第10話


「それで……西区であった事について聞いてもいいか?」


「うんいいよー? 何から聞きたい?」


 アルバが武器のメンテナンスを終わらせるまでの間、俺達は応接室に場所を移してそこで宵と西区についての情報共有をしようとしていた。


「そうだな……まず彼処の悪鬼達の様子はどうだった?」


「相変わらず。北区、東区、南区と比べても強い個体が多いし、数も多い。まあ、宵からしてみれば全部誤差みたいなものだけど」


「……共食い、などをしている様子はないか?」


「共食い? うーん……」


 そう聞くと宵は顎に手をやって思案する。


 明から聞いた悪鬼達の蠱毒による階位の引き上げ。詳しいことはまだ聞けていないが、蠱毒という儀式の内容からして確実に共食いはしているはずだ。


 悪鬼という毒を互いに食らわせ続け、毒の濃度を引き上げる。


 西区の悪鬼達が強いのもそれが関係しているのではないかとニーアは考えている。


「血の痕跡はなかった。魔力の残滓は少しあったかも。それに共食い……丸呑み、いや同化してる? 悪鬼の吸収方法ってどうだったかな……うむむ」


 頭を悩ます宵を眺めつつ、今後の西区についての事を考える。今までは悪鬼達の発生源について調べていたが、今度は何故あそこまで強力な悪鬼達が現れるのかを考えた方がいいのかもしれない。


 仮に共食いによる進化をしているというなら──放っておくだけで大惨事に繋がりかねない。今までは悪鬼達は同士討ちをしないという考えの下動いていたが、それは明の報告によって否定された。


 共食いによる進化、西区の特異な悪鬼達の出現率。これらが組み合わされば悪魔は勿論、最上位種である魔神ですら生まれる可能性が出てくる。それを防ぐ為には西区全域の悪鬼達を定期的に掃討する必要が出てくるだろう。


「む、むむ、むむむ……」


「宵」


「ん、なぁに?」


「少しお願いをしたいのだが──」


「えっ!! ニーアが宵にお願い!? いいよいいよ! 何でも言って!」


「あ、ああ。近いうちに西区の調査に赴くつもりだ。今までは発生源ばかり気にしていたが、悪鬼達の強さについて調べたい。それこそ共食いの可能性やその他の可能性について調べるつもりだ。だが、そのだな……俺は……」


「あー、そうだね。ニーアは警戒されてるから」


 此処にきてまさか悪鬼達を鏖殺し続けた弊害が出てくるとは思わなんだ。俺が直接赴いて調べようにも悪鬼達が俺を感知した時点で逃げ出すのだ。これも西区特有な事であることも気になるが、悪鬼達が逃げ出す以上、俺が悪鬼を捕まえて調べるのは非常に非効率的なことこの上ない。


 逃げる悪鬼に追いつけない訳では無いが、それなりの数のサンプルはどうしてもいるだろう。故に俺ではほとんど力になることが出来ない。


「そこで、だ。宵、お前さえ良ければ今度俺と一緒に西区に行ってくれないか?」


「行く、絶対行く。何があっても絶対行く」


「お、おぉ……そうか。そう言ってくれてとても助かる。西区の調査が終わった暁には俺からも何かお礼をさせてくれ」


「うん、楽しみにしてるね」


 それからは宵と共にお互いの仕事のスケジュールなどを見直しながら西区への合同調査について計画を煮つめていった。そうして時間が経ちある程度の計画が煮詰まってきたところで宵がふとニーアに気になっていたことを尋ねた。


「そう言えばニーアの方では何か変わったこととかなかったの?」


「変わったことか?」


「うん、宵がいない間に何かあったのかなーって」


「ふむ……」


 変わったこと……ああ、そういえばまだ明以外には誰にも教えていなかったな。丁度いい、暁光についての話も通しておこう。いずれあの子には全てのセフィラと会わせる予定なのだ。この機会に宵にも会ってもらうのもいいかもしれんな。


「実はだな、最近弟子が出来てその子を鍛えている」


「えっ」


「暁光という魔法少女でな。希少な回復魔法の使い手な事と俺と同様に光の魔法を扱える事もあって何かと目を掛けさせてもらっている」


「えっ、えっ? で、弟子? その、暁光がニーアに弟子入りをお願いして……?」


 いやいや、そうだろう。だってあのニーアである。他者と明確に線引きしてる節が見受けられるニーアだ。弟子にしてくださいと懇願されて承諾したのだとしても驚愕ものだが、まあ一応は納得出来る。ニーアは魔法少女達の願いをあまり無碍にしたくないところがあるのだから。


 だから、うん。相手から弟子入りを志願したに決まって──


「いや俺からスカウトさせてもらった」


「は?」


 その言葉を聞いた瞬間、星金宵の全身に衝撃が走った。


 何だ、それは……。


「あちらに取ってはいい迷惑かもしれんが、光の魔法を扱う者同士何か教えられるものがあると思ってな。それに少々あの子は悪鬼を引き寄せやすい。その自衛のためにも鍛えさせてもらっている」


「……あはー、そっかそっかぁ」


 ゆ、許せるかそんなもの!!!!


 そこは宵のポジションだぞ!? ニーアに構ってもらうのはこの宵! ポッと出のメスガキに最高のポジションを盗られて堪るかっ!!


 宵だってそんな羨ましいことしてもらってないんだぞ! マンツーマンで教えてくれることなんて滅多にないのにそのメスガキは常日頃やってるってことなんだろう?


 許せないねぇ……! 


 うぎぎ、本当なら今すぐ取りやめさせたいけどニーアが自ら弟子にした以上はどうやっても無理だろう。誰だこんな羨ましいことを許可した馬鹿は。


 こっちはつい最近まで西区に出向させられていたせいでニーアに構ってもらえなかったというのに、そのメスガキは宵のいない隙に存分に構ってもらったのだろう。しかも弟子だなんてそんな羨ましいポジションをゲットするなんてぇ……! 


 今度その暁光というメスガキにあったらどちらが上か、宵が直々に示してやる必要があるだろう。


 ふふん、何せこっちはニーアと何回も警邏に行っているというアドバンテージがあるのだ。如何に弟子とはいえ流石にそこまでのことは許してもらえていないだろう。


 つまりは宵が上なのは確定的に明らかなのだ。


「ニーア、今度宵に暁光を会わせてくれる?」


「ああ、無論だ。むしろ此方も紹介せねばと思っていたところだ」


 待ってろよ、暁光め。宵とニーアがどれほど親密な関係にあるのか分からせてやるからな……! 


 ああ、それにしたってムカつく。凄くイライラする。これはニーアに宵が満足するまで構ってもらうことでしか解消出来ない。


 よ、よし。宵は経験豊富なレディで何処ぞのポンコツとは違って素直なのだ。だから言える。絶対言える。きっと言える。多分言えるはず。


 言葉に出すのは簡単なはずだ。


 今度一緒に遊ぼって言うくらいなんてことのない。ほ、ほらだってニーアも今度お礼してくれるって言ってたし? だから一緒に遊ぶというお願いくらい聞いてくれるはずだ。ここでニーアとその、デ、デートして更にリードするのだ。宵はあのヘタレ意気地無しですぐ横になるようなポンコツとは違うのだ。


「ニ、ニーア。あのね──」


 決心して口を開いた瞬間。


「やあ、お二方。待たせてしまってすまないね。武器のメンテナンスが終わったぜ」


 随分と服がはだけてボロボロだが、とても満足したような表情を浮かべたアルバが二人の武器を持って部屋の中に入ってきた。


「メタトロン、君の武器だがこれまでよりも耐久性、耐火性どちらも大きく強化しておいた。幸い最近耐火性に優れた悪魔の素材をカマエルの奴が持ってきてくれててね。それを君の武装に組み込ませてもらった。重量が増したことで多少の違和感があるだろうが、君ならその程度補正なんて訳ないだろ?」


「ふむ……」


 アルバから武器を受け取ったニーアは軽く動かして確かめる。


「これなら許容範囲内だな。いつも助かる」


「どういたしまして。お礼をするならこれからも沢山の悪鬼達の素材を持ってきてくれ」


 武器の具合を確かめたニーアは次に武器に己の魔法を流し、光へと変化させる。その光は彼の体の中へと吸い込まれる。


「これも問題なし」


 そしてまた光を収束させて先程の武器を実体化させると鞘に納めた。


「ふぅん、相変わらず興味深い事象だ。それについても詳しく調べてみたいが……まずはお姫様の武器を返上しよう」


 アルバは次に宵の方へと向き直り、彼女の身の丈を超える大剣を手渡そうとして彼女の瞳孔がかっ開いた状態で此方を睨んでいることに気がついた。


「スゥ──おっとぉ? これはもしかして最悪のタイミングだったかな?」


 誰にも気が付かれないほどの小さな声を漏らしながらも宵の前に大剣を差し出す。


「貴女の武器にはこれといった破損は確認出来なかったので武器の研磨だけしておきました。以前よりも切れるようになったかと」


「ふーん、そっかそっか。ありがとー後で試し斬りでもして確かめてみるね」


「フフ……」


 まっずい、バチバチにブチ切れてるなぁ。口調も柔らかいし、表情だっていつもと変わらない。けれど瞳孔だけ開いたまま此方を睨み付けている。それが余計に恐ろしい。


 滅されることはないかと思うが……まあ、それなりのことは覚悟した方がいいかもしれないだろう。


「さて、俺はそろそろ戻る。……ああ、そうだアルバ、お前が言っていた伝えたい事とは結局何だったんだ?」


「西区のことさ。ただ西区帰りのお姫様の方が詳しいだろうから、についてお姫様に聞いてくれ」


「ああ、それか。なら既に情報は共有済みだ。……ではな、武器のメンテナンスは助かった」


「宵は少しアルバと話したいことがあるから残るねー。西区についてはまた後で話そうね」


 わあ、すっごい笑顔。変身が得意な悪鬼だってあんな綺麗な変わり身は出来やしないだろう。


「む、そうか。ならまた後でな」


 そう言って鞘に納めた剣を腰に下げると彼は応接室から出ていった。恐らくは武器を手に馴染ませるために鍛錬でもするのだろうかと現実逃避をしていた。


 そしてバタンと扉が閉じられると恐ろしい目をしたお姫様が此方を睨んできた。心なしか部屋の気温も下がったような気もする。


「アルバ、お話」


 その瞬間、応接室全体に魔法が仕掛けられた。内容からして……衝撃吸収、防音、再生辺りか。これは随分と激しいものになりそうだ。


「フフ、折檻かい? なら激しめでお願いしようかな。オレのマゾヒズムを満たしてくれると──」


 その直後、応接室の中にとても情けない悲鳴が響いた。

 

────────────────────


週間総合、週間異世界ファンタジーランキングのどちらにも100位以内に入ってました。応援してくれている皆様おかげです。

これからも☆☆☆評価、♡応援のほどよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る