第2話 攻苦色淡(コウクショクタン)

 魔法の実力が全てである【アルト=イルストゥール学園】で、その実力を最も示すことの出来る魔法試験に一度も参加することなく、ただ絵を描いているだけで評価され学園総合トップ7である【七傑】に居座り続けるという変わり者が多い学園でも異色中の異色な存在。


カイガ=ウタガワ。


 滅多に見ることが出来ないので、『出会ったものは食堂の限定パンが買える』や、逆に『出席番号となんら関係がない日なのに毎授業当てられてしまうという不幸が起きる』と噂されるほどだった。だが、それ以上の変わり者、いや、異常な存在であることをソウは、今日知った。


「血が、白い……?」


 右こめかみの傷跡をカイガが掻いているうちにどろりと血が零れた。

 だが、その色は白。はじめは膿か何かだとソウは思い直したが、スーッと筋を作り流れていくソレは膿だとは思えない。


 血だ。


 色という部分に目をつぶればそれは間違いなく血だった。


 ソウは自分の目がおかしくなったのかと袖でごしごしと擦り再びソウを見る。


「う、わっ!」


 目の前に真っ黒な髪とその隙間から見える白と黒の目玉。そして、そこに映る空色髪のソウ自身。一瞬で間を詰めじいっと見つめてくるカイガにソウは居心地の悪さを感じながら後ずさる。


「ふむ……イロイロ、だな」


 カイガはそう呟くと再び右のこめかみを掻きながらソウを見つめ続ける。

 ソウはその瞳から逃れようと視線を彷徨わせながらカイガの姿をチラチラと観察する。


 ソウも着用している学園指定の水色の制服ではなく、色々な絵の具で汚れた白いツナギで足元は革のサンダル、腰にはいくつもポケットのついた革のベルトが巻かれており筆とポーション瓶のような細長い瓶が刺さっていた。だが、ポーション瓶だがその中身は色とりどり。なんとか話題を変えようとソウは声を絞り出す。


「も、もしかして……それが絵に使われていた青かい?」


 昼時に遠慮なく差し込む陽の光を吸い込むような黒みがかった青色の液体が入った瓶を見つめるソウ。カイガは掻いていた手を止め、ギョロリと視線を青い瓶に向ける。

 そして、ソウの視線の先にあった青色の入った瓶を抜き出すと顔の横まで持ち上げ平淡な声で告げた。


「これは……コウカイの青だ」

「航海……確かに、広がりと深さを感じさせるような青だね」


 ソウにはよく分からなかった。ソウは絵や色に関する知識がない。だが、ここで下手を踏んで詰められたくはないと曖昧な返答で誤魔化す。


「ふは」


 何故かカイガは笑い、ソウは顔を顰める。土気色の顔から不気味なほど綺麗な白で浮かぶ歯が見える。


「……なんで、笑うのさ?」

「イロイロあってな」


 答えになっていない気もするが、質問からは外れていないカイガの言葉にソウは、仮面のような笑顔で応える。


「そっか、イロイロか。なるほどね。じゃあ、ボクは急いでいるから」

「腹が減っているのか。それだけ食べるんだ。さぞかし腹が減って仕方ないんだろうな。太らないのか?」


 ゆっくりと視線を下に向けたカイガの言葉が、ソウの両手いっぱいに抱えていたパンに向けてと気づくとソウは再び顔を真っ赤にさせ首をぶんぶんと横に振る。


「ち、ちがう! これはボクのじゃない! じゃなくて、これをボクは届けないと、アイツに……」

「おい! ソウ! 何をチンタラしてやがる!?」


 廊下に響き渡る声の主は、背後でにやつく数名の生徒を後ろに連れて現れる。苛立ちに満ちた紫の瞳を見せつけるように長い紫髪をかき上げソウを睨みつけていた。

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