学内決闘戦 5
2115年4月17日(水)「秋津島学園」放課後
本校舎シミュレータールーム
シミュレーター訓練過程を学園史上最速で終了させたことで学内SNSにおける俺の評価は変わりつつあった。
適性値はセンシティブな要素を含むので公表されないものの、学園での成績はすべての生徒が閲覧可能だ。
俺が全訓練過程を終了させるまでに要した時間は秋津瑞穂より三分一八秒早い。
少なくとも俺には秋津瑞穂を凌ぐポテンシャルがあることが証明された。
ポテンシャルは可能性であって実力ではないし、彼女には一年間実戦を積み重ねてきた経験がある。
おおよその予想は勝負にもならないというものだ。
だがそうでないかも知れないと言う声が一部で出始めたこともまた確かだった。
ちなみに太刀川卯月はまだ基礎操作チュートリアルで難儀していた。
メッセージでコツを聞かれたが、言葉ではうまく説明してやることができない。
そこで放課後にシミュレーターの予約を取って練習に付き合うことになった。
なお、今のところ、この予約制度は授業に遅れている生徒のためのもので、俺のように順調に課程をこなしている生徒は借りられない。
「きょ、きょ、今日は、よろしく、お願いする」
もちろんシミュレータールーム自体を貸し切れるわけもなく、室内には他にも多くの生徒の姿があった。
だからだろう、太刀川卯月はいつも以上に緊張している様子だった。
メッセージでは頻繁にやり取りをしているから、俺相手だけならここまで緊張はしないだろう。
たぶん。
「まあ、とりあえずやってみよう。基礎訓練チュートリアルの最後で詰まってるんだったよな?」
「あ、ああ、うん、そうだ。動かすこと自体には慣れてきたんだが、あっちへこっちへと指示されるとついていけなくなる」
しゅーんと太刀川卯月は肩を落とす。
こうして間近で見ると、彼女は本当に小さくて華奢だ。
お人形みたいという形容詞がぴったりである。
変なキャラさえしていなければ、女子に人気が出そうな気がする。
相変わらず教室では誰も近寄るなオーラを発して端末と向かい合っているので、誰も話しかけられずにいるのだが。
そろそろクラス内での人間関係もまとまりつつある。
チームも順調に結成されていっているようだ。
そんな中で俺と太刀川卯月は相変わらず孤立している。
まあ、すでに二人でチームを組んでいるとも言えるわけだが、こうして人の目のあるところで話をするのは今日が初めてだった。
「とりあえず一回やって見せてくれ。それを見て俺も助言するから」
「わ、わ、分かった。やってみる」
太刀川卯月の小さな体がシミュレーターの中に消える。
俺は外部モニターでその様子を見ていたのだが、まあ、ひどい。
太刀川卯月の操るドレスはまるで操り人形みたいな不自然な動きで、のたのたと目標地点へと走っていく。
あ、こけた。
バトルドレスは小型化に伴いいくつかの装備が無くなった。
その一つがバランサーだ。
二メートル強の現行バトルドレスは、普通の肉体を動かすのとほとんど変わらない感覚で動かせるから必要ないとされたのだ。
しかし身長の低い太刀川卯月にとってはその身長差は許容できないほどに大きいのかも知れない。
「太刀川さん、動かしているのは自分の体だと思うな」
「だ、だが、自分の体を動かすように動かすと習ったぞ」
「忘れろ。動かしているのは二メートル以上の巨人だ。一歩で移動する距離が全然違うんだ。思っているよりずっと移動するから、思わず足が止まるんだ。ロボットに乗っていると思ったほうがいいかも知れない」
「余計にこんがらがってきたぁ」
そんな感じで奮闘すること一時間ほど。
ようやく太刀川卯月は基礎訓練チュートリアルをクリアした。
汗だくになった太刀川卯月がシミュレーターから出てきて手を上げた。
ハイタッチをしたいのだと気づいたが、身長差のせいで親戚の子どもとお別れの挨拶をする感じになってしまった。
それでも太刀川卯月は満足そうに笑みを浮かべて伸びをする。
「あの……」
そしていきなり声をかけられてビクンってなった。
きょろきょろと声の主を探す仕草は小動物みたいだ。
「太刀川さん……、基礎終わっちゃったんですか?」
そこに居たのは同じクラスの
太刀川卯月ほどではないが、寡黙な生徒で、おとなしめの女子のグループだったはずだ。
長い前髪のせいで表情がよく分からない。
確か炎上に参加していない新入生リストに名前があったはずだ。
「お、お、終わったじょ」
そして挙動不審になった太刀川卯月は俺の体に隠れるように移動した。
「三津崎くん、すごいですね……。最速記録だけじゃなくて、遅れてる人のサポートまでできるなんて……」
「たまたま助言が上手く行っただけだと思うよ。鵜飼さんも練習?」
「はい……。私も基礎訓練が終わっていないんです。それで……三津崎くんさえ良ければ、その……」
鵜飼ひとみの言わんとするところは分かった。
どうせ俺はシミュレーターを使えないのだ。
遅れている生徒の手伝いをするくらいはいいだろう。
「力になれるかどうかは分からないけど、俺で良ければ手伝うよ」
鵜飼ひとみは太刀川卯月に輪をかけて酷かった。
思わず手伝うと言ったことを後悔しかけたほどだ。
太刀川卯月ほど背が低いわけではないのだが、ドレスをうまく動かせない。
それから不思議なことにずっと一人で喋り続けている。
「右、左、目標地点まで五メートル。右、左、右、次は三時方向」
「鵜飼さん、喋ることより操縦に集中したほうがいい」
「す、すみません。……私、集中すると勝手に口が滑るんです……」
「そうか、じゃあ無理に喋るなとは言わない。多分、慣れるまで動かし続けるしかないんじゃないかな。あ、でも目標更新の時の反応はいいよね。まるで次の目標地点があらかじめ分かってるみたいだ」
「
鵜飼ひとみが何を言ったのか分からなかった。
「見える?」
「私、次の目標地点がどこになるか見えてるんです……」
「そんな馬鹿な」
太刀川卯月が唖然として言った。
「鵜飼殿、それは
「え? え? 太刀川さん?」
「素が出てるぞ。太刀川さん」
というか、これが素なの?
キャラ作りじゃないの?
「基礎訓練チュートリアルの目標地点更新先はランダムだ。調べたんだから間違いない」
調べたんだ。
少しでも楽をしようと思って、頑張っちゃうタイプなんだろう。
「無意識のうちにランダムの傾向を読み取って、その結果が見えているように感じるのか? そんな馬鹿な? だが事実だとすれば……」
太刀川卯月はごくりと喉を鳴らす。
「鵜飼殿には
「それより、基礎を終了させたいです……」
その後、下校時間になるまで粘っても鵜飼ひとみが基礎訓練チュートリアルを終わらせることはできなかった。
俺たちは連れ立って下校し、トラムに乗って鵜飼ひとみが良く行くというカフェに行き反省会を行うことにした。
十番エリアにあるそのカフェは落ち着いた雰囲気の木造風の建物で、客も少なく、落ち着いて話をするにはぴったりだった。
鵜飼ひとみはよくここで本を読むのだと言う。
小腹が空いていた俺はトーストサンドのセットを、太刀川卯月はパフェとコーヒーを、鵜飼ひとみは紅茶を注文する。
頼んだ品が出てくるのを待たずに俺たちは話し始めた。
「なるほど、もともと運動が苦手なわけだ」
「はい……。中学でも体育の成績は下から数えたほうが早かったです」
「ドレスの操縦は運動神経がもろに影響するからなあ」
実際に体を動かすほどの負荷はないが、自分の体を上手く操れない者がドレスを上手く操れるということはない。
「……ダンサー志望でもないのに、操縦訓練があるのがよく分からないです」
秋津島学園の授業が専門課程に分かれるのは二学期からだ。
一学期は
ドレスをある程度操縦できなければ、優秀なサポーターにはなれないという考えからである。
新入生は一学期の終わり、六月末までにシミュレーターの応用訓練チュートリアルまでを終わらせることが求められる。
できなければ夏休みに補習を受けなければならない。
「鵜飼さんの志望はなに?」
「……ドレスの、その、デザインができたらって、憧れています……」
「
「
コーヒーにスティックシュガーを三本まとめて流し込みながら太刀川卯月が言った。
俺の口の中まで甘くなるから止めろ。
「……その、私は喋るのは苦手で……」
「シミュレーターの中では喋りまくってたのに」
「……集中すると、口が勝手に喋りだすんです……。止めようとは思ってるんですけど、無意識で……」
「それよりも拙者は、
「……うまく説明は、できません。……昔から普通の人には見えないものが見えるんです」
「では実験をしてみよう」
太刀川卯月はそう言って鞄の中をごそごそと探り出し、その中から新品のトランプを取り出す。
「さっきコンビニで買って来た種も仕掛けもないトランプだ」
太刀川卯月は封を切り、中身を
四種の各十三枚とジョーカー。
計五三枚であることを確認し、カードを手際よくシャッフルする。
そしてテーブルに裏面をざっと広げた。
「ジョーカーはどれか分かるかの?」
「そんなのいくらなんでも――」
「これです」
鵜飼ひとみは迷わずに一枚のカードを摘み、裏返した。
ジョーカー。
嘘だろ。
「スペードのエース」
「これです」
裏返ったのはスペードのエース。
こんなん超能力じゃねーか。
太刀川卯月はカードを集め、再びシャッフルする。
「今、一番上のカードは?」
「クラブの八です」
太刀川卯月がカードをめくる。クラブの八。
彼女はカードを裏返し、テーブルの下に隠してシャッフルした。
再びテーブルにカードを広げる。
「ジョーカーは?」
「……見えなくなりました」
「透視カードを試したことはないでござるか?」
「友だちが面白がって。でも見えませんでした」
「なるほどな」
太刀川卯月は頷いて、カードを箱にしまった。
「なにがなるほどなんだ? さっぱり分からん」
「彼女には、完全記憶能力と抜群の動体視力があるんだ。そしてそれを処理する頭の回転の速さだ。頭の良すぎる人が数学の問題を見ただけで答えが見えるのと同じ原理だ。途中の計算式をすっ飛ばして答えが見えているんだよ」
そんな無茶な、と思うが、否定する言葉も出てこない。
「基礎訓練シミュレーターの次の目標地点が見えるというのも?」
「最初は見えていなかったんじゃないでござるか? だんだん見えるようになっていった。どうでござろう?」
「……はい。そんな感じでした。……完全記憶能力も確かにあります」
俺はテーブルを挟んだ向こう側で紅茶に手を伸ばす、うつむき加減の前髪で表情が見えない少女に恐れすら抱いた。
もし彼女に運動神経が加われば、秋津瑞穂を超える強敵になるかもしれない。
だが彼女の未来予測が味方に付けば?
「鵜飼さん、どこかのチームに所属はしてる?」
「いえ……、最初は友だちに誘われたんですけど……、シミュレーター訓練が始まってからは何も言われなくなりました……」
「なら、俺のチームで
「……でも、私は
「お試しでいいんだ。期間限定で構わない。どうしても駄目だと思ったら辞めてもいい。一回だけでいい。俺とやってくれないか? ――なんだよ、太刀川さん」
隣に座った太刀川卯月に脇腹を肘で小突かれる。
「もうちょっと言葉を選んだほうがいいでござる」
俺は意味が分からずに、自分が言った言葉を反芻した。
いや、別におかしなことは言ってないよね。
そんな俺の様子を見て太刀川卯月はため息を吐いた。
「鵜飼さん、三津崎と私はチームを組んでいるんだ。
「秋津先輩と……」
前髪にすっぽりと隠れた彼女の瞳が、深く鈍い光をたたえた。
ような気がした。
背筋を冷たいものが滑り落ちる。
血が凍りついたようだった。
いま俺は、一人の少女ではない、なにか得体の知れないモノと相対している。
あるいは彼女をチームに加えるべきではないのではないか?
そんな考えが頭に浮かぶ。
だが俺が何かを言うより早く、彼女が口を開いた。
「やります。私をチームに加えてください」
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