他校交流戦 エピローグ
2115年7月20日(土)「秋津島学園」
生徒指導室
「で、だ。なんでここに呼び出されたかは分かっているよな」
さつきちゃんが腕を組んで、半目で俺たちを一瞥する。
ここにいるのは、俺と卯月と瑞穂だ。
他のアンダーティーンの面々がジェファーソン記念校のフェアウェルパーティーに参加しているはずの時間である。
「エリザベス・ベイカーに勝ったからお褒めの言葉をいただけるのかなぁ?」
「はぁ、勝ったのはいい。よくやった。それについては文句はない。なんならアメリア・キースの悪事を突き止めたことも褒めてやってもいい」
「マジかよ。もう怒られることなんて無くね?」
「阿呆め! 秋津、三津崎、太刀川、なぜ私に相談しなかった? なぜアメリア・キースの悪事を証拠付きで公開して拡散した? 秋津、お前が居ながらなぜこんな暴挙を許した?」
「お言葉ですが、先生。両校の学長はお互いに内々で事を収めようとしたのではないですか? アメリア・キースは厳重注意。その程度の処分で終わるところだったのではないですか?」
「そうやってお前らが大人を信用できなかった結果、大炎上だ。そりゃそうだ。世界一位のダンサーに絡む金銭問題だぞ。メディアが煽って燃料投下を始めてる。第三国まで巻き込んでの大騒動だ。お前ら、この騒ぎの責任が取れるのか?」
「責任を取れと言うのなら、アメリア・キースに言うべきでしょ? あいつが企業から裏金を受け取っていなければこんなことにはならなかった」
「悪人だと思ったからといって、私刑にかけて、火をつけてもいいということにはならないんだよ。三津崎。日本もアメリカも法治国家だ。個人が己の感情で悪を決めつけてはいけないんだ」
「それは理想論でござ……でしょう? こうしてネットで拡散しなければ、秋津島学園とジェファーソン記念校の間でなんらかの取引が行われて、それで手打ちになったんじゃないですか?」
「大人が汚いから、自分たちも汚れていいということにはならないんだよ。太刀川。世の中は確かに綺麗事だけで動いちゃいない。汚いことに手を染めずにいれば必ず報われるなんて言う気もない。だけどな、物事は正しい手続きを踏むべきなんだ。手段を探すのはいい。大人になれば誰も何も教えてくれなくなる。自分で調べ、探すことはとても大事なことだ。だが自分を守るためにも手段は選べ。お前たちはいま正しいことをしたと思っているのかも知れないが、それは間違いだ。こうやって叱られている間に気付け」
「正しいか、正しくないかなんてどうでもいい。俺はエリザベス・ベイカーを解放したかった。そのためならなんだってする。太刀川や、秋津先輩は俺に巻き込まれただけです。責任を取れと言うのなら、俺が取ります」
さつきちゃんの目が俺を睨む。
マジでお怒りのやつだ。
「阿呆が。なんでもするとか、責任を取るとか、軽々しく口にするな」
「さつきちゃん、俺は本気で言って――」
「なお悪い! この騒動の発信元がお前らだと世間に知れたら、公式戦への出場停止処分では済まないかも知れないぞ。退学ということだって十分有り得る。いいか、お前らはそれだけのことをしでかしたんだ。幸い、太刀川が上手くやったせいで、今のところ情報の発信元が秋津島学園の生徒であるということは知られてない。学内でお前らに処分を下せば、その原因はなんだ? という話になる。至っては秋津島学園のスキャンダルだ。お前らは大人の汚い事情によって守られる。不服そうだな。そう思うんなら、次はまず私に相談しろ。その上でもっとちゃんとやれ。誰にも文句を言わせない手段で、きちんと物事を処理するんだ」
さつきちゃんの言うことは正論だ。
正しいことだ。
だけどそれじゃどうにもならないことだってあるだろう?
目の前で誰かが殺されそうになっていても、暴力はいけないからって警察を呼んで成り行きを見てるだけで済ませろってのか?
被害者はどうなる?
六法全書を説けば、加害者は改心するのか?
正しい行いってのはなんだ?
法律を守ることと、人としての尊厳を守ることは別だ。
「秋津島学園はバトルドレスに関係する人員を育成するための学校だ。そしてバトルドレスは兵器だ。それを扱うということがどういうことかよく考えろ。お前たち、特にダンサーには適性値には表れない適性が必要だ。特に三津崎。
そう言ってさつきちゃんは生徒指導室を出ていく。
後に残された俺たちを顔を見合わせた。
「一応、無罪放免ってことなのかな?」
「大人の事情とやらに救われた形でござるなあ」
「すまない。ふたりとも。私がもっと実家と上手く付き合っていれば他にもやりようはあったかも知れない」
「瑞穂の事情も仕方ないさ」
気がついている人はとっくに気がついていると思うが、瑞穂の実家は秋津島学園の設立に大いに関わっている。
秋津家と言われてもピンと来ないかもしれないが、
トンボの羽をモチーフにしたあのロゴマークだ。
瑞穂は日本最大級の財閥系企業体のお嬢様ということになる。
だが瑞穂と実家の折り合いはあまりよろしくない。
秋津家は瑞穂がダンサーをしていることを快く思っていないのだ。
それでも今回の件に関して、瑞穂は実家の力を使ってくれた。
いくら卯月が優秀なハッカーだとしても、秋津家の情報網が無ければアメリア・キースの裏金の流れまで追うことは難しかっただろう。
「さつきちゃんの言うことももっともでござるな。連邦警察に情報提供するに留めるべきだったのかも」
「エリザベス・ベイカーのためにはあのタイミングしか無かった。正しくなかったとしても、やってよかったと思ってる。二人を巻き込んでしまったことは、失敗だったけどな」
「そういうことではござらんのだよ。青っちは
「世界一位になるためには強さだけじゃなくて環境も必要だってことか」
「少なくとも出場停止処分になれば世界一位どころか、マスカレイドにも出られないでござるよ。今後は行いに気をつける必要があるでござろうな」
「それは確かに問題だな。分かった。要は自衛しろってことなんだな」
「そういうことなんだろうな。その上でうまくやれ、ということなんだろう」
「結論が出ちまったなあ」
フェアウェルパーティーが終わるまではまだしばらく時間がかかるだろう。
勝手に部屋を出ていったら、今度こそさつきちゃんのカミナリが落ちる。
ここは大人しくしている他になさそうだ。
「この機会に聞いておきたいんだが……」
なんだか歯切れ悪く瑞穂が言った。
「なんだ?」
「その、お前たちは、付き合ってるのか?」
「はぁ?」
「ふぇっ!?」
「だって、太刀川は青羽の嫁だとか言うし……、すごく信頼しあってる感じだし……」
「マジに受け取るなよ。卯月の冗談を真に受けてると持たないぞ」
「でもまあ、青っちはロリコンだからな。私くらいの女の子にしか欲情しないん、ぶべっ」
「お前、流石に言っていいことと悪いことがあるぞ。あと思ったよりガチに入った。それはすまん」
「うぅ~、痛いでござるぅ」
卯月は俺に殴られた頭を押さえて
「まったく、瑞穂も馬鹿な想像しなくとも平気だぞ。もしも彼女ができたとしても俺たちの関係は変わらない、だろ?」
「それは、まあ、えー、そうくるかぁ」
「秋津殿、青っちにそういうのを期待するのが間違いでござる」
「なんだよ、お前ら。俺が悪いみたいに」
「「青羽が悪い」」
えー、どういうことなの?
そんな感じでわいわいやっていると、控えめに扉がノックされて、一人の女生徒が生徒指導室に入ってくる。
癖のある金髪に深い蒼色の瞳。
フェアウェルパーティーに出ているはずのエリザベス・ベイカーだった。
「おう、どうした? お前も怒られにきたのか?」
「違う。青羽たちがいないから聞いたらここにいるって」
「そうか。パーティーはもういいのか?」
「みんな気を使うから」
「あー、負けた上に炎上してるからなあ。って大体俺の所為だな。すまん」
「それはいい。監督に謝られた。あの人のこと気付けなかったって。これからは自由に踊っていいって。それは青羽のお陰、だから」
「気にするな。俺が俺のためにやったことだ」
「でも、嬉しかった。だからお礼」
そう言ってエリザベス・ベイカーは俺の手を掴んで引いた。
思わず前のめりになった俺の頬に柔らかいものが触れる。
「「あーっ!」」
瑞穂と卯月の叫び声が響き渡る。
「次、勝てたらもっとすごいことしよ。勝てたら、ね」
そう言い残してエリザベス・ベイカーはさっさと部屋を出ていってしまう。
後に残されたのは、頬に残った柔らかい感触と、手を取り合って震える瑞穂と卯月だった。
「き、気付いたでござるか。秋津殿」
「あ、ああ、あの女……」
「「どっちが勝ったらって言わなかったッ!」」
波乱の予感を含みつつ、交流戦は幕を下ろす。
国内選考戦はもう近い。
俺たちは立ち止まってはいられない。
マスカレイドに向け、戦いは加速する!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます