学内決闘戦 2
2115年4月12日(金)放課後「秋津島学園」
居住区
俺は自室のベッドに寝転がり、死んだ目でPAの画面を見つめていた。
秋津瑞穂に挑戦状を叩きつけた俺は燃えていた。
めらめらと燃えていた。
激しく燃え上がっていた。
いわゆる炎上である。
秋津瑞穂ほどの有名人ともなれば、その動向は常にチェックされている。
俺が秋津瑞穂に啖呵を切った様子は、近くにいた誰かによって撮影されており、学内SNSにアップロードされ、瞬く間に拡散した。
すぐに犯人探しが始まった。
アップロードした誰かではなく、学内不動の一位、女王、秋津瑞穂に喧嘩を売った命知らずな誰かについて。
特定班はあっという間に俺のアカウントを発見し、晒し上げた。
翌日には俺の存在は学園中の知るところとなり、俺に話しかける者はいなくなり、俺が話しかけようとしても逃げられる始末だ。
それは別にいい。
最初からクラスメイトと馴れ合うつもりはない。
俺はマスカレイドの舞台に上がりたいだけだ。
秋津島学園はその踏み台でしかない。
秋津瑞穂に恐れをなす程度の連中なら、こっちから願い下げだ。
とは言え、チームメイトは必要である。
同学年という縛りがある以上、新入生の中から秋津瑞穂のチームと戦える気概を持った連中を集めなければならない。
だが炎上に巻き込まれるのを恐れてか、誰も接触してこないというのが現実だ。
お前ら、本当にそれでいいのか?
秋津瑞穂が新入生の挑戦を受け入れた。
これはまたとないチャンスなんだぞ。
学内戦で下位者が上位者に勝つと、上位者の順位に繰り上がる。
秋津瑞穂に勝てば、その瞬間に俺が学内一位だ。
新入生のチームが一位になるには、現在一位である秋津瑞穂が決闘を受け入れたこの機会しかない。
炎上ごときを恐れて、この好機に乗らないのか?
心の中で吠えてみても、現実は何も変わらない。
学内SNSのアカウントは学園のシステムに紐付けられているためか、酷く攻撃的な内容は書き込まれていない。
ただ動画を引用して『こいつ、やべー』『こわ、近寄らんとこ』『命知らずすぎる』『勘違い野郎』と言った発言をしているのは数多く見られる。
こいつは攻撃してもいい奴、という空気ができあがっていた。
最悪、俺は秋津瑞穂のチームに単身で挑まなくてはならない。
いや、そうなる、と思っておいたほうがいい。
であれば、俺は秋津瑞穂を単身で倒す算段をつけなくてはならない。
分かりきっていることだが、秋津瑞穂は強い。
だが俺に有利な点が2つある。
ひとつは彼女があまりに有名であることだ。
彼女の対戦映像はネットに嫌になるほど転がっている。
俺は彼女の情報を集めるのに苦労しない。
彼女がどういう戦いに強く、どうされれば苦戦するのか、俺には調べられる。
もうひとつはその逆で、彼女は俺の情報をほとんど持っていないはずだということだ。
俺がどういう動きを得意とし、どう攻めるのか、彼女は知らない。
来週にはシミュレーターに、再来週には本物のドレスに乗ることになっているから、俺がどの程度
だがその戦闘スタイルを解析できるほどの情報はもたらされないはずだ。
そこに俺の勝機がある。
もとより撹乱し、接近して、一撃で決めるスタイルだ。
どんな相手でもワンチャンある。
ゲームでの話だけどな。
一方、秋津瑞穂のバトルドレスは俗に戦闘機タイプと呼ばれるものだ。
大きく広げた放熱板を翼として使い、運動エネルギーを最大限活用するために、慣性無効装置を使わず、狭いバトルアリーナーを超高速で飛び回る。
俺のような近接戦タイプには抜群に相性がいい。
それじゃ駄目じゃねーか!
対戦映像を見る限り、対戦時間が長引く傾向にあるのは重装甲射撃タイプのドレスが相手だった時だ。
始めから回避を捨て、敵に攻撃を当てることにのみ専念する。
そういうタイプが彼女は苦手のようだった。
射撃精度があまり良くはないとされる戦闘機タイプにあって、秋津瑞穂は抜群の命中精度を誇っているが、相手がそもそも避けようとしないのでは宝の持ち腐れだ。
しかも重装甲型バトルドレスというのは、熱量限界がべらぼうに高い。
大きい放熱板に、蓄熱装甲を山のように積んでいるのだから当然だ。
そのドレスが嵐のように弾幕を撃ってくるのである。
速度を上げるため軽装甲の秋津瑞穂は回避に集中しなくてはならない。
だが重装甲型バトルドレスとの戦いも、長引くだけで、最後には彼女が勝つ。
神がかった回避能力と、針の穴を通すような精密射撃で、重装甲型バトルドレスの装甲を一枚一枚剥いでいって、最終的には丸裸にしてしまうのだ。
マスカレイドに限らず、
機体が操作不能になるまで戦う二一〇〇規則とは違う。
この十年での技術の進歩は凄まじく、かつてはレーザーしか防げなかったシールドが実弾や爆発の衝撃も止められるようになって、ドレスの形状は大きく様変わりした。
かつては全長十メートルはあったバトルドレスも、今では二メートル強と言ったところだ。
遠隔操作するロボットから、実際に服を着るように装着するドレスとなった。
それでありながら戦闘能力はほとんど変わらないどころか、上昇している上、安全性も遙かに増しているというのだから驚きだ。
慣性無効フィールドの機能が追加されたシールドがダンサーを守るため、その素顔が露出している有様である。
そりゃモニターに比べたら視界も広いし、反応も良くなるよ。
ドレスの変遷に伴い、対戦ルールも変更され、現在の熱量制に落ち着いている。
そしてこの制度では戦闘機タイプと重装甲タイプが飛び抜けて強い。
放熱板を翼のように広げて排熱できる戦闘機タイプと、蓄熱装甲をガン積みすることで熱量限界を引き上げる重装甲タイプというわけだ。
ゲーム内の俺のような近接戦タイプは現実には駆逐されつつある。
秋津瑞穂の対戦相手にもほとんど近接戦タイプは見られない。
たまにいたとしても一方的に倒されるだけだった。
だがそれは秋津瑞穂に近接戦タイプとの戦闘経験があまりないということでもある。
必ず勝機はあるはずだ。
とにかく今は秋津瑞穂の動きを覚えてしまうほどに対戦映像を目に焼き付けるしかない。
そう思ってPAの画面にのめり込んだ。その時だった。
――メッセージが届きました――。
通知がPAの画面に現れた。
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