俺はそれを持ったままメインブースターで天井に空いた穴に接近する。
シールドを突き抜ける。
天井の穴を抜けて球体を握りつぶした。
外は青空が広がっていた。
アメリカ東部のゴールデンタイムに合わせてマスカレイドの決勝が行われるという商業的な理由から、現地時間はまだ昼だ。
無数のバトルドレスが飛び交う中に、大きな球形陣を取る黒いバトルドレスの集団が見えた。
「メーデーメーデー、食いつかれた。振り切れない!」
PMCフロントラインサービスのバトルドレスは味方機として表示されている。
その通信は右手前方から聞こえた。
空をジグザグにカウンターブーストを連発して切り裂いているが、黒いドレスもまたその動きにぴったりと張り付いている。
「いま行く! カウンターブーストを続けろ! 高G機動を取っている間は連中も慣性無効フィールドを無効化できない! 自分のドレスが持たないからだ!」
フルブーストで加速しつつ、追われているそのドレスへのインターセプトコースを取る。
その横をすり抜けるのではなく、黒いドレスへの激突を選択。
慣性無効フィールドによって相互の慣性は打ち消され、俺たちは接触したまま空中に停止した。
「知ってるか? エネルギーブレードは当て続けると冷却が必要になるより早く相手をオーバーヒートさせられるんだぜ」
相手に押し当てたままのエネルギーブレードが過熱状態になって冷却装置の中に消える。
黒いドレスの蓄熱装甲がバラバラと落ちていく。
放熱板が真っ赤に灼けだした。
だが反応炉の機能停止まではいかない。
これはバトルダンスではない。
相手の熱量を上げただけで勝利にはならない。
黒いバトルドレスが激しく身を捩り、振り放される。
油断した。
甘えがあった。
これは実戦なのだ。
感覚を変えなければ自分が死ぬ。
黒いバトルドレスが両手の銃を持ち上げる。
アンチ慣性無効フィールドが来る。
アクセルブーストはできない。
自分で自分を挽肉にしてしまう。
右手の銃口にだけ気をつけてドレスを振る。
こちらも銃を向ける。
激しいダンスになる。
無人機のくせにやけに回避が上手い。
この回避の仕方には覚えがある。
まるでエリーだ。
射撃は明らかにフルサポートだが、全体としての動きは半年前のエリーのそれに近い。
エリーとの接近戦を経験している俺が言うのだ。
間違いない。
俺と踊っていた黒いバトルドレスは急に反転すると、無数の黒いバトルドレスによって構成された球形陣に向かっていく。
深追いはできない。
あれが全部、半年前のエリーだとしたら?
「卯月、アメリア・キースだ! この事件の裏にはアメリア・キースがいるぞ!」
「ちょっと待て、いや、戦いながら聞け。アメリア・キース、保釈中に消息不明だって!? だがしかし、いや、まさか!」
別の交戦中のPMC機の支援に向かう。
敵は球形陣を維持しつつ、攻撃に十機前後を繰り出している。
まるで攻撃態勢に入った蜂の巣だ。
俺が逃したバトルドレスが球形陣の内側に入ると、別の一機が飛び出してきた。
「少なくとも半年前までのエリーのデータを敵は使ってる! 世界一位のクローンAIが敵だ!」
「その情報、フロントラインサービスには流すな! 士気が落ちる!」
フロントラインサービスのバトルドレスはざっと四十機ほど。
それがたった十機前後に翻弄されている。
球形陣への反撃に移れるような状況ではない。
「AIならハッキングできないのか!?」
「やってる! でも期待するな! そいつらスタンドアロンかも!」
「明らかに連携してるぞ!」
「活発に通信はしてるが、暗号化されてて解読には時間がかかる!」
PMCのバトルドレスが一機、掃射を受けて落ちていく。
アンチ慣性無効フィールドを使われたのだ。
四対一でギリギリ保たれているバランスが崩れる。
飛び込むしかない。
球体が飛んでくる。
Gに耐えながらバレルロール。
射撃を躱す。
すれ違いざまに一閃。
カウンターブーストで二之太刀。
アクセルブーストで逃げようとする相手をひとみの指示に従って追いすがった。
三之太刀!
「青いの、離れろ!」
PMCからの通信!
アクセルブーストで距離を取ると、三機のバトルドレスが相互支援射撃を黒いバトルドレスに浴びせかける。
レーザー光が瞬いて、黒いバトルドレスが急降下していく。
建物に激突するかと思われた瞬間、そいつは平行に飛行を始める。
仕留め損なった!
球形陣に戻っていくその機影を邪魔することができない。
一機が球形陣の中に入り、一機が飛び出してくる。
「クソッ、キリがねぇ。なぶり殺しにする気だ」
「誰か連中の総数を数えたか?」
「十で数えるのを止めた。百は超えてる」
「そんなん見りゃ分かる!」
荒々しい通信は実に民間軍事会社らしい。
「艦艇の支援は受けられないのか? あんたらを運ぶための空母打撃群がいるだろう?」
「空母なんてあるわけないだろ! ましてや打撃群とか冗談きついぜ。俺たちの母艦はオンボロ駆逐艦が一隻だ。しかも今頃は海底と仲良くパーティ中ときたもんだ」
「まさか、いや、現代の軍備はシールドがあることが前提だから装甲はそんなに厚くないのか?」
「シールドが崩れるってことは世界のパワーバランスが崩れるってこった。そら、次が来たぞ!」
近接型の俺は他のバトルドレスとの連携に向いていない。
俺自身が集団戦の経験が無いということもある。
「あいつは俺が単独で相手する。どこかの小隊の支援に行ってくれ」
「できるのか?」
「俺は世界最強のダンサーだぞ」
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