他校交流戦 10

 その瞬間、反重力装置を切って入れる。


 ドレスは複合金属の塊だ。

 反重力装置が無ければ当然落ちる。


 ドレスの位置が下にずれて、レーザーが頭を掠める。

 エリザベス・ベイカーの目が見開かれる。


 レーザーの下を駆け抜けてエリザベス・ベイカーの真下へ!


 エネルギーブレードの表示はまだレッドのまま。

 冷却は終わっていない。

 ドレスの熱量も高い。

 冷やしきれていない。


 ショットガンを振り上げている暇はない。


 いま行動を起こさなければ負ける!


 勝利に向けて俺は手を伸ばす!


 ホワイトナイトの脚部を引っ掴んだ。

 慣性無効装置が干渉しあってお互いの動きが止まる。


「うおおおおおおおお!!」


 メインブースターを全開にして回転する。

 ホワイトナイトをぶん回す。


 エリザベス・ベイカーにしてみれば慣性無効装置を起動するのが正解だ。

 エリザベス・ベイカーならすぐに気付く。


 だからその前に地面に向けてホワイトナイトをぶん投げた。


 地面に向けて落下するホワイトナイトがその途上で静止する。

 慣性無効装置を使ったのだ。


 そうだよな。

 そうするよな。

 だがその判断はもう遅い!


 俺の方からぶん投げたのだ。

 そのまま距離を取るのが正解だった。

 別に床に叩きつけられたところで張られたシールドによってダメージは無いのだ。


 中途半端な距離で静止したエリザベス・ベイカーは真横に向けてアクセルブーストした。

 とにかく回避。

 その判断は正しい。

 だが正しい故に一手遅い!


 上方から反重力装置を切った俺が落下する。


 ホワイトナイトの回避方向に向けてアクセルブースト。


 方向はひとみから聞いていた。


「届けぇぇぇぇぇぇ!」


 冷却の終わったエネルギーブレードでホワイトナイトを上から下に叩き斬る。


 熱量の余裕を完全に使い切り、俺は床のシールドまで落下する。


 着地の衝撃を吸収して、反応炉熱量が敗北ラインを超えた。


 ブザーが鳴る。


 ホワイトナイトも反応炉熱量はギリギリだったはずだ。


 どうだッ!?


 次の瞬間、眼表モニターに試合結果が表示される。


 先に熱量限界を超えたのはホワイトナイトだ。つまり勝ったのは俺だ。


「いよぉっしゃああ!」


 メインブースターを吹かして起き上がる。


 ホワイトナイトが降りてきた。


 エリザベス・ベイカーは何の感情も感じさせない能面のような表情に戻っている。


「あなたのお陰で私は終わり。命令を無視した上、負けた私にもう価値は無い」


「でも楽しかったろ?」


「ええ、楽しかった。ありがとう。さようなら」


 そう言ってエリザベス・ベイカーは行ってしまおうとする。

 その背中に声をかけた。


「待てよ。マスカレイドでまたやろうぜ。今度は最初から全力全開のお前と踊りたい」


「命令を聞かない駒なんて役に立たない。私は棄てられる」


「棄てられるのはどっちかな?」


「……?」


 エリザベス・ベイカーはきょとんとした顔を浮かべた。


「戦いながら散々話したろうが。アメリア・キースは色んな不正に手を染めていた。こっちにゃその証拠がある。というか、今頃はもうネットに拡散しているはずだ。そういう手筈だからな。アメリア・キースはもう終わりだよ」


「そんな……」


 エリザベス・ベイカーは立ち尽くす。


「何をそんなしょぼくれた顔してんだよ。お前が汚い金を受け取っていないことも分かってる。お前は自由になったんだ。これからは自分の翼で飛ぶんだよ」


「でも、でも、私は……」


「今日のダンス、楽しかったろ? これからは毎回こんな風に楽しいんだぞ。大丈夫だ。何かあれば連絡しろよ。俺と、俺の仲間が必ずお前の支えになる」


「どうして? あなたはどうして私のために?」


「俺も楽しかったからだよ。お前ほど俺を熱くさせてくれるダンスパートナーは滅多にいない。だからまた踊ろうぜ。今度は世界の舞台で、さ」


 エリザベス・ベイカーは少し呆けた顔をして、それから笑った。


「今度は負けない。ううん。勝つ。あなたに勝つ」


「その意気だ。エリザベス・ベイカー。だが次も勝つのは俺だ」


「じゃあ、マスカレイドで」


「ああ、マスカレイドで踊ろう。約束だ」


 俺とエリザベス・ベイカーは背を向けてお互いの居場所に戻っていく。


 その途中で俺は右手を振り上げた。

 総立ちになっていた観客が歓声を上げる。


 どうだ!

 やってやったぞ!

 俺は、勝ったぞ!

 世界一位エリザベス・ベイカーに!


 待機室に戻ってドレスを脱いだ俺は興奮した出場者たちにもみくちゃにされる。


 賛辞の声がこそばゆい。

 彼らは手のひらを返したわけではない。

 俺と順位を争ったアンダーティーンたちは俺が順位を落とすことを悪く言ったりはしなかった。


 彼らは俺が瑞穂を倒した後、フルサポートからフルマニュアルに切り替えたことを知っているのだ。


 それに気付かないような連中じゃない。

 彼らはこの土壇場で俺がフルマニュアルを使いこなしたことを称賛しているのだ。


 しばらくされるがままにしていたが、人の輪を抜け出して、待っていた瑞穂に歩み寄る。


「勝ったぞ。瑞穂」


「青羽ならやると思っていたさ」


 拳をぶつけ合う。


「世話をかけたな」


「なぜ青羽が言う? 私が世話を焼いたのはエリザベス・ベイカーだ」


「瑞穂のお陰で次は最初から全力全開のあいつと戦える」


「ふっ、マスカレイドの組み合わせ次第だということを忘れるな。あの舞台でエリザベス・ベイカーを倒すのは私だ」


 それから瑞穂の陰に隠れていた卯月を覗き込む。


 この二人だけ駆け寄ってこなかったのだ。

 碧? 普通に俺をもみくちゃにしてましたよ。


「卯月もありがとうな。お前のお陰でエリザベス・ベイカーに勝てたし、アメリア・キースの悪事も暴けた。感謝する」


「わ、私たちはチームメイトだ。協力するのは当然のことだ」


 この場にいる全員の注目を浴びているせいか、卯月はそうとだけ言って瑞穂の後ろに隠れてしまう。


 あれだけ虐められてたのに、いつの間に懐いたのかね?


「碧、ギリギリまで練習に付き合ってくれてありがとうな。お前がいなきゃステップは完成しなかった」


「卯月が言ったろ? あたしたちはチームメイトだ。力を合わせるのは当然だよ」


「それでも感謝はさせてくれ。お前たちは最高のチームメイトだよ」


 そして俺はもう一度拳を振り上げる。


「勝ったぞ! おまえら!」


 みんなが押し寄せてくる。


 傍にいたので瑞穂も卯月も巻き込まれた。


 みんなでもみくちゃになりながら笑う。

 最高の気分だった。

 まるで世界の頂点に立ったかのようだった。


 いや、立ったのだ。


 これは交流戦で公式戦じゃない。

 だが世界一位を落としたのは事実だ。


 世界一位と同じ舞台で踊り、競り勝ったのだ。


「バトルダンスは最高だぜ!」

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