学内決闘戦 8
2115年5月1日(水)「秋津島学園」放課後
第11バトルアリーナ
日が傾き、空は朱色に染まり始めていた。
全天候型バトルアリーナには天井があるが、全面がモニターになっていて現在の空の様子を映し出しているため、中にいると天井があるようには見えない。
ただその高さにシールドが張られているので、天井の存在を目視できないわけではない。
半径五百メートルのフィールドの端はまっすぐ天井に向けてシールドが伸びて、円筒状のバトルフィールドを形成している。
地面にも当然シールドが張られていて、バトルアリーナ自体の反応炉がシャットダウンでもされない限り、バトルフィールドの外になんらかの被害が及ぶことはない。
観客席に人はさほど多くなかった。
学内戦は学内ネットワークで生中継されているし、後から映像記録を見ることも可能だ。
わざわざここに足を運ぶような物好きは、秋津瑞穂の活躍を直接見たいか、彼女に挑戦状を突きつけた新入生が叩き潰されるの直接見たいかのどちらかだろう。
待機室でバトルドレス固定台に乗った青いカラーリングのバトルドレスに乗り込み、そのまま格納状態でバトルフィールドへとレールで運ばれていく。
立川卯月と曽我碧が見送ってくれた。
鵜飼ひとみはすでに管制室にいる。
反応炉を起動するまでバトルドレスは格納状態であることが求められる。
実際の兵器であるバトルドレスは艦船での運用が進んでいることもあって、その格納サイズは厳密に定められており、バトルダンス用のバトルドレスも同様の規格が適用されているのだ。
格納サイズは固定台を含め高さ三メートル。
幅二メートル半、奥行き三メートル。
格納状態のバトルドレスはこの範囲からはみ出してはいけない。
重装甲型バトルドレスなら展開した武装が、戦闘機型バトルドレスなら翼が、その範囲からはみ出してしまう場合が多い。
ゆえにバトルドレスの装備品は格納状態では小さく折り畳まれている。
まあ近接型のバトルドレスの場合は気にすることではないけどな。
バトルフィールド内に入ると、秋津瑞穂が先に待っていた。
赤いカラーリングの格納状態ドレスを身にまとっている。
その秋津瑞穂から通信が入った。
「連絡が遅かったから逃げたのかと思ったぞ」
「思いっきり寝過ごしましてねぇ」
「見れば分かる。ギリギリまで仕上げてきたな」
「言ったろ。学内一位から引きずり落とすってさ」
「誰に喧嘩を売ったのか、すぐに思い知らせてやるよ――」
秋津瑞穂が通信を切る。
「あの……」
代わりに、というわけではないが鵜飼ひとみが話しかけてきた。
ダンサーのドレスと通信士との間は通信回線が開きっぱなしだ。
今の会話も鵜飼ひとみの耳に入っている。
「大丈夫ですか? 三津崎くん」
「エナジードリンクも飲んだし、頭はすっきりしてるよ。鵜飼さんこそ、調子はどう?」
「問題ありません。体調もいいです。こんな時はよく見えます」
「鵜飼さんの目が頼りだ。タイミングは任せる」
「やれるだけ、やってみます」
そして定刻となった。
俺が申し入れ、秋津瑞穂が受け入れた決闘制学内戦バトルダンスの開始時間だ。
10:00
30:00
電子音とともに視界の中央に二つのタイマーが表示され、上のものから動き始める。
反応炉起動許可までのカウントダウンだ。
下のものは武器制限解除までのカウントダウンになっている。
上のタイマーがゼロになった。
その瞬間にイグニッションスイッチを入れる。
ここは勝負どころだ。絶対に外せない!
エネルギーゲージが赤から緑に変わり、反応炉の開放に成功したことが分かる。
実際にエネルギーゲインを得られるのは少し経ってからだ。
もう必要のないイグニッションパネルを閉じる。
エネルギーゲージが上昇を始める。
反応炉臨界までの予測時間を表示したタイマーは二五秒を切ったところだ。
視界の中央、五百メートル先で、秋津瑞穂のバトルドレスから翼が展開した。
残り二十秒。
エネルギーゲージは四分の一と言ったところ。
秋津瑞穂にしても似たようなもののはずだ。
だから――今だッ!
反重力装置起動!
全ブースター点火!
フルブースト!
秋津瑞穂に向けて俺はすっ飛んでいく。
途中で音速を突破し、音の壁を破った音が響く。
せっかく得たエネルギーがぐんぐん減り、反応炉の臨界までの時間も伸びる。
エネルギーが必要な近接型ドレスの初期行動としてはありえない。
秋津瑞穂は予測していなかったはずだ。
彼我五百メートルを三秒かからずに駆け抜ける。
いつもであれば秋津瑞穂は残り十秒ほどになると飛翔を開始する。
戦闘機タイプは武器制限解除時にある程度の速度に達していないと、開始直後が辛くなるからだ。
だったらそうさせなければいい。
武器制限解除前の接触は許されている。
つまり
掴まってしまえば戦闘機型バトルドレスの利点は何も残らない。
だから秋津瑞穂は黙って掴まれるわけにはいかない。
フルブーストで接近したと言っても、一秒もあれば状況は理解できるし、もう一秒あれば行動を開始できる。
秋津瑞穂は俺が掴む前に反重力装置を起動して、まっすぐ上に向けてアクセルブーストした。
俺は秋津瑞穂を掴まえ損なったことを確認すると、ブースターを停止して、そのままフィールド端のシールドに捕まって停止した。
動いたな、秋津瑞穂。
アクセルブースターまで使って、俺から逃げた。
いつも通りに飛翔開始する場合に比べて、遥かにエネルギーは足りず、反応炉の臨界も遅れるだろう。
武器制限解除時にも反応炉は臨界に達しておらず、エネルギーも最大までは溜められない。
辛いのはフルブーストを使った俺も同じだが、こっちはこの状況を想定して訓練してきたんだよ。
取ったぞ、アドバンテージ!
秋津瑞穂の赤いドレスは円筒状のフィールドに沿うようにカーブを描きながら加速していく。
早く動かなければならなかった分、長くなった準備時間を使ってより加速することにしたようだ。
四基のメインブースターでどんどん速度を上げていく。
俺はフィールドを包むシールドから少しだけ離れた位置でその様子を見上げていた。
視界の中央でどんどん数字が減っていく。
エネルギーを消費してでも動き続けなければならない秋津瑞穂と、こうして静止してエネルギーを溜められる俺。
開始直後にどちらが有利かなんて言うまでもない。
三。
二。
一。
ゼロになる前にメインブースターを点火!
横にスライドする。
「アクセル!」
鵜飼ひとみの声が聞こえ始めた瞬間にはもうアクセルブーストしていた。
一瞬前まで俺が居た場所をレーザーが薙いだ。
ちょうどフィールドを一周してきた秋津瑞穂が武装制限解除と同時にレーザーを放ったのだ。
アクセルブーストによってエネルギーを失い、熱量は上がるが、レーザーを受けることによって上昇する熱量に比べれば小さなものだ。
ドレスを上下左右に振って狙いを絞らせないようにしながら、こちらもレーザーを撃ち返す。
照準器マーカーが秋津瑞穂を追いかけるが、両者が重なる瞬間というのは稀だ。
当たり前のことだが、バトルドレスの射撃は手を動かして狙うわけではない。
ロックオンした相手を照準器マーカーが追いかけるので、両者が重なった瞬間を狙って引き金を引くのだ。
だが腕の良い相手ならその瞬間を認識してドレスを動かす。
俺だって秋津瑞穂の照準器がどう自分を追従しているのかを予測しながらドレスを振っている。
秋津瑞穂が通過攻撃を終えるまで四秒。
俺は数回レーザーを食らい、秋津瑞穂にレーザーを当てることはできなかった。
レーザーを吸収したことで排熱限界を超え、蓄熱装甲に熱が少し溜まる。
好機と見たか、秋津瑞穂はバトルフィールドの外周を回るのではなく、もっと内側に切り込んできた。
俺の熱量が下がる前に連続攻撃を仕掛ける気だ。
だが、それこそを待っていた。
鵜飼ひとみが設置したマーカーに向けてアクセルブースト。
秋津瑞穂をインターセプトするコースだ。
もちろん秋津瑞穂もそれに気付く。
だが気付いているか、秋津瑞穂。
先の通過攻撃の間、俺が撃ったレーザーはすべて出力を絞ったものだ。
避けるくらいなら当たったほうが熱量の上昇が少なくて済む程度の、弱いレーザーだ。
当然、消費するエネルギーも少ない。
俺のエネルギーゲージはほぼ満タンになっていた。
そして反応炉も臨界に達する。
お前の反応炉はまだ臨界手前だろ?
翼を兼ねる放熱板を大きく広げているため、戦闘機型バトルドレスがアクセルブーストできる方向は少ない。
空気抵抗の大きい方向へのアクセルブーストはエネルギー損失が大きすぎるからだ。
外周シールドの傍を飛行しているのであればなおさら方向は限られる。
これだけ条件を整えれば!
「上です!」
鵜飼ひとみが先読みするのは容易い!
気付いていたか、秋津瑞穂。
最初のフルブースト、に、見せかけたアレ。
実は出力の七十%程度なんだぜ!
出力を上げたアクセルブーストで一気に秋津瑞穂の目の前に移動する。
進路が交差する。
エネルギーブレードを振る。
光の奔流が赤いドレスを切り裂いた。
次の瞬間、俺はアクセルブースターを左右それぞれ前後に吹かして反転。
攻撃を食らった秋津瑞穂は蓄熱装甲を切り離しながらアクセルブーストでさらに加速、距離を取ろうとする。
だが甘い!
さっきのアクセルブーストは八十%だッ!
今度こそ本気の本気。
百%のアクセルブーストで秋津瑞穂に追いすがる。
エネルギー残量から言って今できるアクセルブーストはこの一回が最後だ。
一瞬で音速を突破して、秋津瑞穂に追いついた。
「二之太刀だッ!」
秋津瑞穂が機体を捻る。
空力で避けようとする。
だが遅い。
エネルギーブレードが赤いドレスを捉える。
膨大な熱量を一気に与えられ、秋津瑞穂の蓄熱装甲がバラバラと剥がれていく。
やったか!?
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