他校交流戦 2
2115年7月15日(月)「秋津島学園」
空港エリア ラウンジ内
いま俺たちは空港エリアのラウンジのひとつでジェファーソン記念校のアンダーティーンの到着を待っている。
ジェファーソン記念校との交流に参加できるのはアンダーティーンとそのチームメンバーだけだ。
そもそも秋津島学園におけるアンダーティーンという制度と呼び名は、ジェファーソン記念校から伝わったものである。
交流の成果のひとつというわけだ。
この姉妹校交流は交流戦という団体戦が待ち構えていることからも分かる通り、将来のバトルダンス界を担う両校の優秀な生徒同士で交友を深めましょうだなんて甘っちょろいものではない。
今のうちから将来のライバルを叩き潰して、序列をはっきりさせておこうというものだ。
少なくとも交流戦に出場する生徒はそれくらいのことを思っている。
そうでもなければ秋津島学園でアンダーティーンを維持なんてできやしないのだ。
ジェファーソン記念校という仮想敵を前にしても、俺たちは大体チームメンバーで集まっている。
自分たち以外はみんなライバルなのだ。
だがライバルだからと言って友だちになれないわけではない。
「やあ、青羽。調子はどうだい?」
「見ての通りだよ。アンダーティーンには引っかかってる」
「もっと落ちるかと思ってた。流石は青羽だ。でも最近は挑戦してくれなくて寂しいよ」
「心配するな。すぐに追い抜く」
「追い付くじゃないところが青羽らしいなあ」
瑞穂は苦笑して俺のチームメイトを見回した。
「そう言えば青羽のチームメイトと会うのは初めてだね。紹介してくれよ」
「いいぜ。そっちの背の高いのが曽我碧。一般入試組だがダンサー志望だ。将来、アンダーティーンに入るくらいの素質はある」
「へぇ、曽我さん。よろしくね」
「よ、よろしくおねがいします。秋津先輩!」
碧はいつになく緊張した面持ちで瑞穂に頭を下げた。
「こっちが鵜飼ひとみ。
「
「こちらこそ、
瑞穂は笑顔を浮かべ、ひとみはそんな瑞穂をじっと前髪の奥から見つめている。
妙な緊張感があった。
まるで至近距離から銃を向けあっているような。
なにか間違えばどちらも大怪我で済まないような気配。
「んで、俺の後ろに隠れているのが太刀川卯月。
「どうも、青羽の妻です」
「おまえが爆弾ぶっこむのかよ!」
「ふふふ、面白い子だねえ」
瑞穂が素早く手を伸ばして卯月の頬をつねりあげた。
「いだだ、あ、これ、マジなヤツだ。うべべべべ」
「おまえ、ホント、一度ちゃんと痛い目見たほうがいいぞ」
「それにしても見事に女の子ばかり集めたものだね」
瑞穂が卯月の頬をつねったまま言う。
流石に可哀想だからそろそろやめてあげてください。
「あの状況で選り好みしてられなかったからな。卯月は声をかけてきてくれたけど、後の二人は俺から勧誘した。それでもよく加入してくれたもんだよ」
「なるほど。私と争う気概を持った子たちなわけだ」
ようやく瑞穂は卯月の頬から手を離した。
卯月の頬は赤く腫れている。
あーあ、これからレセプションだって言うのに。
まあ、どうせ卯月は俺の後ろに隠れてるだけだろうから、いいか。
「私のチームメイトも紹介しておこう」
そう言って瑞穂は自分のチームメイトを俺たちに紹介する。|
みんな女の子で、なんか俺だけ場違いじゃない?
まあ、女性ダンサーはあまり男性をチームに加えないものだ。
あるいは逆で、男性ばかりを集める女性ダンサーもいるみたいではあるが。
瑞穂と重装甲型との戦いについて話している間にジェファーソン記念校の生徒たちが到着したようだ。
俺たちは雑談を止め、入り口に注目する。
足取りもバラバラに人種の豊かな男女がラウンジに入ってきた。
秋津島学園の生徒が拍手で出迎える。
秋津島学園の校長の挨拶があって、ジェファーソン記念校の引率の教師による挨拶があった。
現代ではPAさえ起動して耳にイヤホンを突っ込んでおけば言語の壁はほとんどない。
リアルタイム翻訳アプリは相手の声質さえ真似して言葉を翻訳してくれる。
お互いに母国語でコミュニケーションが取れるのだ。
挨拶の内容は両者とも当たり障りの無いものだった。
両校の優秀な生徒同士で交友を深め、お互いに高め合いましょう、という感じだ。
その後は自由時間になり、ラウンジ内の軽食に手を付けてもいいと許可が出る。
腹減ってたんだよね。
ずっとお預けで辛かった。
チームメンバーも同様だったようで、ここぞとばかりに皿に料理を盛り付ける。
軽食を口に運びながら生徒の様子を見てみるが、積極的に他校の生徒に話しかけに行く者、チームメンバーで集まったまま動かない者など、バラバラだ。
そんな中、秋津島学園の積極的な生徒によって話しかけられているものの、素気なくあしらっている金髪碧眼の女生徒の姿が目に入る。
俺は料理を盛った皿を置いて、彼女に向かって歩いていった。
ちょうど人の波が途絶え、彼女は深い青色の瞳を伏せ、小さくため息を接いたところだった。
そんな彼女に俺は言葉を投げつけた。
「よう、世界一位。お前の戦い方つまんねーよな」
彼女、ホワイトナイト、ヤツ、エリザベス・ベイカーは自分のPAに目を落とした。
翻訳アプリがきちんと動いていることを確認したのだろう。
ログを確認し、俺がなんと言ったのかを音声ではなく、表記で確認する。
間違いなくお前の翻訳アプリは正常だぜ。
彼女もそう気がついたのだろう。目を瞬いて、俺を見た。
「あなた、誰?」
「俺は三津崎青羽だ。お前を倒して、マスカレイドで優勝する男だ」
「そう、でも私は負けない」
「負けないんじゃなくて、負けたくないんだろ。ホワイトナイト」
俺はずっと胸の内で燻っていた思いを吐き出す。
「ガチガチの重装甲、敵を遠ざけるための面射撃、安全安心で確実な立ち回り。瑞穂を倒す試合映像を嫌というほど見たぜ。この俺が嫌になって見るのを止めた。お前、バトルダンスを楽しんでないだろ?」
「これは戦争。楽しむものじゃない」
「いいや、遊びだね。楽しまなきゃ意味がない」
バトルドレスは兵器だ。
秋津島学園を国が支援するのは、将来の自衛隊の人員や装備を早期に育てることが目的のひとつだ。
視点を広く持てば、俺たちはすでに戦争の道具だと言えるかも知れない。
だがバトルダンスはスポーツだ。
ショービジネスだ。
観客を楽しませることが目的だし、ダンサーも楽しまなければならない。
少なくとも楽しそうだと他人に思わせる義務がある。
そうでなければバトルダンスという競技そのものが衰退していくだろう。
俺はもっと遊びたいし、多くの才能がバトルダンスに集まることで、より強い相手が現れることを望んでいる。
だからお前みたいにつまらなそうな顔をしてるヤツが世界一位なのが絶対に許せない。
「あなたが何を言っているのか理解できない」
「すぐ分からせてやるよ。舞台の上で、な」
エリザベス・ベイカーは首を傾げる。
「あなたと戦う予定はない。私が戦うのは交流戦の一回だけ。そういう約束で来た。私と戦うのは秋津瑞穂、でしょう?」
「瑞穂なら俺が倒した」
その後、速攻倒し返されましたけどね。
でも俺の言葉をどう受け取るかは彼女次第だ。
「そう、でも誰が来ても同じ。私は負けない」
彼女の心は揺れない。
本心からそう思っているようだ。
どんな敵でも自分の戦い方をすれば負けない。
彼女はそう言っている。
でもそれって独りで踊ってるのと何が違うんだ?
バトルダンスは二人で踊る舞踏だ。
対戦相手は倒すべき敵だが、一緒に踊るパートナーでもある。
バトルダンスを踊っていると、対戦相手の心の動きが読めるようになる瞬間がある。
その動きが、タイミングが、言葉にならない心を伝えてくるのだ。
試合の映像を見ても、少しは感じる。
おそらくダンサーでなくとも感じる。
それが人々をバトルダンスに熱狂させる理由のひとつだ。
だけどエリザベス・ベイカーのダンスからは何も感じられない。
氷のような冷静さで感情を抑えているのとは違う。
それなら冷たさが伝わってくる。
彼女にはなにもない。
空っぽだ。
中身を入れ忘れたピニャータだ。
「覚悟しておけ。俺が叩き割ってやるからな!」
彼女の中に本当になにも入っていないのか。叩き割れば分かることだ。
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