マスカレイド 2

                 2115年12月23日(月)太平洋赤道直下

                            「軌道エレベーター」


 俺の勝利の記録を全てお見せしたいところではあるが、それはアーカイヴを見てもらうとして、俺は順調にマスカレイド本戦へと駒を進めた。


 世界中から選びぬかれた十六人が、世界一位の座を目指して戦うトーナメント戦が始まった。


 東ヨーロッパ予選リーグをトップで抜けた俺と、二位で抜けたヒューゴ・アルドリッチは別のグループに割り当てられた。

 ヒューゴ・アルドリッチが決勝まで勝ち上がってこないかぎりはもう戦うことはない。


 残念だったな、そっちにはエリザベス・ベイカーがいるぜ。


 雪辱の機会は訪れないだろう。

 その代わりにこっちのグループには瑞穂がいた。


 勝ち上がってくれば準決勝で当たる位置だ。


 順当にそうなった。


 激しく苦しく楽しい戦いとなったが、学内戦でも勝率は俺のほうが上だ。


 普段からお互いに手の内を隠さず戦っているため、隠し玉はない。

 終わってみれば危うげなく俺が勝った。


 トーナメント表の反対側でもエリザベス・ベイカーが猛威を振るい、順当に決勝に駒を進めていた。

 決勝戦は約束通り、俺とエリザベス・ベイカーのダンスだ。


 エリザベス・ベイカーが以前のままなはずがない。

 自由に飛べるようになった彼女はさらなる強敵として立ちふさがるだろう。

 世界一位になるためには相応しい壁だ。


 ぶっ壊してやる。

 そのために俺はシミュレーター訓練を――、


「するはずだったんだけどなあ」


 何故か俺はシミュレーターの中ではなく、軌道エレベーターの展望台にいる。


 瑞穂、卯月、ひとみ、若葉も一緒だ。


 おう、こいつらはまあいい。

 別にいいよ。


「でもなんでお前までいるんだ」


「お前じゃなくてエリー」


 エリザベス・ベイカーがいた。


「なんで明日の対戦相手と仲良く観光なんだよ」


「決勝が終わるとこんな時間は取れなくなる。どっちが勝っても、ね」


 まあ、確かにそれはそうかもしれない。

 インタビュー、パーティー、メディアへの出演など、マスカレイドの優勝者がのんびりしていられるような予想はとてもではないができない。


 準優勝でも似たようなものだろう。


 日本人が決勝まで駒を進めたのは初めての事だ。

 すでに日本のメディアは大きく騒いでいる。

 今日も似合わないサングラスをかけて顔を隠していなければならない。


 エリザベス・ベイカー、いや、彼女の希望に沿えばエリーにしても同じだ。

 二年連続での優勝がかかっており、アメリカのメディアは大騒ぎをしている。

 試合前日にこうして二人で歩いているところを写真に撮られでもしたら大変なことになるだろう。


「おい、青っちも見ろ。すごい光景だぞ」


 卯月が俺の手を引いて展望窓のほうへと引っ張っていく。


「確かに凄いな……」


 軌道エレベーターの展望台は高度二万メートルにあり、地球の丸みを見ることができる。

 普段は見上げる雲が、まるで大地に張り付いているようだ。


 地上から見るとあんなに空高くに見えるのに、上からみたらこんなに薄っぺらいんだな。


 雲のせいかも知れないが、陸地は見えない。

 軌道エレベーターはその建設において様々な国家の利害がぶつかりあった結果、どの国の領土からも離れた公海上に建造されからだ。


 地上部分は環太平洋諸国の主導で設立された新国家バベルが統治している。


 誰だよ、このとんでもなく縁起の悪い名前にオッケー出したの。


 見上げれば青黒い空が広がっている。

 宇宙はすぐそこだ。

 シールド技術が無ければ放射線がヤバい。

 こんな小さな大地の球が、俺たちが生存を許された環境だ。

 海面の上昇が止まらないこともあり、スペースコロニー建造の話も出ているが、完成はまだまだ先のことになるだろう。


「日本はあっちかな? だよな?」


「PAに聞きゃ分かるだろうに」


「そういうことじゃないんだよぉ。んもぉ!」


「子どもか」


「どさくさに紛れて手を繋がない」


 瑞穂がそう言ってチョップで繋いだ手を切った。


「今日はみんなで・・・・気分転換に来てるんだ。君と青羽のデートじゃないぞ」


「ウヘヘ、ちょっと盛り上がっちゃったでござる」


「卯月ちゃんらしいですね」


「ほう、鵜飼は随分と余裕だな?」


「青羽くんは私以外考えられないって言ってくれましたから」


 それ、通信士オペレーターの話だけどな。


 バチバチと目線で火花を散らす二人を他所に若葉が近寄ってくる。


「でもいいんスかね? おやっさんたちは機体の整備をしてるのに」


「予選リーグからこっち息をつく暇も無かったからな。最後の戦いを前にリフレッシュも必要だろうって快く送り出してはくれたけど、ちょっと心苦しいよな」


「私も同じ」


「知ってて行き先被ったわけじゃないよな?」


「ん?」


 エリーは首を傾げる。

 癖のある金髪が揺れる。


 絶対知ってたろ、こいつ。


「距離がある分、私は不利だから、チャンスはものにする」


「お前との戦闘経験が少ないのは俺も同じだろ。条件は一緒だ」


「たはは、エリザベスさんが言ってるのはそういうことではないと思うッスよ」


「どういうことだ?」


「あたしの口からはちょっと」


「そんなことより外を見るでござるよ! 展望台に上がるのも安くなかったんでござるよ!」


 卯月の言う通り、軌道エレベーターの展望台に上がる料金は安くない。

 というか高い。

 国が出してくれなかったら絶対登ってない。

 せっかく税金で遊ばせてもらってるんだから、きっちり楽しまないと悪いよな。


 それから皆で展望台からあちこちを見て回った。

 まあ展望台から見える光景というのはあまり代わり映えしないのだが、それでも楽しめるように色々説明が入るようになっている。

 無駄に軌道エレベーターについて詳しくなってしまった。


 展望台は時間制になっていて、滞在時間は三十分と定められている。


 高速エレベーターで地上までは十分間。

 地面にシールド張って自由落下でいいんじゃと考えるのはダンサーくらいのものらしい。

 卯月に頭おかしいと言われてしまった。


「人の上に人が落ちてはいけないから、結局こうしてエレベーターのほうが効率はいいんじゃないか?」


 瑞穂ォ! お前はこっち側の人間のはずだろ!


 軌道エレベーターの基部を囲うように建造された浮遊人工島まで降りて、はい解散、とはならなかった。


 軌道エレベーターは宇宙に物資を運ぶための設備であると同時に観光地だ。

 外貨獲得のために色んな設備がある。

 巨大なショッピングモールもそのひとつだ。


 なにゆえ軌道エレベーターまで来て女子の買い物に付き合わなければならないのか。

 これ、俺のリフレッシュのためなんじゃないの?


 しかしそんなことはお構いなしに、女子はきゃいきゃい言いながらショッピングを楽しんでいる。


 エリーも一緒になってるけど、お前、明日の対戦相手だからな!


 ショップの外で待っているだけならそれほど苦労はしない。

 PAでも見ていればいいからだ。


 だが服に水着に小物にぬいぐるみ。

 皆いちいち俺に見せては意見を求めてくる。


 やめろ、おい、俺を女性客ばかりのショップの中に引き込むんじゃない!


 結局は荷物持ちまでやることになる。

 頼まれたわけではないが、女性が重そうに荷物を持っていて、男は手ぶらなんてかっこ悪いだろう?

 誰かの荷物を持ったら、他の四人の荷物も持たないわけにはいかなくなる。

 こうして複数の女性に荷物持ちにされる男の誕生だ。


 結局かっこ悪くない?


 やがて荷物は持ちきれなくなり、ポータードロイドにホテルの部屋に運んでもらうように手配する。


 最初からこうすりゃ良かったんじゃないの?


 お洒落なカフェで昼飯を食ったら、また買い物だ。

 なぜ女性は買い物にここまで時間を使えるのか。

 PAに聞いたら多分答えてくれるだろうが、今の俺の助けにはならないだろう。


 まあ、こんな些細な日常をエリーが楽しめるようになっていることは良かったと思うよ。

 かつての彼女であれば意味がないと切って捨てていたような、ささやかな日々の喜び。それがここにある。


 俺は世界一位のダンサーになる。


 だがそのために何をも犠牲にしていいとは思わない。

 本当なら一分一秒すら無駄にせず鍛錬に打ち込むべきなのかも知れない。

 実際にそうしているダンサーだっているだろう。

 だが俺に焦りはない。


 今こうして仲間たちとともに過ごせる時間を楽しめない奴が、バトルダンスを楽しめるはずがないのだ。


 俺は楽しむ。

 楽しんで天辺を獲る。


 そうでなきゃ意味がない。

 使い途の無い金に意味がないように、日常の先に無い世界一位になんて意味がない。


 世界一位になった時に、自分独りになっていたら誰とその喜びを分かち合えばいいというんだ。


 まあ、だから、それなりに俺も今日という日を楽しんだ。


 たぶん、どんなに年を重ねても、この日々のことを輝かしく思い出せるくらいに。


「青羽!」


 彼女たちが呼んでいる。

 俺のことを呼んでいる。

 嬉しそうに。

 楽しそうに。


 マスカレイドは明日終わる。


 俺が世界の頂点に立つ日がやってくる。

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