他校交流戦 9
「あなたに何が分かるッ!」
彼女の自動プログラムによるソロダンスに、俺とひとみが呼吸を合わせることでデュオが成立している。
激しいステップに、射撃と斬撃の応酬。
刃は届いた。力あることは示した。
「お前の操り主はアメリア・キースだろ」
後は言葉が届くかどうかだッ!
「コーチは関係ない!」
エネルギーブレードが熱量限界に達し、六秒の冷却時間を必要とする。
ドレスの熱量も排熱限界を少し超えている。
冷やす必要がある。|
「本気でそう思ってるならおめでたいな、エリザベス・ベイカー! 心当たりはないか? 疑問を感じたことはないか? マスカレイドでのサポート企業を決めたのは誰だ?」
「盤外戦術だッ!」
近接戦をするに当たって、ついやりたくなる行動に、対戦相手の背後に回り込むというものがある。
バトルドレスの視界は広いので背後にでも回り込まない限りは、対戦相手から見えなくなるということはない。
冷却時間を稼がなければならない俺にとって、相手の視界から消えるというのは魅力的だ。
だがそれは決してやってはいけない行動のひとつだ。
忘れてはいけない。
ドレスの背後にはメインブースターとアクセルブースターという、とてつもない熱量を生む装置があるのだ。
至近距離からフルブーストの熱量を浴びせかけられれば、蓄熱装甲の全損で済めば御の字。
一瞬で敗北するということも考えられる。
つまり俺はエリザベス・ベイカーの視界からは逃げられない。
彼女の泣きそうな瞳に見つめられながら、銃口を躱し続ける以外に無いのだ。
まったく、言ってくれるぜ。卯月。
あんな風に言われたら、やるしかないじゃないか。
ここに来てフルマニュアルの操作は、動かすという感覚から、動くに変わってきた。
世界一位との激しいダンスが、かつてない速度で俺にフルマニュアルを馴染ませているのだ。
百分の一秒の感覚の遅れが、千分の一秒になって、遅延というものをまったく感じなくなる。
俺は思うようにこのドレスを動かせる。
「アメリア・キースは不審な人物と接触はしていなかったか? 異常に金回りが良くはなかったか?」
「そ、んなことは、ないッ!」
俺は反重力装置を切った。
重力を利用することでより速くステップを踏める。
熱量の上昇を抑えられる。
シールドすれすれをブーストで飛んで、自由落下に合わせて足を出す。
ステップ!
銃口の正面を通って逆サイドへ。
エリザベス・ベイカーがレーザーを撃つが遅い。
もうそこに俺はいない。
宙返りしながらエリザベス・ベイカーの頭上を超えて、また逆サイドへ。
エネルギーブレードの表示がレッドからグリーンへ。
冷却が終わったのだ。
ドレスも十分に冷えた。
計算上、ミスをしなければ一秒毎の六回攻撃で世界一位は燃え落ちる。
勝つ。勝ってしまう。
だが、ただの自動人形に勝ったところで何の意味があるってんだ。
この自動人形こそが世界一位?
そんなもんは今はもうどうでもいい。
「俺は自由に飛ぶお前と踊りたいんだッ! エリザベス・ベイカー!」
エネルギーブレードがホワイトナイトを捉える。
ホワイトナイトの蓄熱装甲は残り二割というところ。
もうエリザベス・ベイカーに後はない。
牽制にショットガンを撃つ。
当たる。
――当たった?
次の瞬間、ホワイトナイトがフルブーストでこっちに突っ込んでくる。
ひとみの予測には無かった行動だ。
意識していなかった。
避けられない!
衝突の衝撃は慣性無効フィールドで打ち消されたが、ホワイトナイトはフルブーストを止めない。
俺たちは顔を突き合わせたまま、空中に打ち上げられる。
「うわああああああああああ!!」
エリザベス・ベイカーが絶叫し、銃を振り上げる。
咄嗟にアクセルブースト。
遅れて反重力装置を起動。
拡散レーザーが体を掠める。
そのままエリザベス・ベイカーはシールドまですっ飛んでいって、シールドの壁に足から着地した。
そしてシールドで出来た壁を駆けて、跳ぶ。
天井の中央へ。
距離を離された。
対応できなかった。
収束に変わったレーザーが俺を狙って放たれる。
回避、回避、回避!
回避しながら前に出ようとするとやや拡散気味のレーザーが待ち受けていた。
横にアクセルブースト!
それでもなお避けきれない。
バトルドレスを焼かれながら前へ。
五十メートルを詰めた辺りで、ホワイトナイトは天井中央という立ち位置をあっさりと捨てた。
後退しながらの射撃。
本来の
俺という脅威を認識し、対応した動き。
今ようやく彼女はソロダンスを止めたのだ。
ひとみが回避先を伝えるので精一杯になっている。
エリザベス・ベイカーを先読みできなくなったのだ。
形勢逆転。
一瞬でこちらが追い詰められている。
彼女が天井を足場にしている理由は明らかにこちらのステップを警戒しているからだ。
平坦な地面側と違って天井側は湾曲している。
天地を逆さまのしてのステップは難易度が跳ね上がる。
だがな、できないとは言ってないぞ。
天井を足場にしたステップで距離を詰めていく。
上下の反転程度では俺の動きは鈍らない。
エリザベス・ベイカーも同様だ。
だが湾曲した天井シールドを利用したステップは訓練していない。
百分の一秒でも反応が遅れればそこを咎められる。
避けきれない。
被弾する。
食らったからと言って自棄を起こせば、そこで終わりだ。
アクセルブーストで被弾時間を最小限に抑える。
今は声の届く範囲に近づけ!
「アメリア・キースは――」
「
バトルダンスで絶え間なく攻撃が降り注ぐというようなことはあまり起きない。
当然ながら攻撃によっても熱量が上昇するからだ。
当て続けられるのであればともかく、外せば自分だけが一方的に熱量上昇する。
それでもなお攻撃を続けるというのであれば、それは相手に接近されたくない場合だ。
今の
排熱限界を超えた攻撃量によって、俺を近づけまいとしている。
「向き合いたくなかった。気付かない振りをしていたかった」
「今は俺を見ろ! 俺だけを見ろ! エリザベス・ベイカー!」
「あなたは絶対に許さない」
口元が思わず歪む。
そいつはとびっきりの告白だぜ。エリザベス・ベイカー。
避ける。避ける。避ける。避ける。避ける。
撃ちながら避ける。食らいながら避ける。
あっという間にこちらの蓄熱装甲は一割を切った。
ホワイトナイトも似たようなものだ。
ジリ貧だ。
このままだと負ける!
なんとかレーザーを掻い潜って接近し、エネルギーブレードを当てるしかない。
自身の感覚を研ぎ澄ます。
細く、鋭く、硬く、長く!
まだ、まだ、まだ、まだ――。
ここだッ!
レーザーに向かって突っ込んでいく。
蓄熱装甲を全損させながらもレーザーの中を抜けて、ホワイトナイトを切り払う。
カウンターブースト!
二連撃!
慣性無効装置を使い、姿勢制御スラスターで縦回転する。
三撃目!
冷却が必要になったが、卯月の忠告に従い、エネルギーブレードは捨てない。
かと言って熱誘導もできない。
俺のドレスの熱量は敗北ラインのわずかに下だ。
熱量を生むような行動はなにもできない。
アクセルブーストで離脱したホワイトナイトに向けてショットガンを撃つ。
弾は出た。
ホワイトナイトの熱量は敗北ラインを超えていない。
弾はいくらか当たったようだが、雀の涙だ。
距離がありすぎる。
ホワイトナイトの銃口がこちらを向く。
俺はもうアクセルブーストさえ使えない。
熱量が限界なのだ。
使った瞬間俺が負ける。
必死に機体を振る。
銃口から逃れようとする。
だがアクセルブーストを使われたせいで彼我の距離は百メートルほどある。
拡散レーザーの攻撃範囲は広い。
最後まで諦めるな!
機体を冷やせ!
時間を稼げ!
さっきまでレーザーを乱射していたエリザベス・ベイカーが撃ってこない。
いや、撃てないのか?
彼女もまた熱量が限界なのでは?
俺は銃口から逃げるのを止め、ホワイトナイトに向けてメインブースターを吹かす。
エリザベス・ベイカーはメインブースターのみで機体を振る。
銃口はこちらを向いたままだ。
必要なだけ機体が冷えたらあそこからレーザーが飛び出して俺を焼き尽くすだろう。
真っ直ぐに接近しながらショットガンの狙いをつける。
エリザベス・ベイカーが獰猛な笑みを浮かべた。
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