白色の目が映すものは

椎名喜咲

本編

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


(……まただ)


 俺は布団にくるまり、その時が終わるのを待ち続けた。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 止まらないインターホン。身体は震えていた。あの扉の先にいる気配が恐ろしくて仕方なかった。

 僅かに顔を上げて、時刻を確認する。

 ――午前六時三十六分。

 毎日、この時刻になるとインターホンが鳴り始める。


  *


 始まりは引っ越して来てから三日後に起きた。朝の六時過ぎにインターホンが鳴った。おかしな話であった。この時間帯に誰かが来るのは不自然だった。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 規則的に鳴るインターホンに俺は寒気を覚えた。それが三分間、絶え間なく続いたら、

 それから、毎日、午前六時三十六分――後に判明した時刻――になった。

 一体何故、インターホンは鳴り続けているのか。あの先に何がいるのか。俺はわからなかった。一瞬、怪談の類ではないか、とも思った。それほど恐ろしくなっていた。

 さり気なく不動産に連絡を取ってみたりもした。ここは実は『事故物件』なのではないかと思ったからだ。しかし、不動産はこれを否定した。間違いなくそんなことはないとのことだった。

 そこで俺は土地の問題ではないかとも疑った。殆ど縁のなかった図書館に行き自分の住むアパートの周辺を調べた。――が、空振りだった。

 何も問題がない。

 しかし、インターホンは鳴り続ける。

 この不可解さに俺は困り果てていた。


  *


「――ねえ、浮気してるんでしょ?」


 俺の彼女はそう突きつけた。

 俺は慌てて否定する。そんなはずないと。しかし、彼女の視線は鋭いままだ。


「だったらなんで家に連れて行ってくれないの? 理由があるんでしょ?」


 彼女とは一年近くの付き合いだった。その間、俺は今のアパートに引っ越す前まで家に連れて行くこともあった。突然、家に誘わなくなった俺を怪しむのは当然のことだった。

 彼女は浮気を心の底から疑っているらしかった。たいへん不名誉な事態だ。俺は苦渋の決断の末、現状を告白した。

 この告白が想定外の反応を引き寄せた。


「つまり、オカルトってこと?」


 彼女の瞳に妖しい光が宿った――ように見えた。一年近くの付き合いがあったのに、俺は彼女がオカルト好きであったことを初めて知った。

 彼女はその状況を面白がった。むしろ家に行きたい欲求を強まる結果になった。

 最終的に彼女は俺の部屋に押しかけることになった。今夜、共に過ごすことになった。


  *


 お互いベッドで横になりながら彼女は例のインターホンについて考えていた。


「――六時三十六分ってのがポイントなんだと思うんだよ、俺は」


 俺の言葉に彼女は首をひねった。どうにも俺の考えに批判的だった。


「仮に人為的であった場合は関係するかもしれないね。――ほら、何かしらの恨みを買っている可能性だってあるし」

「は、はぁ? 俺が? んなこと覚えはねえよ」

「覚えはなくても、だよ。人はどんなときでも、自分の知らないところで恨みを買っているかもしれないんだから」


 彼女の言葉は真理だった。

 不貞腐れる俺を前に彼女は言い続ける。


「仮に人為的でなかった場合――」

「……つまり?」

「オカルト的だった場合、だね。そこに理屈なんてつくのかな?」


 俺は彼女の言葉にゾッとした。

 理屈が無いならば。俺は今とても理不尽な目に遭っているのではないか。偶然、それを受けているだけなのではないか。

 震える一夜を過ごし、翌六時過ぎになった。彼女は既に目を覚ましていた。どこか待ち遠しそうにしていた。

 そして、六時三十六分。

 ――ピンポーン。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン……

 連打するようにインターホンが鳴り続ける。彼女は僅かに目を見開き、俺に言った。


「何がいるのか確かめましょうよ」

「……おい、マジか」

「だって覗かなきゃわからないでしょ。いつまでもずっと同じままでいいの?」

「それは、そうだけど……」

「わたしが見るから」


 彼女は俺の静止の言葉も聞かず、扉に近づいていく。その間にもインターホンは鳴っていた。やがて、彼女はドアスコープを覗き。



 ピタリと、インターホンが鳴り止む。



 俺は息を呑んでいた。

 彼女の背中を見ている。彼女は動きを止めていた。


「おい、どうしたんだよ――……」


 俺は彼女に近づいていた。彼女は答えない。ドアスコープから離れようとしない。俺は彼女の肩を掴み引き剥がした。勢いよくドアスコープを覗いた。


「――うああああああああッ!」


 反射的にドアスコープから離れていた。

 心臓が鷲掴みにされたかのような衝撃。

 ドアスコープ先から見えたもの。それは。



 白い目だった。



 白色の目が、俺を見ていた。

 俺が覗かれていた。


「お、おい。これって――」


 俺は彼女の顔を見ようとする。情けなくも助けを呼んでいた。しかし、彼女を見た瞬間、俺は腰が抜けた。尻餅をついていた。

 彼女の目もまた、白色になっていた。俺を見下ろしていた。


「し、しろ……。な、なんで――」


 彼女は笑う。

 白色の目で。

 ふ、ふふ、ふふふふふふふふ――


 ふふふふふふふふふふふふふ……

 ふふふふふふふ

 ふふふ

 ふ

 ふふ

 ふ


 ふ


  *


 翌日、彼女が死んだ。

 自殺だった。自分の両目に指を突っ込んで死んでいたらしい。見るに絶えない姿であったと聴いている。

 あの日、俺が見たものはなんだったのか。白色の目は俺達を映していた。あれは人為的なものではなく、明らかにオカルト的なものだった。

 おそらく、意味はないのだ。

 理不尽に、俺は選ばれた。

 ただ俺は失敗した。

 あのインターホンに応えるべきではなかった。あの白色の目を見てはいけなかった。



 あの白色の目は、人を死に導くのではないか――……。



 それを見てしまった俺もいつか。

 いつか。

 自分の手が眼球に触れるのを感じている。

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白色の目が映すものは 椎名喜咲 @hakoyuto

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