学内決闘戦 7

                   2115年5月1日(水)「秋津島学園」

                             バトルドレス格納庫



 新入生が自分のバトルドレスをカスタマイズできるのは五月一日からである。


 秋津島学園の年間予定表にちゃんと書いてある。

 読み間違えはない。


 五月一日から、と書いてある。


 さつきちゃんに確認もした。


 五月一日からバトルドレスをカスタマイズするための権限が新入生に与えられる。


 システムは与えられた命令を忠実に実行した。

 五月一日に新入生へ権限を与えたのである。


 五月一日のゼロ時ジャストに。


「ビンゴでござる!」


 太刀川卯月の指が端末の画面の上で踊る。

 あらかじめ決めておいたパーツを発注しているのだ。


 太刀川卯月は自分で開発したパーツを使いたがっていたが、開発者エンジニアメニューが解放されるのも五月一日からだし、今から設計したパーツを製造していたのではとても間に合わない。

 今回は既存のパーツを組み合わせて近接型バトルドレスを作り上げるしか無い。


 とは言え、無制限にパーツを発注できるわけではない。

 パーツの発注には生徒に成績などに応じて与えられているポイントが必要だ。

 もちろん新入生である俺にバトルドレスを改装するだけのポイントは無く、今回はチームメイトのポイントをすべて貸してもらうことにした。


 新入早々借金生活である。

 つらい。


 それでも装備を整えるのはパーツを絞り込んでもカツカツだ。

 調整はできても、一度購入したパーツを別のものと交換というのは難しい。

 そのため俺たちはギリギリまでパーツの選定を煮詰めていた。


 しばらくしてドロイドたちが梱包されたパーツを運んでくる。

 全長二メートル強のバトルドレスのパーツは、それぞれはそんなに大きくない。

 だが今回は汎用バトルドレスを近接型バトルドレスに改装するということでパーツの数が多かった。


 パーツの交換作業自体はロボットアームが自動でやってくれるが、ロボットアームは梱包を解いてくれるほど器用ではない。

 強化ダンボールを開封し、梱包材に包まれたパーツを取り出すのはどうしても手作業だ。

 そしてドレスのパーツというのは複合金属で作られているため、小さくとも重い。


 太刀川卯月はアクセルブースターを持ち上げることができなかったし、蓄熱装甲ともなれば曽我碧でも無理だった。


 なので開封作業を女性陣に任せて、俺はパーツを作業エリアに運び続けた。


 作業の終盤になって、ドレスを着て運べば楽だったんじゃね? と、気付いたが後の祭りだった。


「単純労働は人間を愚かにする」


 深くため息をついた俺の背中を太刀川卯月がポンポンと叩いた。


「愚かな人間が労働を単純にするのだ。知恵を凝らし給え、若人よ」


「気付いてたなら言ってくれりゃいいのに」


「自分の手で運びたいのかと思ったんでござるよ。それにバトルドレスは繊細な作業に向いているとは言えないでござるからな。ドレスの力でブースターのカバーを掴めば歪むやも知れんよ。やはり人の手が一番でござる」


「そうだな。太刀川、そっち持て」


「ちょ、三津崎殿、放熱板は、放熱板は無理でござるー!」


 反応炉の熱を誘導して冷却する放熱板は巨大な金属の板だ。

 表面積を増やすために金属板を僅かな隙間を空けて並べて使う。

 隙間の空いたミルフィーユのような構造だ。

 分かりにくいならヒートシンクで画像検索してみるといい。|||||||


 放熱板は反応炉と直結しており、その熱を空冷する。

 放熱板は反応炉の空気孔上に設置する。


 酸素を必要とする反応炉は、空気孔にファンが付いており吸気と排気を行うため、空気が常に動いている。

 放熱にはぴったりの環境だ。


 戦闘機型バトルドレスはこれに加えて翼の役割を兼ねる巨大な放熱板を装備する。

 被弾面積が増す代わりに、抜群の排熱効率を持てるわけだ。


 近接型バトルドレスだと巨大な翼は邪魔になるし、自由に四方八方にアクセルブーストするには空気抵抗が大きくなってしまう。


 重装甲型バトルドレスの放熱板はダンサーの傾向によってまちまちだ。


 放熱板ひとつを取ってみても、戦闘スタイルによって色々とあるのである。


「こんなもんかな。ひとみ、ダンボールをまとめておいてくれよ。運ぶのはあたしがやるからさ」


 梱包材が入ったゴミ袋をふたつ両手で肩に掛けた曽我碧が言った。


「その……、一緒に運びましょう」


「そうだな。そうするか。ポイント山分けだ」


 ゴミはその辺に放り捨てておけばドロイドが掃除していってくれるが、自分でゴミ箱に運ぶとポイントが貰える。

 道端に捨ててあるゴミを見つけたら競うようにゴミ箱まで運ぶのが、秋津島学園の生徒というものだ。

 おかげで秋津島学園はゴミひとつ落ちていない環境を維持している。


 ポイントの使い途はドレスの装備品だけではないので、稼げる時に稼いでおくのが基本だ。

 面倒くさいからと言ってゴミ捨てをドロイドに任せたりはしないのである。

 特に俺たちはこのドレスに全ポイントを注ぎ込んだのだから、得られるポイントを捨てたりはできない。


「こっちは組立作業を始めようか」


「すまないね。男手があればダンサーである君には寝ていてもらうんだが」


「仲間が作業しているのに寝ていられないさ。それにチーム外の人員を使うのはご法度だからな。抜け道はあるかも知れないが」


「ダンサーと通信士オペレーターにはベストコンディションでバトルに望んでもらえるように調整するのもチームの役割だ、と、ひとみにも言ったんだけどね」


「鵜飼さんも責任感強いからなあ」


 作業エリアから離れ、太刀川卯月が端末を操作すると、二本のロボットアームがドレスから汎用装備を外して、俺たちの用意したパーツへと換装していく。


 メインブースターは一つから二つへ、アクセルブースターはより出力の高いものへ。


 熱量の増大が見込まれるので、放熱板はバランスを取れるギリギリまで大型化した。


 本当は素体パーツの交換もしたかったが、ポイントが足りず断念。


 俺の戦闘スタイルの問題で排熱限界を越えるシーンが多く出ると見込まれたので、蓄熱装甲は多めに用意した。


 シミュレーター通りの出力なら静止状態からアクセルブーストで超音速まで加速できる。


 費用対効果を考えるとバランスがいいとは言えないが、俺の戦闘スタイルにはどうしても必要だ。


 音の壁による必要出力の増大や、空気が圧縮されることによって発生する熱量について太刀川卯月が説明してくれたが、さっぱり理解できなかった。


 理論は分かってないが、スペックは体で覚えている。


 シミュレーターで嫌ってほど訓練したからな。

 まあ、嫌になることなんかないんだけど。


 要は瞬間的に超加速できるってことだ。

 すぐ傍を掠めて飛んでいった戦闘機型バトルドレスに後ろから追いつける。

 曽我碧との戦闘訓練でそれができることは実証できている。


 曽我碧の運動神経の良さは折り紙付きだ。

 シミュレーターで戦闘機型バトルドレスに乗せてみたら、そこそこの動きをしてみせた。

 仮想秋津瑞穂とまでは行かないが、戦闘機タイプとの戦闘経験が積めたのは大きい。


「やっぱり曽我さんをチームに入れたのは正解だったな」


「そのお陰で開発者エンジニアなのに整備士メカニックの真似事をやらされている可哀想な子がいるんですよ!」


「学内一位を取ったら俺のポイントで開発していいって言ったら?」


「好きっ!」


「安ッ!」


「安くないだろ。学内一位が受け取るポイントだぞ!」


「確かに安くないな……」


 ダンサーには学内順位に応じて日々ポイントが支給される。

 一位ともなればそのポイントは膨大だ。

 アンダーティーンになれば地下の居住区ではなく、日の当たる地上に住めると言われるほどだ。


 俺はチームメイトにポイントを借りているが、本来ダンサーはチームメイトにポイントを与えてサポートをしてもらうものなのだ。


「いま好きって聞こえましたけど……」


 ゴミ捨てから戻ってきたらしい鵜飼ひとみが怪訝そうな顔で立っていた。

 隣には眉をひそめた曽我碧もいる。


「聞いてくれ、ひとみ! 三津崎が一位を取ったらポイントで自由に開発していいらしいぞ」


「ちょっと待てよ。あたしのバトルドレスが先だろ。あれだけ訓練に付き合ったんだ。それくらいのご褒美があってもいいだろ」


「この特典を受け取るには三津崎に好きって言わなきゃ駄目なんだゾ」


「おまえクズか。クズだな。好きっ!」


「言うのかよ! 心が籠もってないって分かっててもちょっと嬉しくて悔しい」


「あの、私も言わなきゃ、駄目、ですか?」


「鵜飼さんまで乗らないでいいから! だいたい学内一位になってポイントが入ってきたら、まず俺のドレスを強化しないといけないだろ。俺が一位をキープできれば、結果的に収入が上がるんだし」


「おい、卯月、言い損じゃないか!」


「ポイントの不当な独占に我々は最後まで抵抗するぞー!」


「えっと、あの……」


 わいわいやってる間にドレスの換装は完了していた。

 深夜のテンションって怖い。

 いい加減まぶたが重くなってきたが、どんな不具合が出るとも限らない。

 起動試験をやらないわけにはいかない。


 ドレスの固定台はレールに乗っていて、行き先を指示すれば自動的に運搬される。

 離れたところから移動を要請することも可能だ。

 今は試験場へとドレスを移動させる。


 バトルドレス試験場は居住区の自室くらいの大きさの部屋で、全面にシールドを張ることができる。

 室内全体に慣性無効フィールドを発生させ、機体を固定しつつ、出力などの試験を行うことができる場所だ。

 ドレスのセットアップを行う度に必要になる施設なので、数が必要で、その分狭い。


 俺はその部屋の中央に運び込まれたバトルドレスを装着した。

 反応炉を起動すると、同時に部屋のシールドと慣性無効フィールドが発生した。


 窓の向こうで三人が固唾を飲んで見守っているのが見える。


「それじゃ、試験をやっていくぞい」


「何キャラだよ」


「ニシシ、どうでもいいじゃあないか。それじゃメインブースターから行ってみよう」


 メインブースター点火!


 慣性無効フィールドに包まれているせいで、ブースターが作動していることで感じられるのはその轟音だけだ。


 メインブースターは使いっぱなしでも問題ない程度に、熱量効率のいい出力を設定するものだ。

 反重力装置を使って空中に浮かぶバトルドレスの基本的な移動のためのブースターである。

 今回二基のメインブースターを積んだのは、空中での動きの自由度が格段に上がるからだ。

 もちろん四基に増やせばさらに自由度は上がるが、それを俺が扱えるかどうかは別の問題である。

 今回はポイントの制限もあって二基で落ち着いた。


「予定通りメインブースターの基本出力は限界の七十%まで落とすよ」


「了解」


 本来はこういった装備の設定に関する作業は整備士メカニックの領分だ。

 彼らは担当するダンサーのことを本人以上に知り尽くし、そのダンサーに合わせたセットアップを行う。

 だがこのチームには専門の整備士メカニックはいない。


 急場しのぎだが、パーツについてもっとも見聞の深い太刀川卯月が事実上の整備士メカニック役を演じている。

 こうしてシミュレーターであらかじめ決めていたセットアップに近づけていくのだ。


「おおう、思ってたより出力が出てるな。個体差だろうなあ。右だけ六八%まで落とすぞい」


「気に入ったのか、それ。まあ、二人分働いてもらってるんだ。任せるよ」


「給料を2人分貰わないといけないな。パパ」


「お腹を擦りながら言うな!」


 その後もアクセルブースターや武装の出力調整を行う。

 シミュレーターはデータだが、いま動かしているのは実物のパーツだから、どうしてもシミュレーター通りとはいかない。


 現代の工場は、同じものを大量生産するのには向いていない。

 誰もが自分オリジナルを欲しがるこの時代だ。

 それに合わせて工場もオーダーメイド的に物を作るようになった。

 そのせいで一個一個のパーツの誤差は前時代と比べて大きくなっている。


 いつの間にか鵜飼ひとみと曽我碧はお互いの肩にもたれるようにして眠っていた。

 少し安心する。

 鵜飼ひとみのコンディションは今日の戦いを左右しかねない。


 時間を確認するととっくに授業が始まっていた。

 さつきちゃんはおかんむりだろう。


「零時から作業を始めて正解だったな。間に合わなくなるところだった」


「卯月ちゃんの慧眼に恐れ入れ!」


「はいはい。恐れ入った恐れ入った」


 いい加減疲れてきて、太刀川卯月にツッコミを入れるのも辛くなってきた。


「眠いのは分かるが、もう少し我慢だぞ。エネルギーブレードの出力調整をやってしまおうぜ」


「リミットの八十%だっけか」


「百%で使いたい気持ちも分かるが、冷却が必要になるからな。一撃で落とせると決まってない以上、効率よく使うしかあるまいよ」


「太刀川さんの言う通りだ。だけどやっぱり俺はこうも思うんだよ。あの秋津瑞穂相手に二発連続で入れられるなんてことがあると思うか?」


「おっと、らしくもなく弱気でござるな。拙者の知ってる三津崎殿なら、秋津瑞穂くらい楽勝だぜって言うところでござるよ」


「試合映像を見まくったからな」


 秋津瑞穂の強さは神がかった回避、精密な射撃、亜音速で狭いフィールド内を飛び続ける集中力もあるが、状況に対する対応力もそのひとつだ。


 不意打ちで一発は当てる。

 当ててみせる。だが――。


整備士メカニックの仕事はダンサーの性能を最大限に引き出すことだと私は考える」


 太刀川卯月の声が急に真面目なトーンになった。


「装備の、じゃなくて?」


「まあ、私の考えだけどね。装備の最大効率を求めるだけなら別に専門の整備士メカニックなんて必要ないだろ? それならカタログに載っている。装備のスペックはダンサーと組み合わさった時に本領を発揮する。だけど私は本職の整備士メカニックではないし、三津崎のことをまだそれほど詳しく知っていない。三津崎が八十%じゃ駄目だと感じるんなら、きっと駄目なんだ。上手くやれない自分がもどかしいよ」


「太刀川さんが思う俺の性能を最大に使える出力設定は?」


「八十%だ」


 さらっと迷いなく返事が返ってくる。

 確かに太刀川卯月は本職の整備士メカニックではない。

 俺のことをまだよく知らない。

 ドレスに上手く乗れもしない。

 バトルドレスで戦った経験もない。

 素人だ。

 高校一年生のただのド素人の言うことだ。


「三津崎青羽なら秋津瑞穂に二之太刀を当てられると信じている」


 乗ったぜ。太刀川卯月。お前のその太刀に。

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