他校交流戦 6

                  2115年7月19日(金)「秋津島学園」

                             バトルドレス格納庫



「さて、諸君、みんな大好きセットアップの時間だよー」


 卯月が両腕を組んで得意げに言う。


 交流戦を明日に控え、俺たちはドレスの最終調整を行うべく、格納庫に集結した。


「これまであっしとひとみで開発してきた青っちの専用ドレスパーツは色々あるが、対世界一位エリザベス・ベイカーで通用し得る構成を最終的に判断するのは青っちだ。あっしらは青っちがやりたいようにやれる環境を作り出す。それが仕事だ。青っち、コンセプトは決まったかい?」


 考えた。

 考えたさ。卯月。


 エリザベス・ベイカーを燃え上がらせるようなダンスを踊るために、俺にできることの全てを考えた。


 そんで諦めた。


 始めから答えなんて決まりきっていたんだ。


「エリザベス・ベイカーはバトルフィールド中央、地に足を付けて戦う全距離砲撃型だ。俺の得意とする近接型でこれに対抗するには答えはひとつしかない。超至近距離高速戦闘だ。張り付いたまま動きを止めることなく避け続け、当て続ける以外に道はない。ステップを使うぞ」


「ステップはまだ練習中だろ? 実戦で使い物になるのか?」


 碧が唖然として言う。


 ステップというのはバトルフィールドを床も含めて覆うように展開されたシールドを利用した移動法だ。

 シールドには慣性無効フィールドが張られているので、触れると慣性が消える。

 エリザベス・ベイカーはそれを自分が固定砲台となるための足場として使っているが、俺は踊るためのステージとして利用するつもりだ。


 つまりブーストで加速し、任意の地点でシールドに触れて動きを止める。


 自前の慣性無効装置を使うのに比べて、熱量の上昇を半減できる。

 逆に言えば倍の間隔でカウンターブーストが使える。


 単に一度だけカウンターブーストの代わりに使うというのは上級者なら誰でもやるテクニックだが、まるでステップを踏むように連続でそれを利用するというのは、マスカレイドでも上位に残るようなランカーしか使わない。

 いや、使えないのだ。


 自分の意思で起動する慣性無効装置とは違い、シールドとの接触による急停止は、思ったようなタイミングで発生させるのは難しい。

 思っていたのより早く、あるいは遅く、慣性が消えた場合でも、自分の認識を修正して次の行動に移れる状況判断の早さが必要とされる。


「やる。やれなきゃ世界一位とは踊れない」


「ステップを使うにはメインブースター四基を扱えるのが最低条件だぞい。ここのところ四基で戦ってはいるでござるが、まだぎこちない」


「感覚的には掴めてきてるんだ。四基でやる。戦いながら慣れるしかない」


「傍から見てるとよちよち歩きの七面鳥でござるよ。カモより悪い。碧から見て四基の青っちはどうなんでござる?」


「飛んでるときは酷いね。でもステップが上手く行くときはとことんハマる。どうしたって捉えられない。ひとみの指示は的確なんだけど、あたしのほうがついていけないんだ。だけど十二回当てるまで上手く行き続けたことはまだ一度もない。劣化世界一位エリザベス・ベイカーのあたしでさえ、その条件下でひとみがいれば青羽を倒せる。……難しいだろうね」


「そうでござるよなあ。青っち、今回はアレは封印するべきでござる。それでも青っちならステップは踏めるし、エリザベス・ベイカーにだって勝てるでござるよ。拙者たちの誰もそれを疑ってないでござる」


「駄目だ。ただ俺は勝つんじゃない。あいつの心を燃え上がらせる。そのためには、以前の俺の戦い方じゃ駄目だ。刃のように鋭く、灼けた鉄のように熱く、絹のドレスを扱うように繊細に踊らなきゃいけない」


「まったく、それだけ想われてるエリザベス・ベイカーが羨ましくなるね。分かった。整備士メカニックの仕事はダンサーの性能を引き出すことだ。今の青っちの性能を最大限に引き出してやるよ」


 卯月は急に真面目にそう言ってパーツを選択し始める。


「いいか。現状でD.R.E.S.S.の反応感度はすでに初期設定値の三割増しにしている。こいつを五割増しに上げる。より繊細なコントロールが必要になるが、青っちが今の自分を使いこなせるならいける」


「いいね。じゃじゃ馬の扱いには慣れてきたんだ」


「素体は軽装系。熱量は上がりやすいが、冷えやすい。敵の攻撃は食らわないことが大前提だ。放熱板は風洞実験をした流線型のものを使う。空気抵抗は低いが排熱効率はそんなに良くないぞ。メインブースターは四基。姿勢制御スラスターは高出力なものを使う。ちょっと力を入れすぎると独楽のように回ることになる。だがステップを最大限活かすためにはどうしても必要だ。アクセルブースターは低出力で効率のいいものを。ステップを使った超至近距離戦闘では音速を超える必要はないからな」


「スペックだけは音速突破できるアクセルブースターでいいんじゃないのか? 出力を調整しながら使えばいい。そりゃ効率は悪くなるんだろうが、いざというときに超音速まで加速できるかは大きい」


「今の青っちでは無理だ。四基のメインブースターに意識を割かれながら、アクセルブースターの出力調整まではできない。言っただろ。お前の性能を最大限に引き出す、と。今の青っちにアクセルブースターの出力調整までさせると確実にオーバーワークだ。せめて四基のメインブースターを手足のように扱えるようになってからだ。青っちならいずれできる。でも今は逆に性能が落ちる。いいか、お前が全開で戦うためのセットアップを考えているんだ。単に機体のスペックを上げればいいというものじゃない」


「初心者向けのセットアップってわけか」


「何を言ってる。青っちの性能が高いからこういう提案ができるんだ。もし青っちの可能性が世界一位に届かないのなら、一点突破だ。とにかく機体のスペックを上げて、たまたま上手くハマる可能性に賭けるしかない。だけど、そんなのは青っちのダンスじゃない。だろ?」


「お前には敵わないな。卯月」


 そう言うと卯月はその横顔を少し赤らめる。

 ちょっと真面目になりすぎたからな。

 キャラ作りを忘れてたことに気付いたんだろう。


「ニシシ、続いては武装でござるよ。エネルギーブレードは出力を限界の七十%まで落とすでござる。冷却せずに三回攻撃が可能になるでござるよ。攻撃ごとに一秒の冷却時間を挟めば六回までいけるぞい」


「いっそ定格出力で使うというのは? 冷却を意識せずに振り続けられるんだろ?」


「青っちの戦い方では機体のエネルギーが足りなくなるでござろうなあ。バトルドレスの熱量も振り切れてしまう。適時休憩を挟んで機体を冷却させ、エネルギーを回復させなければならんのでござるよ。攻撃と回避のリズムが重要になってくるでござる」


「回避しながらエネルギーを回復させ、熱量を下げろってか。言ってくれるぜ」


「できないのか?」


 挑戦的に卯月は言ってくる。


「分かった。回避に専念する時間がどうしてもできるなら、エネルギーブレードの冷却時間が必要になることは問題じゃない」


「まあ、本来はエネルギーブレードの冷却も放熱板への熱誘導でやるものでござるからな。機体熱量を下げる時間はどうしても必要になるでござる。もっとも秋津瑞穂戦では誘導せずに加熱したブレードを捨てるとか言う暴挙を見せてもらったが」


「あのときは熱量がギリギリだったからな。ああする以外に無かった」


「今回はそうならないようにするでござる。決めたと思って決まってなかったら終わりでござるよ。んで、右手にはエネルギーブレードを持つとして、左手はどうするんでござるか?」


「ショートバレルのショットガンを持とうかと思ってる」


「扱いが難しいでござるよ。サブマシンガンじゃ駄目でござるか?」


「サブマシンガンだと多少当てても熱量はそんなに上がらない。それじゃ世界一位にプレッシャーを与えられない。食らったらヤバいと思わせる獲物が必要だ」


「とことんまで世界一位を踊らせる気でござるなあ。とりあえずそういうことで、っと」


 ロボットアームによる改修作業が終わり、バトルドレスを試験場に移動させる。


 各パーツの個性も含め全てのデータは卯月の頭に入っているんだろうが、全部を組み合わせた時には調整がどうしても必要だ。


 出力のバランス取りという面倒くさい作業も終わり、世界一位と踊るためのバトルドレスが完成した。


 格納庫に戻し、青を基調としたカラーリングと、青い羽のエンブレムを入れる。


 デザインはひとみの手によるものだ。

 バトルドレスのデザインがしたいと言った彼女の才能は、その性能うんぬんという部分より、見た目を整えることに特化している。


 卯月が性能を考え、ひとみがデザインした新しいバトルドレスは美しい曲線を持った美術品のようですらあった。


「試験データはアップロードしてあるから、もういつでもシミュレーターで使えるでござるよ」


「よし、やるか、碧。今日中に十二回当ててやるからな」


「本気で邪魔するからね」


「そうでなくっちゃ意味がない。碧とひとみのコンビに勝てないようじゃ、どうせ世界一位エリザベス・ベイカーには届かない」


 俺たちの挑戦が始まろうとしている。

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