第11話
星金宵は大変上機嫌だった。
何せ近々ニーアとの合同任務があるのだ。他のセフィラの連中ですらニーアとの合同任務を行うことは滅多に……というよりも宵が確認してる限りではセフィラ一同が会したあの南区の大侵攻を防いだ時だけだ。
ニーアが他者と任務を共にしない理由は多々あるが、最大の要因はあの固有魔法……確か邪悪殺しの聖光──いや、滅亡光だったか? 兎も角、彼の固有魔法が強く関係している。出力だけで見れば本来のアレは世界を焼き尽くすほどの代物だ。
当然そんな代物が他の存在に害がないわけが無い。今でこそニーアの類まれなる精神力により抑え込まれているものの、今も尚他者に与える影響力は甚大だ。故にニーアは誰かと共に合同で任務をこなすことは滅多にない。本人気質も相まって一人でやる方が性に合っているというのもあるのだろうが。
そんなニーアが他の誰でもないこの『宵』を頼ってきたのだ。しかも一緒に任務を遂行してほしいと! カーッ、まいったね。格付けが完了しちゃったと言うやつだ。このことを知れば他のセフィラのやつは勿論、お姉ちゃんも白目を向いて泡吹いてぶっ倒れるだろう。
いやあ、宵がさいつよ過ぎてすまない!
正直な話、西区に出向命令が出た時はあのヘタレ……姉をぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、今ならば海よりも広い心で許してやろう。大方自分とニーアの距離が近いため、焦って引き離そうと画策したのだろう。
だがまあ無駄である。
恐らくは此方が本気を出すことはないと考えてのことなのだろうが、ニーアと離れるくらいなら少しだけと言えど本気を出すのも吝かではないのだ。
というよりも同じ立場になったのならどうせ同じことするだろうに。それほどまでに自分は面倒くさがり屋だとでも思われているのだろうか?
……まあ、実際その通りなのだが。
「はんはんふ〜」
鼻歌を歌いながら気分よくセフィラ・フラグメントの本拠地へと向かう。何せ今日はニーアとの西区に向かう為の準備をする日だ。任務に向かう為の装備に資材を準備する為に買い物に行く可能性とであろう。そしてニーアのことだからきっと食事なんかに連れて行ってくれるだろう。
つまり! これは最早デートと言っても過言ではないのだ!
ふーっふっふ、この事実をお姉ちゃんに叩き付けてやれば脳を粉々にして暫く横になること間違いなしだ。
この宵が! ニーアにとっての! ナンバーワン!
「ん、あっちっぽい」
愛しいニーアの気配を本拠地内にある訓練場から感じる。近くに知らない気配もあるが、恐らくは宵が覚えていないだけでセフィラに仕える職員の誰かが彼の鍛錬のサポートとして近くにいるだけだろう。
ふぅむ、鍛錬してるみたいだし、此処は一つ宵がタオルとか飲み物とかタオルとかタオルとか持って行ってあげよう。
別に疚しい意味は無い。だってほら、鍛錬してるってことは汗を沢山掻いているだろうし、汗を吹くためのタオルは必要だろう。
うむうむ、出来る宵はいつも脳破壊されて横になってるお姉ちゃんとは違うのだ。
「吸水性抜群のタオルに……飲み物は……まあ、これでいいかな」
無造作に捻じ曲げた空間の中に手を突っ込んで宵の自室に置いてあるタオルと飲み物を取り出す。それを両手に抱えてスキップでもしてしまいそうな位上機嫌な様子で訓練場へと向かう。
「やっほ、ニーア。差し入れ持ってきた……よ……?」
ルンルン気分で訓練場内に入った宵がそこで見たのは──
「踏み込みが甘い」
「はっ、はい!」
「攻撃に対して必要以上に恐れ過ぎだ。これくらいの攻撃ならばお前でも見切れるはずだ。ギリギリを見極めて避けてみせろ。そして攻撃に繋げ」
「は、はいぃぃ〜!」
「遠慮はするな。殺す気で──いや、全力でこい」
──見たこともない魔法少女と模擬戦をしているニーアの姿だった。
魔装を身に纏い魔法少女の姿になった少女が魔装を展開していないニーアに接近して杖を振るうが、まるで攻撃が通り抜けたのではないかと錯覚するほどの必要最低限の動作だけで避けたニーアが少女の掴み取り、少女を投げ飛ばして魔装を奪い取る。
「あっ」
「魔装が奪われた程度で動きを止めるな。お前には既に格闘術も教えこんでいる。それを駆使して抗え、そして魔装を奪い返せ」
「ひ、ひぃん……!」
まるで体の一部のように少女から奪い取った杖型の魔装を風切り音を鳴らしながら振り回し、少女の方へと急接近して攻撃を仕掛ける。それに対して少女は泣き言を漏らしながらも未だ拙い体捌きで躱し、生じた隙を付いて蹴りを叩き込む──が。
「ふむ、まだまだ荒い部分は多いが上達したな」
「あ──」
「少し休憩を挟もうか」
確かに隙を付いて放たれた蹴りはあっさりと受け止められ、彼女の額へとニーアの指が向けられた。
「あいたぁっ!?」
バチィンと何とも子気味のいい音を響かせるデコピンが少女の額に打ち込まれてその痛みに悶絶する。
「ほら、立てるか?」
訓練場に敷き詰められている芝生に倒れ込んだ少女に手を差し伸べるニーアの姿を見た宵は──
「うごッ……」
少女がニーアから食らったデコピンとは比較にならない程の衝撃が脳に走っていた。
──よ、宵だってあんな羨ましいことされた事ないのにィッ!!!!
ず、ずるいっ! あんなこと宵の時にはしてくれなかったのに! ……い、いや、宵の場合は修行というより手合わせだったってこともあるだろうけど……それでもずるい!
宵だってニーアにデコピンされたかった! 倒れた宵に手を差し伸べて欲しかった!
……まあ、宵はつよつよだからニーアとの模擬戦でもあんな一方的にやられる事とかないけど。宵がつよつよなのが逆に仇になると思いもしなかったッ……!
し、しかぁし! これ以上あの子に羨ま……けしから……いい思いはさせん! これ以上のご褒美は宵が阻止する──!
「うぅ〜、頭がぐわんぐわんして立てませぇん……」
「む、そんなに強く叩いたつもりはないのだが……仕方がないな、少し抱えるぞ」
「うひゃっ!?」
訓練場の入口の扉の影から飛び出そうとした瞬間、宵の目に映ったのは自分の目を抉り出したくなるような光景だった。
「ぴっ」
本日二度目の衝撃が脳に走る。しかも一回目とは比較にならないほどの強烈な衝撃だった。
あのニーアが少女をお姫様抱っこして移動している。
最早これはずるいとか羨ましいとかそんな次元の話ではない。あんなことお姉ちゃんは勿論、セフィラの誰もされたことは無いだろう。やってたら絶対自慢しまくるだろうし。
つまりあの少女はニーアの初めてのお姫様抱っこを味わっているということになる。
アカン、嫉妬で脳と気が狂う。
あ、ありえない……宵は究極無敵の最かわさいつよヒロインのはず……! これでは、これでは……ただの──
「ま、負けヒロイン……」
その事実を認識した瞬間、宵の脳内にガラガラという何かが崩れ落ちる音が鳴り響く。今立っている地面すらも崩れ落ちてしまったかのように膝を着き、手に持っていたタオルやら飲み物も地面へと落としてしまう。
そして──
「……ふぅ」
小さく息を吐いて訓練場の入口付近で汚れることも気にせず横になるとそのまま意識がブラックアウトした。
宵は耐えられなかったのだ。この何とも受け入れ難い現実を。
意識が消えていく宵に最後に聞こえたのは此方に向けて誰かが近寄ってくるような足音だった。
「む、宵か? またこんな所で寝て……仕方がないな」
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