他校交流戦 3
2115年7月16日(火)東京湾海上
高速艇
ちなみに世界一位、エリザベス・ベイカーに喧嘩を売る俺を秋津島学園の生徒は、ああ、またやってるって感じで見てた。
瑞穂やチームメイトにしても同様だ。
以前と違うのは、それが炎上に繋がらなかったことである。
レセプションがアンダーティーンだけで行われたこともあるが、動画を撮っていた誰かがいたとしても、それを拡散するようなことはしなかった。
いや、ジェファーソン記念校側の学内SNSはどうなってるのか知らんけど。
「青羽だなあ」
「青羽くんらしいです」
「そのうち格上に喧嘩を売る新語になるぞ。青羽るとか言って」
姉妹校交流の日程は一週間だ。
とは言っても移動日が二日あるため、実質五日間。
その最終日に交流戦があって、対戦の組合せ表が発表されるのがその二日前。
一日前はセットアップに使う。
まあ、分かりやすく書くと、
一日目 7月15日(月) 移動日 レセプションパーティー
二日目 7月16日(火) 東京観光
三日目 7月17日(水) 自由行動
四日目 7月18日(木) 午前 島内自由行動 午後 組み合わせ発表
五日目 7月19日(金) セットアップ日
六日目 7月20日(土) 交流戦 フェアウェルパーティー
七日目 7月21日(日) 移動日
という日程だ。
交流という名目があるため、本日の東京観光には俺たち秋津島学園のアンダーティーンも同行する。
とは言っても日本全国から生徒が集まってくる秋津島学園の生徒が東京に詳しいなんてことはないし、観光案内ならPAにさせたほうがよっぽど詳しい。
むしろ一緒に観光を楽しんでるくらいだ。
反応炉の普及によって加速した温暖化の影響で海面の上昇速度は増し、わずか十年で東京府の中心部分は多くが水没した。
かつての観光名所はもう残っていない。
一部の建物や電波塔が海面から顔を覗かせているその光景は、人類の愚かさを俺たちの胸に刻みつける。
俺自身も海面上昇によって引っ越しを経験した。
俺には故郷が残されていない。
幼い頃の思い出の場所はみんな海の底に沈んでしまった。
海面が上昇を続けることで陸地が減ることへ人類が出した答えのひとつが秋津島学園のような浮遊人工島である。
海に浮かぶ人工島は海面の上昇に影響されない。
エネルギー問題も反応炉によって解決されている。
ほとんどの浮遊人工島には食料を生産する工場もあり、島ひとつで自給自足できる態勢が整えられている。
秋津島学園の場合は学園施設が占める割合が多すぎて、すべてを自給自足とは行かないのだが。
よって東京観光と言ってもその実は、東京湾に浮かぶ浮遊人工島巡りと言っても過言ではない。
海面に沈む前に浮遊人工島に移された文化財も少なくない。
寺社仏閣は大体水没前に移設されたし、アメ横と呼ばれる商店街も新設されている。
一方で新しいレジャー施設なども少なくない。
水没し、首都ではなくなったとはいえ、東京が日本の経済の中心地であることに変わりはないのだ。
陸地の広いアメリカでは浮遊人工島は珍しかったようで、ジェファーソン記念校の生徒たちは歓声を上げて観光をしている。
はしゃいでいないのはエリザベス・ベイカーくらいのものだ。
そして彼女がそんな様子なのはいつものことのようで、ジェファーソン記念校の生徒たちは気にも留めていない。
外を見ることもなくPAに視線を落としている彼女に思わず声をかけた。
「面白くないか?」
「町を見て回ることに意味があるとは思えない」
エリザベス・ベイカーはPAから視線も上げずに答える。
「お前、友だちいないだろ」
「必要ないから」
「チームメイトは?」
「私に気を使ってちゃんと楽しんでる」
「なるほど?」
アメリカだからビジネスライクな付き合いなのかね?
秋津島学園にもそう言う関係のチームが無いわけではない。
仕事はきちんとするけど、プライベートは別ね。
というような。
俺には考えられないな。
卯月だから、彼女の作り上げるバトルドレスに全てを預けられる。
ひとみだから、彼女の指示に従って弾丸の雨に飛び込める。
碧だから、その経験に賭けられる。
それは彼女たちを俺がよく知っているからだ。
平日だけでなく、休日まで一緒に過ごしているからだ。
誰よりも深い関係を俺たちは築いている。
それが俺の強さだ。
もちろんビジネスライクな関係を否定はしない。
それが最大効率を生むことだってあるだろう。
事実、エリザベス・ベイカーはマスカレイドを制覇している。
彼女は彼女なりに自分のチームメイトを信じているはずだ。
でなければ戦えるはずが無い。
「まあ、いいか。せっかく東京に来てるんだ、楽しめよ」
「なにを?」
「観光でも、食でも、バトルダンスでもなんでもいい。お前、好きなこととかないの?」
「……ある。でも教えない」
「そうか」
こいつにも好きなものがあると分かって、何故か少し嬉しかった。
俺は思わずその金色の髪に手を伸ばして癖のある髪をくしゃくしゃと撫でる。
すぐに手で払いのけられた。
「私、子どもじゃない」
ジト目で睨まれる。
が、瑞穂のような迫力はない。
卯月ほどではないが、彼女は小柄だ。
頭を撫でてしまったのも、ちょうど目の前のいい位置に頭部があったからだ。
「知ってる。今度三年生だもんな」
「あなたは一年生だと聞いた。学内五位だとも」
「そうだ。でもそっちとはちょっと事情が違うぞ。日本は四月入学だからな」
アメリカは九月入学だから一年生でも七月時点で一年生としてのカリキュラムを終えている。
四月入学の俺をジェファーソン記念校の一年生と同じ扱いで見てもらっては困る。
俺は入学後わずか三ヶ月ほどで学内五位を維持しているのだ。
逆に言えば九月入学のアメリカの高校生一年生が十二月のマスカレイドに出場するのは、そのタイムテーブル上不可能だろう。
実際、エリザベス・ベイカーがマスカレイドに登場したのは去年が初めてだ。
初出場で優勝。
俺が同じことをやってももうインパクトはそんなに無いわけだ。
先人が可能性を示してくれるというのは有り難いが、悔しいね。
「去年の交流戦に一年生の秋津瑞穂がいたから普通だと思ってた」
「いや、瑞穂は普通じゃねーから」
「遠回りに自分を褒めてる?」
「俺も普通じゃねーからな」
「変な人」
「ちょっとは俺に興味が出てきたか?」
「そんなことない」
ぷいっと顔を逸らされる。
ありゃ、対応を間違えたかな。
「なあ、バトルダンスが楽しくないなら、なんでドレスに乗るんだ?」
「……国のため。みんなのため。私には才能があった。だから――」
「嫌々続けるのか?」
「その手には乗らない。私がバトルダンスを辞めれば秋津瑞穂が優勝できる。だから、あなたは――」
「ちげーよ。俺が言いたいのは楽しむ努力をしたのか? ってことだ。最初から嫌々やってるだけで、バトルダンスの楽しみに目を向けてこなかったんじゃないか?」
「バトルダンスが楽しいわけがない。分かってないの? マスカレイドは国家間の代理戦争。もし戦争になればこんなダンサーが敵に回るぞって宣伝するための舞台。負ければ外交で不利になる。私は絶対に負けられない」
「だからお国のためってか。ちゃんちゃらおかしいね。お前みたいな女の子一人の肩にアメリカとその国民が乗っかってるわけないだろ。お前の肩はどんだけ広いんだよ。お前の思うアメリカはそんなに小さいのか?」
「分かってないのはあなたの方。マスカレイドにはそれだけの影響力がある。スポーツなんかじゃない。本物の戦争」
「いいや、違うね。バトルダンスはスポーツだ。世界最速の遊びだ」
「好きに思っていればいい。私の答えは変わらない」
エリザベス・ベイカーはそう言ったきりPAに視線を落として、こちらには一瞥もくれなくなった。
俺はため息を吐いてその場を離れる。
だが彼女の戦いから感じる空虚さの理由は少し分かった気がした。
おそらく彼女は自分の意思で戦っているのではないのだ。
それは戦う理由もそうだし、戦い方もそうだ。
なにひとつとして彼女自身の意思から生まれたものがない。
誰かが彼女の才能を測り、誰かがそれを最大限効率化した戦い方を指示し、誰かが国のためにそうしなければならないと思い込ませた。
彼女が戦っているのではない。
彼女の背後にいる誰かが戦っているのだ。
そりゃ、そんなのつまんねぇよな。
だけどそれとバトルダンスの面白さは別だ。
エリザベス・ベイカーに俺は勝つ。
当然勝つが、ただ勝つだけでは駄目だ。
彼女にバトルダンスの面白さを教えてやる。
お前の心に火を灯してやるぞ。エリザベス・ベイカー!
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