他校交流戦 7

                  2115年7月20日(土)「秋津島学園」

                             第1バトルアリーナ



 交流戦は公開戦だ。

 ネットで中継もされるし、バトルアリーナの観客席も一般に開放されている。


 世界一位が踊るということもあって、その注目度は抜群だ。


 夏休みということもあり、観客席は満員には程遠かったが、それでも島内に残っている生徒はそのほとんどがこの場にやってきていた。


 まあ、全校生徒が集まってきてもこの広さのバトルアリーナの観客席が満員になることなんてないんだけども。


 赤いバトルドレスが超音速でバトルフィールド内を飛び回る。


 対戦相手の蓄熱装甲がひとつ剥がれ落ちるごとに歓声が上がった。

 そりゃそうだ。

 戦っているのは秋津島学園の最強女王、秋津瑞穂で、ここまで秋津島学園は一勝二敗と追い詰められている。


 観客は交流のためにやってきたジェファーソン記念校のアンダーティーン以外はすべて秋津島学園の生徒だ。

 圧倒的なホームなのである。


「流石に瑞穂は安定しているな。ジェファーソンの学内二位を相手にまったく寄せ付けない」


「マスカレイドへの出場経験の差は普通の学内順位では表れないほどに大きいんでござるよ。なにせマスカレイドでは国内の大手メーカーがサポートに付くんでござるからな。バトルドレスの完成度が違うんでござるよ」


「子どもの喧嘩に大人が出てくるようなもんか。だけど子どもが大人に舐められっぱなしとは限らないぜ」


「事実、青っちは秋津瑞穂を一度倒しているんでござるからな。バトルドレスの性能差が決定的な戦力の差ではない、ということでござる」


「勝てるかどうかはダンサー次第、ってな」


 そんなことを話している間に瑞穂の試合が終わる。


 一度も被弾しない、蓄熱装甲を全部残した圧倒的な勝利だった。


 これがマスカレイド出場者とそうでない者の違いであるというのなら、世界一位に立ち向かうのが学内五位の捨て駒だと皆が思っているというのなら。


「面白いじゃねぇか。最高のショーを見せてやるぜ」


 赤いバトルドレスに乗った瑞穂が待機室に戻ってくる。


 シールドがあるためにバトルフィールドが傷つくことはないが、蓄熱装甲などのパーツがバトルフィールド内に落ちているため、清掃のため次の試合までは三十分間のインターバルがある。


「青羽、最高の舞台を用意したぞ」


 ドレスを脱いだ瑞穂がチームメイトから受け取ったスポーツタオルで汗を拭きつつ話しかけてくる。


「実況中継してる野郎は、秋津瑞穂が圧倒的な力を見せてくれて良かった。残念でしたが、エリザベス・ベイカーが卒業した後の来年に期待しましょうって締めくくりかけてやがるけどな」


「そいつの名前を後で寄越せ。学園にいられないようにしてやる」


「本気でできそうだから、それは止めといてやれ。何も知らない第三者ならそう思うのが当然さ。だが瑞穂の試合が終わって席を立った奴は後で後悔することになる。一番いい試合を自分の目で見逃したんだからな」


「ふふっ、期待しているよ。青羽」


「ああ、度肝を抜いてやる」


 固めた拳をぶつけ合わせ、俺たちは笑う。

 

 わずかにあった緊張も、行き過ぎていた気負いも無くなった。

 瑞穂と遊んでいた幼い頃と何も変わらない。


 これは遊びで、楽しむことが正解だ。

 それをあいつに教えてやるために俺は踊るんだと決めた。

 だから俺が楽しまなくちゃいけないんだ。


「青っち、時間だぜ」


 卯月に言われ、俺は固定台に乗った格納状態のドレスを装着する。


 体が固定され、神経接続スーツがドレスと繋がった。


「行ってらっしゃい。アナタ。――いたっ、いたいれふ」


 瑞穂に頬をつねられる卯月を見ながら、レールに運ばれ始める。


「青羽、あんたならできる。あたしが知ってる」


 疲労の色を残した碧に見送られて、俺はバトルアリーナへの通路を抜ける。


 第一バトルアリーナの中へ。


 半径五百メートルの広大なフィールドが目の前に広がる。


 二百五十メートル進んだところで停止。


 向こう側からも白銀色のバトルドレスが運ばれてきた。


「青羽くん、エリザベスさんはいつも通りのセットアップのようです」


 頭の中でひとみの声が響く。


「いいニュースだ。もうひとついいニュースがある」


「なんですか?」


「今の俺の状態は最高だ。負ける気がしねえ」


 通信機の向こうでひとみが控えめに笑った。


「エリザベスさんは比較的見えやすい相手ですが、私の指示を待たないで下さい。って言っても、青羽くんは分かっていますよね」


「ああ、任せておけ」


 電子音とともにカウントダウンが始まった。


 バトルドレスが固定台から解放される。


 このタイミングだけは決して外さない。


 イグニッション!


 反応炉が開放され、エネルギーを発生させ始める。


 それと同時に俺は前に足を踏み出した。

 ほぼ同時にエリザベス・ベイカーも前に向け走り始める。


 走る程度のことではエネルギーはほとんど消費しないし、臨界までの時間も変わらない。

 だがバトルフィールドは広く、開始位置は遠い。

 走る程度で得られる場所の利などほとんどない。


 しかしエリザベス・ベイカーに限ってはそうではない。


 彼女がバトルフィールドの中央に向けて一歩進めば進むほど、彼女の勝利が近づく。


 開始地点からバトルフィールドの中央までは二百五十メートル。


 普通ならバトルドレスで走れば三十秒かからない距離だが、床にシールドが張られている関係でそうもいかない。

 普通に走るように地面を蹴りつけても、慣性無効フィールドでその勢いは殺されてしまう。


 シールド上を走るのは、普通に走るのとは違う、また別の歩法が必要なのだ。


 そしてシールドの上をわざわざ走るというような奇妙な行動に関しては、エリザベス・ベイカーに一日の長がある。


 重装甲型バトルドレスであるにも関わらず、俺よりも速い!


 残り二秒。


 走りながらエリザベス・ベイカーが両手に持った銃を俺に向ける。

 彼我の距離は四十メートルほど。

 このまま射撃戦に入れば勝ち目はない。


 だがこうなることは織り込み済み!


 残り一秒。

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