学内決闘戦 6

                  2115年4月22日(月)「秋津島学園」

                             実機訓練フィールド


 ついに実機のドレスを使った訓練が始まる。


 早い? そんなことはない。


 もとよりドレスの専門家を早期に育てることを目的として設立されたのが秋津島学園だ。

 一秒でも早く、一秒でも長く、生徒をドレスに乗せることが求められている。


 神経接続スーツに身を包んだ俺たち一年一組の生徒は、フィールド内にずらりと横一列に並んだドレスを装着した。


 標準的な汎用バトルドレスだ。


 武装こそしていないものの、ブースターは付いている。


 システムチェックすると反重力装置も搭載しているようだ。


 つまりこのドレスは飛べる。


「気付いた者もいるかも知れないが、こいつは訓練用に装備をオミットされたバトルドレス、ではない。武装こそ積んでいないが、それ以外は実戦で使われるバトルドレスと何一つ変わらない。操作を誤れば超音速で地面とキスをすることになる。シールドを張っていなければ一瞬でハンバーグのタネができあがるぞ。シールドは反応炉を起動すれば自動で展開されるように設定してあるが、必ず自分の目で確認しろ。シールドに何か問題があればすぐに申し出るように。全員の反応炉が臨界に達してシールドの展開が確認されるまで誰一人動くんじゃないぞ」


 さつきちゃんの声が頭の真ん中で聞こえる。


 バトルダンスにおいて音は重要な判断基準だから、通信士オペレーターからの通信音声は頭の真ん中で聞こえるように調整されているのだ。


「基本はシミュレーターとなにも変わらない。だが自分の命、クラスメイトの命が乗っていることを忘れるな。特に三津崎、調子に乗ってやらかすんじゃないぞ」


 共通回線にクラスメイトの笑い声が乗った。


 冷笑ではない。

 いい傾向だ。

 俺はクラスメイトに受け入れられつつある。


 さつきちゃんが俺をからかったのも、クラスに溶け込ませるためだろう。


 本気でやらかしそうだとか思われてるわけじゃないはずだ。

 だよな?


「では反応炉を起動しろ。さっきも言った通り、全員のシールドが展開されるまで決して動くんじゃないぞ。直接反応型電子支援システムは体を動かそうとする神経の働きを直接読み取る。くしゃみは起動前にしておけ」


 本当にくしゃみをする奴はいなかった。


 イグニッションスイッチを入れる。

 反応炉が開放され、空気を取り入れ始める。


 反応炉の核は酸素と反応することでエネルギーを生み出す。

 酸素の存在する大気中であればその動力は無限に近い。


 さつきちゃんの言った通り、イグニッションスイッチと同時にシールドが起動する。


 俺のドレスのシールドは問題ないようだ。


 クラスメイトのドレスが次々とオンラインになる。


 味方機の状態はモニターできるようになっていて、今回はクラスメイト全員が味方機の設定のようだ。

 シールドに不具合のある生徒はいない。


 反応炉の臨界までは二八秒。

 この部分に技術革新は起きていない。


 じっとクラスメイト全員の反応炉が臨界に達するのを待つ。


 眼表モニターに表示された味方機のコンディションがすべてグリーンに変わる。


「よろしい、全員、前方の目標ラインまで歩け。走るなよ。三津崎、ブースターを使うんじゃないぞ」


「さつきちゃん、反重力装置は?」


「駄目に決まっとるだろうが。あと先生と呼べ」


 再び笑い声が上がる。


 いい雰囲気の中、クラスメイトたちはバラバラに歩き始めた。


 目標ラインまでは五十メートル。

 アクセルブーストを使えば一瞬だ。

 だがもちろんそんな馬鹿な真似はしない。


 普通に歩く・・・・・


 目標ラインを越え、振り返った。

 ほとんどの生徒はまだ道のりを半分も消化していない。


 考えてみればほとんどの生徒は適性検査を突破していないのだ。


 サポーターとしてドレスに関わる仕事をするために秋津島学園に入学しただけだ。

 彼らがドレスの操縦に苦労するのは当然のことなのだ。


 一方、適性検査を突破している操縦手ダンサー候補生の生徒はやはり歩き方がしっかりしている。


 まるで人間のように、とまでは行かないまでも、シミュレーターで訓練開始してまだ一週間とは思えないほどだ。


 ふとその先頭集団の中に操縦手ダンサー候補生でない生徒が混じっていることに気がついた。


 長いポニーテールが揺れている。


 名前は確か曽我碧そがみどり

 背が高く、引き締まった体をした女生徒だ。


 別に変な意味で見ていたわけじゃない。

 とにかく目立つ生徒なのだ。

 自己紹介で陸上部だったと言っていたような気がする。


 ダンサーになりたい、とも。


 秋津島学園の適性検査は非情だ。たとえ適性値が九九九であろうと、一千を満たさなければ操縦手ダンサー候補生として入学することはできない。


 だが一般入試の狭き門を潜り抜けた生徒にはチャンスが与えられる。|

 操縦手ダンサー候補生以上にドレスを着こなしたのであれば、操縦手ダンサー候補生へと昇格する可能性があるのだ。


 彼女はそれを目指していると公言してはばからない。


 誰もそんな彼女を馬鹿にしない。


 彼女には本当にそうなるのではないかと思わせるのようなものがある。


 やり遂げるのだという強い意志が全身から放たれているのだ。


 そしてついに彼女は先頭集団の真ん中辺りで目標ラインに到達した。


 一般的な操縦手ダンサー候補生と変わらない速さで、だ。


 もちろんこれはただの歩行訓練で、速度を競っているわけではない。


 だが彼女がドレスを着こなしていることは誰の目にも明らかだ。


 全員が目標ラインに到達すると、今度は百メートル先に次の目標ラインが現れた。


「走れ。目標タイムは一分だ。できるようになるまで往復しろ。十秒を切れた生徒はこの単元中、自由行動を許可する。シャトルランの邪魔をしない限り、反重力装置、慣性無効装置、ブースターを使用してもいい」


「マジかよ! さつきちゃん、最高!」


「十秒切ってから言うんだな。三津崎。あと先生と呼ばんと許可を取り消すぞ」


「すみませんでした。有澤先生」


「よろしい。では任意に始めろ。タイムはシステムが自動的に測る」


 俺は全速力で飛び出した。


 素の身体能力で百メートルを十秒切れと言われても到底無理だが、ドレスの補助があれば話は別だ。

 ドレスのパワーを最大に活かして、大地を蹴りつける。

 あっという間に目標ラインを超える。


 タイムは――、九秒九九八。


「よっしゃあ!」


 両手を振り上げてガッツポーズ。

 さつきちゃんの心底呆れたような顔が通信画面に映った。

 個人間通信だ。


「そこは失敗しとけよ。三津崎」


「それが教師の言うことかよ。とにかく自由行動させてもらいますからね!」


「約束は約束だ。他の生徒の邪魔だけはするんじゃないぞ」


「了解!」


 俺は早速反重力装置を起動して、メインブースターに点火。

 空中に舞い上がる。


 実機訓練フィールドは広さが三百メートル×二百メートルの長方形のグラウンドの周辺と、上空百メートルにシールドが張られている。


 半径五百メートルのフィールドを持つバトルアリーナと比べるとかなり狭い空間だ。


 だがアクセルブーストできないほどの狭さじゃない。


 慣性無効装置を使って、カウンターブースト!


 いかずちの如くジグザグに空間を切り裂く。

 機体熱量がぐんぐんと上昇する。


 反転し、背中からシールドにわざと接触して速度をゼロに。


 全ブースターを点火!


 フルブーストだッ!


 ドラッグカーもかくやと言った加速でドレスは反対側のシールドまですっ飛んでいく。

 途中でドォン! と腹に響く音がした。


「この阿呆! 他の生徒の邪魔をするなと言っただろう!」


 シールドに捕まったまま、地上を見上げる・・・・と、ほとんどの生徒が俺を見上げ、そして一部の生徒が地面に転がっていた。


「何の音ですか? 今のは?」


「音速突破の衝撃波だ。衝撃そのものはシールドで吸収できるが、音は届く」


「バトルダンスの中継でこんなでかい音聞いたこと無いですよ」


「音量調節されているに決まってるだろ。中に居る者は直接聞こえるからたまったもんじゃない。とにかく邪魔になったことは確かだ。降りてきて、遅れている生徒の面倒を見てやれ。太刀川や鵜飼は手伝ってやったんだから、できるだろう?」


「ちぇっ、りょーかい」


 俺は反重力装置を切って地面に向けて高さ八十メートルほどから自由落下した。


 地上への衝突による衝撃もシールドによって吸収できる。


 ぴたりと地面で止まった。


「気をつけろ。三津崎。ドレスでできることを本能的に理解しているのはいい。ダンサーとしての適性だ。だが当たり前だと思い込むな。そのうち生身で落下しても大丈夫なんて勘違いすることになる」


「そんなわけ――」


「あるんだ。適性の高いダンサーほどそうなりやすい。自分がドレスに乗っているのか、生身の体なのか、境界線が曖昧になるんだ。心に留めておけ」


「分かりました」


 先生の言うことだ。

 ちゃんと肝に銘じておく。


 それから俺は走るのも覚束ないクラスメイトにアドバイスをして回った。


 太刀川卯月はちゃんと走れているが、鵜飼ひとみは相変わらずダメダメだ。

 一応、基礎訓練チュートリアルは終了したのだが、ちゃんと動けるようになったというよりは、目標更新先を先読みしてタイムを縮めた結果だった。

 真っ直ぐ走るだけのような場合、彼女の能力は発揮されない。


 一般入試組の他の生徒も程度の差こそあれ、ドレスを着こなしているとはとても言えない。


 曽我碧が例外なのだ。


 その曽我碧は早々に百メートル一分を切ったが、未だに走り続けている。

 十秒には程遠い。

 記録を確認すると最速で一八秒だ。


 一般的な操縦手ダンサー候補生のタイムにまったく負けていない。


 だが彼女は納得していないようだ。|

 操縦手ダンサー候補生が十秒を切るのを諦めて休憩している中、彼女は黙々とシャトルランを続けている。


 だがドレスの操縦は全身運動だ。

 いつまでも全力疾走を続けていられるわけもない。

 それでも随分頑張ったほうだが、彼女のタイムは伸び悩むどころか、だんだん遅くなっていった。


 いま百メートルを走り終え、悔しそうな顔で振り返って走り出そうとした彼女に俺は思わず声をかけた。


「曽我さん、少し休んだほうがいい」


「あなたに言われたくない! あなたにあたしの何が分かって――、いや、言い過ぎた。……そうだね、少し休憩するよ」


 彼女は俺の炎上騒ぎに参加しなかった生徒、ではない。

 積極的にとまでは行かないまでも、動画の共有ボタンをタップするくらいのことはした。

 俺への最初の印象は悪いものだったはずだ。

 にも関わらず、俺に対して激昂するのを我慢する理性を持ち合わせている。


 炎上加害者の一人であるにしても、俺は彼女に好感を持った。


「俺のアドバイスを聞く気はあるか?」


「聞きたくない。けど聞こえてくるのは仕方ない。そこであなたが何かを言うのを止めたりはしない」


 素直じゃねーなあ。

 まあ、でもそういう強がりは嫌いじゃない。


「曽我さんは確か元陸上部だろ。自分の体で速く走るのに慣れている。綺麗なフォームで走ってると思うよ。まるで人が走っているようだ。でもドレスの場合、それじゃ駄目なんだ」


 曽我碧はこちらを見ない。

 肩を揺らして息を整えている。

 だが俺の言葉を聞き漏らすまいと集中しているのが分かった。


「俺は陸上はやってないから上手くその違いを説明はできないけど、ドレスのパワーは人間の脚力とはまったく違うし、重量のバランスも後方に寄っている。爪先で地面を蹴るんじゃなくて、踵で地面を蹴ったほうがいい。それも速く足を動かすより、より強く地面を蹴ったほうが速くなるはずだ。ダカダカダカって地面を連続で蹴りつけるイメージだ」


「分かった。やってみる」


 勝手に聞こえてるていだったのに返事しちゃう辺り、根は素直なのだろう。


 凛とした横顔は綺麗なのに、可愛いところもあるじゃないか。


 曽我碧はふーっと長く息を吐くと、すっと腰を落とした。


 ダンッ! と地面を蹴って走り出す。

 子どもが地団駄を踏んでいるみたいな動きは繊細さの欠片も無い。

 だがその速度は確かだ。

 曽我碧のドレスが目標ラインを越える。


 タイムは一六秒二三三。


 一発で記録更新だ。


 やはり彼女の運動神経は抜群にいい。

 百メートル向こうで曽我碧が小さくガッツポーズして、すぐに首を横に振った。

 浮かれた自分を律したようだ。


 体勢を整えて、今度はこちらに向けて駆けてくる。


 まだ満足できていないらしい。


 一六秒二三三は俺を除けばクラスで最速だ。


 俺以外の操縦手ダンサー候補生を圧倒したのに、まだ足りないというのか。


 彼女はこう考えているに違いない。|

 操縦手ダンサー候補生で無い生徒が操縦手ダンサー候補生に昇格するためには、普通の操縦手ダンサー候補生と同じくらいの成績では駄目だ。

 彼らを圧倒するほどの成績を出さなければならない。


 あるいは自分が操縦手ダンサー候補生でないことすら忘れているのかも知れない。|


 操縦手ダンサーであれば他の操縦手ダンサーは皆ライバルだ。

 学内戦において順位を争う敵に他ならない。

 彼らを圧倒できないようでは、どのみち操縦手ダンサーとして抜きん出る存在になることは不可能だ。


 一三秒七一三。


 すぐさま彼女は記録を更新した。

 ふーっと息を吐く。

 汗がその頬を流れた。


「ありがとう。三津崎。他に気になるところはない?」


 曽我碧はちゃんとこちらを向いて礼を言った。

 クラスの人気者にどうやら認めてもらえたようで少し嬉しさが胸に広がる。


「地面を蹴る角度かな。蹴るたびにドレスが浮いちゃってるだろ。もっと前傾姿勢でも行けるはずだ。けない程度に、そこは自分で感覚を掴むしか無いな」


「練習あるのみか。そういうのは得意だ」


「あんまり無理はするなよ」


「あたしは九秒九九八を切るよ」


 はっきりと彼女は断言した。


 まるでその未来が確定しているかのように言ってのけた。


 その意志の強さが彼女の魅力だ。|

 他人ひとを惹き付けて止まないものだ。

 宝石のような輝きを彼女は持っている。


「なあ、曽我さん、俺のチームに来ないか?」


 気がつけば思わずそんな言葉が口から飛び出していた。


「あたしにサポーターになれって? それともダンサーの座を代わってくれるの?」


「|ダンサー候補生に昇格できるまででいい。どうせ候補生になるまでは|ダンサーとしてチームを組めないだろ? 他の誰かのサポーターになるくらいなら俺のところに来い。メリットはあるぞ。俺の戦い方を最前列で見ることができる」


「なにその上から目線。むかつく。ちょっとドレスに乗るのが上手いからって……」


 そう言ってから曽我碧は首を横に振った。


「落ち着け、あたし。ドレスに乗るのが上手い。それこそが一番大事なことだ。こいつはむかつくけど、確かにドレスに乗るのは上手い。近くにいて学べることは多いはず。でもこいつはあの秋津先輩に喧嘩を売ってるのよ。いくらなんでも敵うわけがない。いきなり上級生から睨まれるのは――」


 おーおー、迷ってる。

 心の声なんだろうけど、全部口に出ていた。


「ここでダンサーとして上を目指すなら、上級生だろうとダンサーは全員倒すべき敵だ。秋津瑞穂が相手だからといって勝ちを譲るのか? 全員ぶっ倒して天辺を獲る。目指すのはそれだろう。俺は勝つぞ。勝ちに行く。俺のチームに来い。曽我碧。天辺を見せてやるよ」


 強い意志を宿した瞳が俺を見据えていた。そこに迷いはすでに無い。


「いずれあたしがあなたを倒すわ。そのためにあなたの手の内を全部知り尽くしてやる。あたしを使う覚悟はあるの?」


「使い倒してやるから安心しろ」


「学内一位になったあなたを倒すのはあたしよ。その時、挑戦から逃げないって約束できる?」


「約束する。曽我さんの挑戦からは決して逃げない。叩き潰してやるからな」


「叩き潰されるのはあなたの方よ」


 ふふふ、あはは、と俺たちは笑いながら固く握手を交わした。


 最後の一枠には整備士メカニックを入れるはずだったのに、と太刀川卯月と鵜飼ひとみから後で怒られたのは言うまでもない。


 兎にも角にもチームは完成した。


 待ってろよ、秋津瑞穂、このチームでもうすぐお前を叩き潰してやるからな!

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