学内決闘戦 4

                  2115年4月15日(月)「秋津島学園」

                         本校舎シミュレータールーム


 ドレスの操縦はピアノの演奏に例えられることがある。


 高度一万メートルから自由落下しつつ、両手両足で四つのピアノを演奏する。

 というのがそれだ。


 もっともそれはフルマニュアルでの操縦の場合であって、実際には機体AIの補助によってもっと簡易的に操縦ができる。

 同じ車でも乗用車とレーシングカーでは操縦がまったく違うのと似ているかも知れない。


 もっとも自動運転でない乗用車など現代では見つけるのが困難だが。


 マスカレイドでもフルマニュアルでバトルドレスを操縦する操縦手ダンサーはあまりいない。


 だが上位を占めてくるのは、フルマニュアルを扱える操縦手ダンサーばかりだ。


 俺もいずれはフルマニュアルを扱えるようになるつもりだ。


 だが今のところシミュレーターを自由には使えないので授業に則って初心者向けのシステムで訓練するしかない。


 秋津島学園に入学した生徒は全員が適性検査を受けているから、シミュレーターの基本的な動かし方は講習を受けている。


 フルサポートにおいてドレスを動かすのは自分の肉体を動かすのと大差ない。


 体の大きさが違うことを認識できていれば困るようなことはない。


 そう、思っていたが、一般的な新入生にとってはそうではなかったようだ。


 俺が基本操作チュートリアルを終え、担任の有澤ありさわさつき(二八)への通信を開くと、彼女は最初不具合を疑ったようだった。

 あまりに早すぎるというのがその理由だった。


 だがシステムチェックをしても問題はなく、チュートリアルが完遂されていることを確認すると、応用操作チュートリアルを実行するように俺に言った。


 それも問題なく終えて、再びさつきちゃんへの通信を開くと、彼女は呆れたような顔になった。


「三津崎、お前以外の生徒はまだ誰一人基本操作チュートリアルを終えていない」


「まさか! 動かすだけですよ!?」


「その動かすだけのことが難しいんだ。素の体とは歩幅も違えば、バランスも違う。ドレスを着て動くということは、四本脚の生き物が二足歩行しようとするのに等しい。まあ、いいか。三津崎、飛行訓練プログラムの実行を許可する。反重力装置を使った飛行は、お前が想像するより遥かに困難だ。猿に戦闘機を操縦させるようなものだ。いいか、吐くなよ? 吐いたら自分で掃除しろ」


「分かりました。肝に銘じておきます」


 通信は切れ、俺は飛行訓練プログラムを実行する。


 反重力装置とは言葉通り、重力に反重力を当てて、重力という力を無効化するものだ。


 揚力を利用する飛行機とまったく違うのは、反重力装置を使うと上下の感覚が無くなるという点だろう。


 肉体の感覚としては自由落下に近い。


 シミュレーターにも反重力装置は搭載されていて、その内部空間を無重力に置いて環境の再現を行う。


 だから俺は上下を忘れる・・・・・・ことにした。


 地面という奴は壁だったり天井だったり、なんだっていい。


 障害物だ。

 シールドがある以上、ぶつかってもいい・・・・・・・・障害物だ。


 現行のシールドはレーザー吸収膜と、慣性無効フィールドによって構成されている。


 地面と接触した場合、慣性無効フィールドが干渉して、俺の運動エネルギーを熱量に変換してゼロにする。


 速度がゼロになるだけだ。


 ダメージを負うわけではないし、減点にもならないようだ。


 飛行訓練プログラムという名の輪っかくぐりに、俺は地面という障害物を利用することにした。


 地面に近い位置にある輪っかが二つ平行に並んでいるような場合、おそらく本来求められているのは必要なだけ減速してカーブを描き、輪をくぐるということだ。


 だがそこに地面があるということは、全速力で突っ込んでも地面で速度をゼロにリセットできるということに他ならない。


 地面への接触で速度を消した後にフルブーストで加速して二つ目の輪をくぐる。


 多分これが一番早いと思います。


「あのな、三津崎、これはタイムアタックじゃないんだ」


「でも記録は取ってあるんでしょう?」


「初回に限れば最速だ。言っておくが、わざと地面にぶつかって慣性無効フィールドで減速するというのは、高等テクニックに分類されるからな」


 初回に限れば、ってことは、もっと速い人がいるということだ。


 今の俺ではどこを詰めればタイムが縮むのか分からない。


 奥が深いな。


 飛行訓練プログラム。


「順番通りなら次は慣性無効装置の訓練プログラムだが、流石に単元が終わってしまうな。先に出て休んでいいぞ」


「次は昼休みでしょう? 慣性無効装置の訓練までやらせてください」


「三津崎、お前の事情を考えると焦るのは分かるが――」


「事情? ああ、そうか、そうだった」


 秋津瑞穂と戦うためにはシミュレーターでの訓練でつまづいているわけにはいかない。


 さつきちゃんは俺がそう考えているのだと思ったのだ。


「違います。先生。俺はいま楽しいんです。こんなに楽しいことを俺は他に知らない。時間があるなら使わせてください。一秒でも長く楽しみたいんです」


「本心、のようだな。なら、いいだろう。どこまで行けるのか見せてみろ!」

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