学内決闘戦 3

                  2115年4月13日(土)「秋津島学園」

                                  校舎屋上



 秋津島学園の屋上は生徒には開放されていない。


 反応炉が一般に普及した現代において、建物の屋上と言えば放熱器がずらりと並んだ金属の森だ。


 空気が揺らぐほどに熱されたこんな場所である。例え立ち入りが禁止されていなくとも近づく者などそうはいない。


「だからこそ密会には向いているというわけでね」


 屋上へと通じる扉のロックを解除する電子キーを添付して、俺をこの屋上に呼び出した相手は、そう言ってキシシと笑った。

 が、その姿は見えない。


 放熱器の向こう側に隠れているのだ。


 どうやら姿を見せる気はないらしい。


 とは言っても、学内SNSでメッセージが送られてきたわけだから、相手の素性は分かっている。


「で、こんな監視カメラも無い場所に呼び出して、どんな用事だ?」


 メッセージを送ってきたアカウントが本人のものであれば、彼女は太刀川卯月たちかわうづき

 俺のクラスメイトということになる。


 だが声や喋り方では判別できなかった。


 俺がクラスメイトと交流を持てていないということもあるが、それを置いても彼女が誰かと話しているのを見たことがない。


 俺の知る太刀川卯月という女生徒は、休み時間でも一人で端末と向き合っている、良く言えば孤高の、悪く言えばぼっちだった。


「残念ながら愛の告白ではないね。フヒヒ、ちょっとは期待した?」


「ちょっとは、な」


 むしろ闇討ちでなくて安心した。


 わざわざ監視カメラの無いような場所に呼び出されたのだ。


 秋津瑞穂の崇拝者による私刑リンチの可能性も考えていた。


 だが幸いここには太刀川卯月以外に誰もいないようだ。


「んふふっ、心配せずとも拙者は味方でござるよ」


 俺の心を読んだように放熱器の向こうの彼女は言った。


 にしてもキャラ濃いなあ。

 ぼっちなのもむべなるかな。


 ちょっと近寄りがたい。

 悪い意味で。


「絶賛炎上中の俺に味方するのか?」


「――少年よ、力が欲しいか?」


「会話しろよ」


「フヒヒ、人と話すのは苦手なのでな」


「なんで呼び出したんだよ」


 このご時世、大抵のやり取りはオンラインで済ませられる。


 顔も見たこともない相手と友だちだっていうのだって珍しくない。


 直接話すのが苦手ならば、メッセージのやり取りでも良かったはずだ。


「顔も見せずに味方すると言っても、信じられぬであろ?」


「顔見せてねーじゃねーか」


「うむ。恥ずかしいのでな」


 だが言いたいことは分かった。


 彼女は俺に対して誠意を見せようとしているのだ。


 俺と会うのに人目の無い場所を選んだ。


 男子と女子であることを考えれば、リスクは彼女にもある。


 太刀川卯月は背の低い、華奢な女の子だ。


 武器でも持ち込んでいない限り、腕っぷしで俺に勝てることはないだろう。


 そんな彼女が監視カメラの無い場所で、俺と二人きりになっている。


「つまり、太刀川さんは俺に力を貸してもいいと言っているんだな?」


「少年よ、力が――」


「それはもういいから」


「そうか……」


 露骨に残念そうな声だった。


 だがこの場合、なんて答えるのが正解かが分からねーよ。


 力がッ、欲しいッ! とでも言えばいいのだろうか。


「少年は近接型のバトルドレスが必要であろ?」


「なんでそれを!?」


「フヒッ、聞きたい? 聞きたいでござるか?」


 いや、マジで聞きたい。


 俺の戦闘スタイルを知る者がこの学園にいるはずがない。


 何故なら俺はバトルドレスに乗った経験が無いのだ。


 適性検査を受けるために簡単な講習は受けたが、適性検査はシミュレーターで行われたし、その内容は公開されていない。


 学園で新入生向けにシミュレーター訓練が行われるのも来週からだ。


 まだ誰にも俺の動きを見せてすらいないのだ。


 見せていないものを知るすべなどあるはずがない。


「キシシ、適性値10384と言えば分かるでござるかな?」


「俺の!? どうして!?」


 適性値は個人情報扱いで公開されていない。


 学校のシステムにアクセスすれば自分の適性値を見ることはできるが、他人のは見られない。


「あっしにかかればお茶の子さいさいってね」


 そこでようやく思い出す。


 彼女は生徒が立入禁止になっている屋上への扉の電子キーを持っていた。


 真っ当な手段で手に入れたのでないとすれば、彼女は――。


「不正アクセスか」


「ヒヒッ、適性検査の記録を見させてもらったでござるよ」


「それで秋津瑞穂との決闘までに近接型のバトルドレスを用意できるのか?」


「流石にハッキングでどうのというのは無理でござるなあ。当日の授業をサボれば、と言ったところかな」


 新入生に学内戦が解放されるのは五月に入ってからだ。


 同様に自分の使用するドレスのカスタマイズができるのも五月に入ってからである。


 俺たち新入生には学内戦がまだ解放されていないため、秋津瑞穂との決闘はまだ正式に決まったものではない。


 よってその時間もまだ未定だ。


 そして決闘制は下位者が上位者に申し込むものである性質上、そのタイミングは俺の手に委ねられている。


 つまり授業をサボって朝からドレスのセットアップを行えば、支給される汎用型を当日中に近接型へカスタマイズも可能かも知れない。

 と、太刀川卯月は言っているのだ。


「あらかじめどのようなセットアップにするか煮詰めておく必要はあるね。でもそれさえ済ませておけば、最終調整する時間くらいは取れるかも知れない。とは言え……」


「とは言え?」


「ううむ、腕のいい整備士メカニックは欲しいところでござるな」


 学内戦で使うバトルドレスはシミュレーター上のデータではない。

 実物の兵器だ。


 カスタマイズを決めるのは俺と太刀川卯月でできたとしても、実際に組み上げるのに、整備士メカニックが必要だろう。


 時間が限られていることを考えると、腕のいいという条件は確かに必要だ。


「確かにな。実戦を考えると通信士オペレーターも欲しい。太刀川さんはできるか?」


「あ、それは無理」


 いきなり素に戻った声で言われる。


 一人称もキャラもブレッブレだな。


「そうなると整備士メカニック通信士オペレーターの確保が最優先か。太刀川さんにアテはないのか?」


「あると思うか?」


「だよなあ」


 かたや絶賛炎上中の学園の敵で、かたやキャラの安定しないぼっちだ。


 どちらも人に協力を仰ぐという点において不向きであると言わざるを得ない。


「別にずっとチームを組もうってわけじゃない。秋津瑞穂に挑戦するその時だけの協力者でいいんだけどな」


「そのような仮初めの関係で秋津瑞穂と戦えるのかのう?」


「元から一人ででもやるつもりだったんだ。太刀川さんが味方してくれるだけで御の字だよ」


「フヒッヒ、ちょっと待って――」


「ああ……」


 よく分からないが手持ち無沙汰になったので、PAをチェックする。


 炎上は収まる気配が無さそうだ。


 学内SNSがこれなので、匿名性の高いネットワークサービスの類は怖くてチェックしていない。


 通知が鳴り止まないということはないので、匿名でやってるアカウントまで身バレしたということはなさそうだ。


 とか思ってる矢先にメッセージを受信した通知が出てきてちょっとビビる。


 だがメッセージの主は太刀川卯月だった。


 添付されていたファイルを開くと、新入生と思しき生徒のリストがずらりと並ぶ。


「炎上騒ぎに参加していない生徒のリストだよ」


「なるほど。そうか、全員から目の敵にされているのかと思ってたよ」


「ンフフ、SNSでは声の大きさがそのまま存在感の大きさだからね。視野が狭くなりがちだぜ」


「目から鱗だわ。結構いるもんなんだな。静観してる生徒も」


「ただ勘違いしてはいけないのは、静観してるからと言って三津崎の味方ってワケじゃないことだよ。単に騒ぎに参加するのが嫌いな者、元から発言を行っていない者なんかも含まれている。炎上に巻き込まれても気にしないなんて心の強い者はそうはいないだろう。私たちはこの中からと決まったわけではないが、整備士メカニック通信士オペレーターを見つけ出さなければならない」


「だけど参考にはなる。ありがとう。太刀川さんが居てくれてよかった」


「ウヒヒ、少しは役に立つところを見せておかないとね」


「でも、なんで炎上に巻き込まれる危険性を冒してまで俺の味方を? まだ実物を使った訓練も始まってない。適性値を知っていると言っても、実際のドレスでどれだけ戦えるかは未知数だろ?」


「……だからこその今なんだ。来週にはシミュレーター訓練が始まるだろ? 三津崎が適性値通りの動きができるのであれば、手のひらを返してすり寄ってくる連中が出てくるかも知れない。私が人の輪がすでに出来上がっているところに入っていけると思うかい?」


 それはものすごく納得の行く答えだった。


「太刀川さんの様子を見るにチーム自体に興味が無いのかと思ってたよ」


「仲良し小好しのチームごっこに興味はないよ。私は私の設計するドレスを預けるに足るダンサーを見つけられればそれでいい」


「俺は合格か?」


「それをこれから見極めさせてもらうのさ。秋津瑞穂との戦いでね」


「顔を見せてくれないのは仮のチームメイトだからか」


「いや、単純に人と顔を合わせて話せないんでござるよ」


「そうか、無理に顔を見せろとは言わないよ。人目のあるところで話しかけるような真似もしない」


「そうしてもらえると助かる」


 放熱器の向こうからほうと息を吐くのが聞こえた。


「疲れたか?」


「こんなに人と話したのは久しぶりのことでね。それにここは暑い」


「同感だ。後はメッセージでやり取りしても大丈夫だろ。先に行くか?」


「悪いがそうさせてもらうよ。またね、三津崎」


「ああ、また、太刀川さん」


 足音がして人の気配が遠ざかっていく。


 俺はPAを見て少し時間を潰してから屋上を後にした。


 真っ直ぐ居住区の自室に戻り、シャワーで汗を流してから、太刀川卯月にもらったリストをチェックした。


 炎上騒ぎに参加していない新入生の数は三二名。


 意外なほどに多い。


 彼らがイコールで俺の味方ではないが、積極的な敵ではないということだ。


 太刀川卯月の存在によって、俺は学園中が敵ではないということを教えてもらった。


 一人でも秋津瑞穂と戦う、そんなつもりだったが、無謀な考えだったと今なら分かる。

 何故ならたった一人が味方になっただけでこんなにも心強いのだ。


 必ず、勝つ。

 勝ちに行く。


 その座を明け渡してもらうぞ。

 秋津瑞穂!

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