眼鏡の盲導犬

アほリ

眼鏡の盲導犬

 「ずいぶん大きくなったな。クオン。」


 「クオン。これから、盲導犬の訓練ね。無事に盲導犬に合格して目の不自由な人と役に立ってね!!」

 

 ラブラドールレトリバー犬のクオンは、盲導犬の卵になる子犬を育てるパピーウォーカーの夫婦の愛情を一心に受けて無事に成犬に成長して、今日はいよいよ盲導犬訓練センターへの引き取りの日だ。


 パピーウォーカーのボランティアを受け持った夫婦は、ゲージの中に入り、盲導犬育成センターの車に乗せられて去っていくクオンを感慨深く見送った。


 「しかし、クオンはよく壁にぶつかったよねえ。」


 「そこに私が居ると勘違いして、衣紋掛に尻尾降ったりね。」


 「この前、一緒に散歩した時には私と間違えて子供の持った風船に抱きついたりね!!

 あの時は、子供の風船割っちゃって大騒ぎになったよね。」


 「クオンは何と何を見間違えるのか、本当に解らなかったね。」


 「子犬時代にドジな犬が1人前の盲導犬に成長したってよく聞く話だけど、クオンちゃんは度が過ぎてたよね。」


 「盲導犬育成センターの車に乗る時にゲージ入るつもりが、ゲージの上に乗っかるし。

 係の人が失笑してたな。」


 「あのクオンちゃん。盲導犬になれるのかしら?」


 「薄々気付いてたんだけど、などクオンの奴、もしかしたら・・・」


 「えっ?まさかね?」


 


 そのまさかだった。



 「クオン!どっち見てるの?!」


 周りを周知しようと、キョロキョロと挙動不審になって見渡すクオンに、育成ハンドラーは話しかけた。


 しかしクオンは右往左往するだけで、あっちぶつかりこっちぶつかり。


 それどころか、合図は解るつもりが在らぬ方向へ歩き出す始末だった。


 「クオン。本当に君はやる気あるの?本当に盲導犬になる気あるの?」


 ハンドラーは、ウロウロするだけのクオンに遂に堪忍袋の緒が切れて思わず暴言を吐いてしまった。




 やる気あるの?・・・


 やる気あるの?・・・


 やる気あるの?・・・


 やる気あるの?・・・



 その暴言は、クオンを深く心にグサリと傷つけた。


 「ひどいや!ひどいや!ひどいや!ひどいや!」


 遂にクオンはハーネスを付けたまま、ハンドラーから逃げ出した。



 ドスン!!



 クオンは理由が解らず障害物に烈しくぶつかって、そのまま気絶してしまった。


   


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・



 「ここは・・・?」


 クオンは目を覚ました。 


 そして、クオンはムクッと起き上がり辺りをキョロキョロと見渡したとたん、何か目の前に異変が起きた事を感じた。

すに

 「なにこれ・・・?」


 突然、眼の前の景色がハッキリクッキリと鮮明に見えたのだ。


 「これって・・・ ?」


 クオンは窓から外を見た。


 「凄い!何これ?!外の風景ってこんなもんだったの?!」


 突然目が良くなったクオンは、余りの興奮にドタバタとゲージの中を走り回った。

 

 「うっせーぞドジ犬!」


 「ドジ犬安眠妨害だ!」


 「盲導犬落ちろドジ犬!」

 

 周囲のゲージの中のライバル犬達がキャンキャン一斉に吠えて、罵った。

   

 「みんなーー見えるよーー!!みんなこーんな顔だったんだ!!」


 「うっせぇー!何寝惚けた事言ってるんだドジ犬」


 キャン!キャン!キャン!キャン!



 「クオン号が夜寝てる間にこっそりと犬用眼鏡を付けてから、クオン号が生き生きとしてきたみたいだね。

 クオン号はやっぱり、近眼だったんだ。

 毎度歩くときに、クオン号には周りがボンヤリとしか見えなかったせいで見間違えたり、頓いて転倒したんだ。

 もう歩く時に頓いて倒れなくても大丈夫になってたんだねクオン号。

 もう、鮮明な世界でいきてもいいんだぜ?!」


 「クオン号には、盲導犬の素質がある。

 だから眼鏡を着用すれば、盲導犬としてやっていけると見たんだ。

 ちゃんと合格しろよ。クオン号。」

 

 「この特製犬用眼鏡は耐久性や耐水性に優れてるから、盲人の誘導は全天候大丈夫だよ。」


 盲導犬育成センターのスタッフ達は、犬用の眼鏡を着用したクオンを感慨深く見守った。


 

 クオンが犬用眼鏡を装着して挑んだ盲導犬試験は、スンナリと合格した。


 「やったじゃん!!眼鏡の盲導犬!!これで、晴れて盲導犬の1員だぞ!!

 只し、眼鏡着用でね。」


 

 眼鏡盲導犬のクオンのパートナーは、悟郎という平凡な会社員だ。


 失明とはいかないものの、歩くのも長い杖が必要な位視力が極端に低下していた。


 眼鏡装着の盲導犬には相応しいパートナーだった。


 「これから、僕の目になってくれよ。眼鏡の盲導犬さん。」


 悟郎は、クオンの頭を手探りで撫でた。


 「こちらからも、宜しく。」


 クオンは、眼鏡の目でサングラス姿のパートナーの悟郎を見上げた。


 「この人も眼鏡かけてるんだ。私とおなじだ。」



 こうして、半盲人の悟郎と眼鏡盲導犬のクオンの共同生活は始まった。


 クオンは眼鏡に映る障害物を避け、道筋を 辿ってパートナーの悟郎の『目』になって誘導した。


 「あっ!このワンちゃん眼鏡している!」


 「坊や!ワンちゃんを触らないで!ワンちゃんはお仕事中なのよ!!

 このワンちゃんはこの目の不自由な人の目に・・・

 あれ?この盲導犬眼鏡かけてる?!」



 眼鏡をかけた盲導犬。 



 周囲の視線は、その奇妙な佇まいに注目の的になっていた。



 眼鏡をかけた盲導犬。



 周囲は、色眼鏡でこの盲導犬を見ていた。


 

 眼鏡をかけた盲導犬。



 更に眼鏡の盲導犬を、色眼鏡で見られる人々を増やしたのはひょんなことからであった。




 「何ですか?この盲導犬は?!眼鏡かけてますねぇ!!」


 「可愛い!!とてもチャーミングな盲導犬ですねぇ?!ファッションでしょうか?!」



 街の防犯カメラが、たまたま悟郎とこの眼鏡の盲導犬を写していたがために、この映像がテレビ局に渡り朝のワイドショーで流されたのだ。


 その反響は遂にネットニュースになり、この『眼鏡の盲導犬』は、世間で1番有名な盲導犬になっていた。


 悟郎の知らぬ間に、無論眼鏡の盲導犬のクオンも知らずに、


 隠しカメラで撮られた『眼鏡の盲導犬』の写真で無断で写真集が発売されベストセラーになり、 


 『眼鏡の盲導犬』のグッズが飛ぶように売れ、


 『眼鏡の盲導犬』のクオンの存在自体が、色眼鏡で注目する他の人間によって勝手に大人気犬になってしまったのだ。



 そして、事件が起きた。



 「居た!!居ました!!眼鏡の盲導犬!!

 それでは行きましょう!!

 『眼鏡の盲導犬の素顔を見たい!!』」


 突然、建物の影からスマホをセルフィー棒で持った若者が飛び出して悟郎と眼鏡盲導犬のクオンの行く手を阻んできて、通せんぼうをしてしたのだ。


 「な、何するんですか!!」


 いきなりパートナーの盲導犬を掴んできたユーチューバーの若者に、悟郎は叫んだ。


 「盲人はすっこんでろ!!俺様はこの眼鏡の盲導犬の眼鏡を引っペ返して、この犬の素顔をネットで見ている眼鏡盲導犬ファンに見せ付けるんだ!!」



 ひゅん!



 一瞬だった。


 ユーチューバーの若者は、クオンの眼鏡を剥がしてとりあげてしまったのだ。


 「見えない!!見えない!!見えない!!返して!!私の眼鏡を返して!!」


 クオンは、若者の強奪した眼鏡を取り返そうと寄って集った。


 「やだよーーん!!それより、お前の素顔見せろ!!」


 「きゃいん!!きゃいん!!きゃいん!!きゃいん!!」


 ユーチューバーの若者はクオンの顔を力ずくでホールドして、スマホのカメラを押し付けた。



 ネット映像にアップされた、ユーチューバーの若者の暴挙。

 

 無論、この盲導犬への暴力行為映像は忽ち炎上した。


 眼鏡を失い、再び視力を失ったクオン。


 パートナーの悟郎へのダメージも大きかった。


 ゲージに塞ぎ込むクオン。


 「なあ、クオン号。また眼鏡付けるかい?」


 盲導犬育成センターのハンドラーは、クオンの頭を撫でながら言い聞かせた。


 「くうん。」


 「ねぇ、あの事件から君に全国から心配の声や労いの手紙がいっぱい来てるよ。

 パートナーの悟郎も、早く立ち直って早く自分の目になってくれって!!

 そして、君のファン達が無くした眼鏡を作り直すように寄付金がいっぱい届いてるんだけど。

 それを担保に、新たな眼鏡を作ったんだ。」



 あの事件から数カ月後。


 眼鏡盲導犬のクオンは、再び悟郎の目になって盲導犬をしていた。


 「クオンや。君は僕を運んでくれる。

 これからも、何時までも僕の目になってくれ。

 その、眼鏡をかけた目で・・・」

 




〜眼鏡の盲導犬〜


〜fin〜

 

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眼鏡の盲導犬 アほリ @ahori1970

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