第3章 マスカレイド
マスカレイド 1
2115年12月8日(日)バラナヴィーチ郊外
「国立競技場」
十二月になり、マスカレイドが始まった。
日本には三人の出場枠があり、俺と瑞穂、そして国内プロリーグで活躍する帝王、
設楽記章とは国内選抜戦で何度か戦ったが、マジでつえーのなんのって、まあ、俺が勝ちましたけどね。
マスカレイドは予選一次リーグ、予選二次リーグ、予選最終リーグと勝ち上がっていかなければ本戦に出場できない。
出場者は八つのエリアに分配されて、そこで行われるリーグ戦で二位以内に入れば勝ち上がれるという仕組みだ。
なおこの分配はランダムではない。
マスカレイドはあくまでショーだ。
本来なら本戦でもいいところまで勝ち上がれるようなダンサーが予選で潰し合ってはいけない。
国際バトルダンス協会が過去の成績により決定する国際順位に応じて、上位のダンサーが早期に潰し合うことがないようになっている。
設楽記章のように国際大会への出場経験が多かったり、エリザベス・ベイカーのようにマスカレイドで優勝経験があるようなダンサーにしてみれば、格下ばかりのグループに入ることになり、勝ち上がりは比較的容易い。
だが国際大会の出場経験の無い俺や、マスカレイドには出場したものの本戦の一回戦でエリザベス・ベイカーに敗北した瑞穂は、国際順位が高くない。
格上のいるグループに振り分けられることになる。
まあ、どうせ全員ぶっ倒すんだから、何も変わらないけどな。
変わったことと言えば国内代表に決まってから企業のサポートがついた。
マスカレイドでは秋津島学園のようなサポーターは三人までという制限が無い。
秋津島学園の生徒ということもあって、
戦闘機型と重装甲型が幅を利かせているこの時代にあって、近接型のパーツを製作している、名前の通り渋い企業だ。
それに四羽は瑞穂のサポートに注力するに違いない。
こちらに送られてくるとしたら2軍だろう。
それではダメだ。
サポート企業には俺のために全力を出してもらわなければ困る。
もちろん秋津島学園のチームメイトがサポーターから外れたというわけではない。
卯月は頼りになるし、
残念ながら碧は2学期から
今は
ちなみに俺が選んだわけではなく、卯月が連れてきた。
男のチームメイトがひとりくらいいたほうがバランス取れて良くない?
と言うと、男がいて間違いが起きたら面倒くさいだろうと言われた。
俺も男じゃなかったんですかね?
とは言え、卯月が連れてきただけのことはあって、彼女の整備は卯月のそれに勝るとも劣らない。|
でもまあ、今は渋川重工の
彼女たちに求められているのは彼らが俺というダンサーを理解するためのデータと、今後のための学習だ。
「おやっさん、新しい素体だけど、右半身の反応がなんか鈍い気がする。なんとかなんない?」
「がっはっは! 坊主じゃ二倍でも追いつかんか。若さだな! 三倍にするか!」
「そんな大雑把な整備があるかよ。二.一か、二.二だな」
「二.〇五にしといたぞ。これで試してみろ」
「今度はこまけぇ!」
渋川重工の整備主任はこんな感じだが、腕は確かだ。
二.〇五倍で違和感は無くなった。
企業がサポートについたことで最新型のパーツが、ポイント関係なしにどんどん送られてくる。
もちろんこうして企業から送られてきたパーツはマスカレイド終了後に返却しなければならないが、こういうパーツを揃えればこういう戦い方ができるというデータは持ち帰ることができる。
マスカレイドに出たかどうかでドレスの完成度がまったく違ってくるわけだ。
「にしても移動がキツいよなあ」
「キシシ、一戦ごとに移動の繰り返しでござるからなあ」
マスカレイドはショービジネスだから、各地を転戦することを求められる。
日程もかなり厳しい。
特に予選リーグはスケジュールが過密だ。
試合をしたその日のうちに移動して、次の日にまた試合といった感じだ。
俺が振り分けられた東ヨーロッパエリアは、西側はバトルアリーナが比較的密集しているが、東側となるとそうでもない。
移動にかかる時間も馬鹿にならない。
まあ、アフリカエリアに比べれば楽な方だとは聞いているが。
お陰で新型パーツが届いても調整にかける時間があまり取れない。
今も試合直前で最終的な調整を詰めているところだ。
ならば調整を詰めた以前のパーツで戦えばいいと思うかも知れないが、バトルドレスの開発は日進月歩で進んでいる。
対戦相手は最新パーツをギリギリまで詰めてくる。
こちらも同じようにしなければ負けるだけだ。
「今日の対戦相手は世界三位、ヒューゴ・アルドリッチだ。予選突破までの最大の障害だし、勝ち進めば二度三度と当たることになる。勝って相手に苦手意識を植えつけろ」
戦術指揮官の周防さんからの言葉に頷く。
元より誰が相手でも負ける気は無いけどな。
「ヒューゴ・アルドリッチは対戦相手に合わせて戦い方を変えてくる。戦上手だ。どんなタイプのバトルドレスでも乗りこなす。実際出てくるまでどんなセットアップか分からない。やりにくい相手だぞ」
「それでも予測はしてあるんでしょ?」
「これまでの戦闘データから、相手が三津崎の苦手とするセットアップを組んでくるのであれば、重装甲空中戦対応というところか。だがそれに対抗するセットアップでは、高速戦闘機型に追いつけない危険性が出る。ヒューゴ・アルドリッチの嫌なところはこういうところだ。結局はどんなバトルドレスが出てきても対応できる、器用貧乏なセットアップにしなければならん」
「それでこのセットアップなわけですね」
素体はバランスの良い汎用に近いもの、蓄熱装甲は少なめ、ブースターは高出力。
武装は二連装エネルギーブレードに、レーザーと実弾を切り替えられる複合突撃銃。
放熱板は大きめで空気抵抗も大きい。
向きを意識しなければ速度が出ないだろう。
「熱量とエネルギーの管理に気をつけろ。全開で動かすとあっという間に自滅するぞ。カウンターブーストはできるだけ使うな。熱量が上がれば取れる選択肢も減る。どうせお前は接近戦しかできんのだ。それ以外の場面で熱量を上げるな」
「うい、了解」
エリザベス・ベイカー戦以降、俺が重点的に訓練してきたのはバトルドレスの運用面だ。
長期戦に耐えられる賢い立ち回りという奴を徹底的に叩き込んだ。
好きか嫌いかで言えば好きではないが、するしないは別にして、できるできないは大きな違いだ。
対戦相手に長期戦に持ち込めば自分が有利と思われずに済む。
「時間だ。三津崎。勝ってこい」
「当然!」
レールに乗ってバトルフィールドへ。
大歓声が俺を迎え――てるわけじゃないよな。
注目されているのは断然ヒューゴ・アルドリッチである。
みんな彼の試合を見に来ているのだ。
しかし観客席を見回すと日の丸を掲げた応援団の姿もあった。
秋津島学園は普通にカリキュラムが行われているので、生徒が応援に来ることは基本的にはできないが、そうではない人たちがわざわざベラルーシまで応援に来てくれているのだ。
気合が入った。
バトルフィールドの反対側から入場してきたのは重装甲型バトルドレスだ。
戦術指揮官の予想は大当たり。
武装はレーザー砲と実弾銃を左右に持っている。
意外なのはどちらもショートバレルじゃないということだ。
俺が接近する前に勝負を決められると思っているのか?
カウントダウン開始、固定解除。
イグニッション。
エネルギーが充填されはじめる。
俺は動かない。
ヒューゴ・アルドリッチも動かない。
じりじりと数字だけが減っていく。
残り二十秒。
残り十五秒。
ここでヒューゴ・アルドリッチが動く。
反重力装置を起動して空中に浮かび上がったのだ。
空中に上がること自体は予測の範囲内だが、早い!
どんな意図があってのものだ?
そう思ってヒューゴ・アルドリッチの黄色いカラーリングのドレスをじっと見つめていると、ドレスの背後からがしゃんと放熱板が展開した。
「翼ァ!?」
ヒューゴ・アルドリッチが加速を開始する。
メインブースターを吹かし、俺から離れていく。
バトルフィールドの奥半分を大きく使って、加速していく。
「重装甲戦闘機型だと!?」
普通に考えれば悪手もいいところである。
反重力装置があると言っても質量が消えたわけではない。
重い物を加速させるにはそれだけ大きなエネルギーが必要だし、ただでさえ巨大な重装甲型に展開型の放熱板を付けたため被弾面積は格段に大きい。
戦闘機型ほど速くなく、重装甲型より被弾しやすい。
「やってくれるじゃないか」
だが近接型が相手ならばどうだろう?
接近にはアクセルブーストを必要とし、エネルギーブレードを数回当てた程度では落とせない。
向こうは距離を取って悠々と放熱できる。
素体も重装甲型のようなので、出力を控えめにしたエネルギーブレード一発では蓄熱装甲に熱を溜めさせることすらできないかも知れない。
対策をのんびり考えている時間は無い。
残り五秒。
俺は反重力装置を使い、空中に浮かび上がる。
その場で真っ直ぐ上昇。
反重力装置を使っている以上、位置エネルギーというものは存在しない。
あれは重力があってこそ意味があるものだ。
残り一秒。
反応炉は臨界に達する。ヒューゴ・アルドリッチは接近してこない。
ゼロ!
武装制限が解除される。
距離が離れたまま、軽いレーザーの撃ち合いが始まる。
小手調べだ。
お互いにフルマニュアルの使い手。
そう簡単に照準に収まってはくれない。
今ならと思って引き金を引いても、その瞬間には回避行動を取られている。
当たらない。
だがそれはこちらも同じだ。
アクセルブーストを使うまでもなく、回避、攻撃、回避、攻撃――。
俺はジリジリと前進する。
ヒューゴ・アルドリッチが横を駆け抜けようとすれば即座にアクセルブーストで接近できるよう、旋回方向の出口を塞ぐようにする。
だがヒューゴ・アルドリッチなら逆サイドから抜けていくことも可能だろう。
そう、そのことさえ分かってさえいれば!
「今です!」
ひとみにそのタイミングが見抜けないわけがない。
バトルフィールドの逆サイドに向けてアクセルブースト!
音速を突破して、さらにアクセルブーストを重ねる。
逆サイドを抜けようとドレスを振ったヒューゴ・アルドリッチに迫る。
戦闘機型の真似事をしても所詮は重装甲、遅いんだよ!
メインブースターを全力全開で速度を維持する。
ヒューゴ・アルドリッチはドレスを振りながら、激しい射撃で牽制してくるが、ブースターの角度を変えて回避、回避、回避。
回避しながら接近してエネルギーブレード、三連撃。
綺麗に決まる。
アクセルブーストで加速して逃れようとしたヒューゴ・アルドリッチにアクセルブーストで追いすがり、エネルギーブレードを切り替えて、さらに三連撃。
エネルギーブレードは二本とも椀部冷却器の中に消える。
ヒューゴ・アルドリッチの蓄熱装甲は七割が剥がれ落ちた。
だがこちらもエネルギー切れだ。
逃げるヒューゴ・アルドリッチを追いかけられない。
仕切り直しだ。
ヒューゴ・アルドリッチはこちらのエネルギー切れに気付いていたのだろうが、それよりも自身の放熱を優先したようだ。
俺から遠く離れた位置を旋回する。
どうやら戦闘スタイルを変えるつもりはないらしい。
こちらもエネルギーを回復できるし、熱量を下げられる。
時折思い出したように撃ってくるレーザーを回避しながら、ドレスを落ち着ける。
回避、回避、回避――、攻撃の圧が増してくる。
ヤバいと思った時にはもうすでに中距離射撃戦に引きずり込まれていた。
これが戦上手ってことか!
接近しようにも回避で精一杯になる。
感覚だけでレーザーを避けようとすると、回避先に実弾を置かれている。
被弾する。
上手い。
ひとみの指示は的確だが、追いつかない。
じりじりと熱量が上がっていく。
だけどな! こっちだって中距離戦の訓練は積んできたんだ!
フルマニュアルでの射撃の難しさはフルサポートの比ではない。
自分で意識してドレスの腕を操作して敵を狙うのだから、中遠距離で正確に照準を合わせるのは至難だ。
フルマニュアルとか言いつつ、射撃だけはサポートを使うというダンサーも少なくない。
だが真の上級者はサポートによって照準がどう動くのかは完全に把握している。
サポートによる射撃は避けられる。
俺は出力を絞ったレーザーを連射する。
見れば出力を絞っていると分かるはずだが、見てから回避はできないのがレーザーというものだ。
ヒューゴ・アルドリッチの回避先に実弾を置いて、当たったその瞬間に最大出力のレーザーを放つ。
攻撃を食らってしまった瞬間というのはアクセルブーストを使うことを躊躇う。
何故ならすでに攻撃を食らって熱量が上がっているからだ。
大きく移動するより、細かい動きで追撃を避けようとするのが基本。
だがヒューゴ・アルドリッチはアクセルブーストで回避する。
そうだよな。
基本を守ってる程度の腕じゃ世界三位にはなれねーよな。
激しい中距離射撃戦で不利なのは言うまでもなく俺の方だ。
蓄熱装甲も少ないし、そもそも射撃武器の数が違う。
こちらはレーザーも実弾も撃てるとは言え、一本の複合突撃銃だが、向こうはレーザー砲と実弾銃の二本立てだ。
射撃の厚さが違う。
このままでは俺の負けだ。
このままなら、な。
気付いているか? ヒューゴ・アルドリッチ。
まあ、気付いているんだろうが、回避のしようが無いわな。
放熱のために高速で旋回しているお前の旋回半径。
だんだん縮まっているぞ。
本意ではないのだろう。
何度も逃げ出そうとする動きを見せる。
だがその度、前方に実弾の雨を置かれて逆方向に旋回しないではいられない。
食らってでも逃げるのが正解だぜ?
もっともその場合は逃さないけどな。
これは追い込み漁だ。
円筒形のバトルフィールドの端に獲物を追い込んでいく。
そしてついにその旋回範囲が空力で行える最小範囲にまで縮まる。
結果的に速度も落ちてるぜ。ヒューゴ・アルドリッチ!
ここぞとばかりに俺はアクセルブーストでヒューゴ・アルドリッチへと距離を詰める。
ヒューゴ・アルドリッチもアクセルブーストで加速して囲いを抜けようとするが、減速しすぎていたため逃げ切れない。
亜音速で並走するその瞬間、俺はエネルギーブレードを振った。
食らいながらヒューゴ・アルドリッチはアクセルブーストを重ねる。
タイミングは聞いている。
同時にアクセルブースト!
超音速で並走が続く。
二連撃!
ヒューゴ・アルドリッチの姿が掻き消える。
カウンターブーストだ。
だがそれもひとみの想定内!
移動先に向けてレーザーを撃つ。
背中を向けていたヒューゴ・アルドリッチは避けられない。
直撃してブザーが鳴った。
俺の勝ちだ!
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