第9話


 第七研究機関──人類が保有している研究機関の中で唯一セフィラ・フラグメント直属の研究機関である。


 主な研究内容は悪鬼や悪魔の解析、並びに彼等の特性を魔装に組み込む技術研究だ。


 魔装は魔法少女や魔装適合者にとっての生命線だ。


 肉体保護、肉体強化は勿論のこと精神防壁や対悪鬼特攻兵装としての能力を保有している。故に悪鬼の討伐をするにあたってこれが無ければ始まらない。


 そしてその魔装の強化が魔法少女や魔装適合者達の命綱となるのだ。


 当然の事ながら世界はそれの強化に躍起になっていた。が、魔装はブラックボックスの塊なのだ。


 何故これが若い女性ばかりに適合するのか、何故男性は拒絶反応が起きるのか、何故男性でありながらも魔装に適合することが出来る者達がいるのか。


 それは今でも分かっていない。


 そもそも魔装について十分な研究が出来るようになったのはここ数年前からだ。今までは悪鬼と人類とのパワーバランスがあまりにも悪鬼側に傾いており、研究に割けるほどの余力がなかったのだ。


 初期の魔装は今の物と比べるとあまりにも貧弱で尚且つ暴走の危険性もあり、魔法少女や魔装適合者達の殉職率は現在の数十倍もあっただろう。


 その為、魔法少女や魔装適合者がどれだけいても全く足りず、旧世界に存在していた国々という概念は消え失せ、世界は統一国家として存在することで人類はか細く命を繋いできたのだ。


 悪鬼の被害が最も酷かった頃は中央区を除いた殆どの区画が甚大な被害を出しており、数十年先には人類は滅んでいるだろうと見解を出している者もいたほど世界は終末へと転がり落ちていた。


 だが、それはとある英雄の台頭とそれに続くように現れた九人の守護者が現れたことにより人類は悪鬼に対して攻勢を仕掛ける事が出来たのだ。


 その結果、人類は生存圏を大幅に取り戻し、鹵獲した悪鬼や悪魔などを解析して魔装や日常生活に技術転用が出来るようになったことで今の生活を送れるようになったのだ。


 そしてその英雄こそが──


「やあ、メタトロン。首を長くしてお待ちしてたぜ」


 ──ニーア・アルフォスという魔装適合者だった。


「アルバ、早速で悪いが武器のメンテナンスを頼む。それと……此奴は前に狩った悪魔の素材だ。手土産代わりにはなるだろう」


「おいおい、オレと君の仲だろ? そんな気を使わなくても結構さ。それに君の武器のメンテナンスはオレの個人的な趣味も多分に混じってる。とは言え、彼奴らの素材は貰えるに越したことはないから貰うがね。……さて、久しぶりの再会に話したいことも多々あるから続きはオレの部屋でヤろうじゃないか」


 ニーアがアルバと呼んだ男──彼こそがこの第七研究機関の所長であるアルバ・ブルズであり、世界で最も魔装について詳しい研究者であり……


「……」


「おいおい、本当に嫌そうな顔をするな? 今からオレの被虐心を満たしてくれるってのかい? フフ、公衆の面前でSMプレイに興じるなんてとんだ好き者だ──おおっと、流石に冗談だ! 冗談だからその固有魔法を抑えてくれよ」


 生粋のド変態である。


「お前と二人きりにはなりたくないのだが」


「酷いな、オレだって傷付くことだってあるんだぜ」


「抜かせ。それすら快感にする変態だろうが」


「……フフ、いいねその目。物凄く興奮するよ」


 軽薄に笑うアルバにニーアはどうしようもないものを見るような蔑んだ瞳を向けるが、それを受けたアルバは快感から身を震わせていた。


 それを見たニーアは特大のため息を吐いた。


 此奴はいつもこうなのだ。能力だけで見れば優秀な事この上ない。今の人類には彼が必要不可欠だ。己のようにただただ殺して回る存在ではなく、0を1に作り替え、1を100に昇華させられる素晴らしい存在だ。その致命的な性格を除けばだが。


 胸の疼きはないとは言え、時々とんでもないセクハラ発言を飛ばしてくるので〆るかとも思うが、それをやったところで彼奴は確実に悦ぶ。


 あれは本当にどうしようもない。見た目はなまじ最高の部類な為により酷い。


「……はあ、まあいい。それで、報告したいのはそれだけではないのだろう?」


「流石に分かるかい?」


「お前がオレを直接出迎えるとなるとな」


「フフ、まあ君に伝えたい事が半分。もう半分は詰ってくれる期待半分だったんだがね」


「……」


 此奴は、本当に。


「……っと、これ以上巫山戯ていると本当に怒られてしまいそうだ。それじゃあこっちに来てくれ。ああ、そうだ。君専用の魔装もちゃんと持ってきてるだろ?」


「勿論だ」


「なら良し。月に一度の手入れといこう」


 アルバは上機嫌に鼻歌を歌いながら、所長室へと足を運ぶ。それを非常に嫌そうにしながらもニーアは渋々といった様子で付いて行った。

 

 所長室に到着したニーアは早速と言わんばかりに己の魔装である何の装飾もない無骨な直剣をアルバに渡した。


「ほぉ……此奴は随分と使い潰したもんだな」


 魔装は戦いに用いるだけあって非常に頑丈に造られている。それこそ悪鬼や悪魔の攻撃ですら難なく受けきれるほどだ。


 だが、ニーアの使う魔装はパッと見ただけでもかなりの細かい傷が散見できる。そして何よりも負荷がかかっているのが魔装の内部構造だろう。


 魔装に追加された機能として自動修復能力というのがあり、時間経過により修復される為普通の魔法少女や魔装適合者達は頻繁にメンテナンスに出さずとも一年に一回メンテナンスを受ければ十分なくらいである。


 だが、ニーアの魔装は固有魔法と異常極まる戦闘回数により自動修復機能がまったく追いついていない。それによりニーアは魔装のメンテナンスを一ヶ月おきにはしていた。


「あーあ、一番頑丈に造ったというのにぶっ壊れる寸前じゃないか。内側の一部が崩壊もしてるしな。これでもまだお前の固有魔法に耐えきれないとはね」


「すまんな。やはり手荒に扱っているからだろう」


「いいや、謝るのはこっちの方だ。担い手の力に負ける魔装を造ったオレの落ち度だ」


 アルバはそう言いながら魔装を瞬く間に分解すると崩壊している部分を慎重に取り除いていく。


 ニーアの魔装の破損部位の殆どは彼の固有魔法によるものだ。それ故に慎重に扱わねばならない。


 一歩間違えたら残留した固有魔法の光が解放されて、様々な機材のあるこの研究所で青い光が室内を満たすことになる。


 そうなった場合の被害損額は……想像するだけで胃が破裂してしまいそうだ。実際、ニーアの魔装を初めて触った研究員が暴発させたせいで一度機械のほとんどがお釈迦になった事もあるのだ。


 あの悲劇は二度と繰り返してはならないと第七研究機関では鉄の掟になっている。故に最も被害を軽微に抑えられるように所長であるアルバがこの研究所の中で一番頑丈な所長室で整備をしているのだ。


 最悪暴発してもアルバが保有する最新設備が全て消し飛んで向こう一週間は不貞寝するだけで済む。


「あぁ、そうそう。伝え忘れていたが此方にお姫様がやってくるらしい」


「……何? 宵の奴がか?」


「ああ、あのお姫様はどうやら西区の連中を早々に壊滅させたらしい。凄まじいものだねぇ、流石は君に匹敵する力を持っていると言われているだけはある」


 まさか西区であの塵屑共を見ない日が来るとはねぇなどとそんなことを言いながら取り除いた破損部位を専用の保管箱に入れるアルバを他所にニーアは一人考え込んでいた。


 西区──彼処は悪鬼や悪魔達の巣窟だ。どういう理由かは不明だが、強力な個体ほど西区で発生している。ゲームで例えるならラストダンジョンに出てくるような敵、とでも言えばいいのだろうか。


 自分も彼処には定期的に顔を出して滅却しに行っていたが、最近では掃討しに行っても顔を覚えられたのかそもそも遭遇しない。西区に踏み入った瞬間に蜘蛛の子を散らすように逃げ出すものだから手をこまねいているのだ。


 そこで西区を一人で担当しても大丈夫だと明も太鼓判を押している少女……セフィラの十番目、王国サンダルフォンに冠している明の妹である星金宵が掃討の任務に付いたのだ。


 それが確か一ヶ月ほど前であったが、もう掃討を完了したのか。凄まじいものだ。原作でもとても強かったのは知っていたし、実際に手合わせなどもして彼女の実力を知っていたつもりだが、それでもこの速度で終わらせるのは予想していなかった。


「アルバ、宵はいつに来る?」


「あのお姫様かい? それこそ今すぐにでも来るんじゃないか? 何せ彼女は此処に君がいると知っている──ああ、ほらもう来たぜ」


 所長室の備え付けられた扉が壊れるほどの勢いで開かれる。そこにいたのは身の丈以上の巨大な大剣を担いだ日没直後の神秘的な空を想起させる髪色の少女──セフィラの十番目、星金宵だった。


「やっほ、ニーア。宵、頑張って終わらせてきたよ。だからその分いっぱい構って」


 そして彼女はニーアを視認した瞬間、瞬間移動も斯くやといわんばかりの速度で彼に張り付いた。


「西区に蔓延ってた悪鬼とか悪魔を全部滅却してきたよ。宵、とても偉い。褒めていいよ」


「それは構わないが……随分と速かったな」


 彼女を労わるように接しているとふんふん、と鼻歌でも歌い出しそうなくらいに上機嫌な様子だった。


「お……姉ちゃんだけずっとニーアと一緒なのは狡い。ので、ちょっと本気出して頑張った。おかげで今の西区はかなり安全」


「そうか、それはとても助かるな」


「むふ、宵はさいつよなのでニーアももっと頼っていいよ」


「ああ、その時が来たら存分に頼らせてもらおう」


「うん……あ、そうだ。アルバ、宵の武器のメンテナンスもお願い」


 宵は担いでいた大剣を無造作にアルバへと投げ渡す。その大剣をアルバはいとも容易く受け止めると軽くため息を吐いた。


「はいはい……とは言ってももう少し丁寧に扱って欲しいものなんですがね」


「別にその程度で壊れるほどヤワな造りにはしていないでしょ? それに宵だって壊れない程度には優しく扱ってるよ」


「……ごもっともで。それじゃオレは修理をしてくるよ。その間、二人で適当な場所でくつろいでいてくれ。終わったらそっちに持っていく」


「ん、分かった。ほら、ニーアもいこー?」


「あ、ああ。それじゃあアルバ、あとは頼んだ」


 一緒に所長室から出ていこうとする宵にぐいぐいと体を押されて退出しながらもアルバに向けて頼むと彼は手をひらひらと振って請け負った。

 そして所長室の扉が閉まる直前──アルバの脳内に彼女の声が響いた。


『分かってると思うけど、宵の武器に変なことしないでね』


 先程までの少女らしい声とは真逆の酷く冷めた冷徹な声が響く。それに対してアルバ軽く笑った。


「フフ、勿論ですともお姫様。それに……貴方の武器にはあんまりソソられないのでね」



 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪



 彼等が部屋から退出したのを確認した後、アルバは非常に上機嫌そうに笑っていた。


「いやはや、本当に凄まじいな。今まで世界に存在してきた特異点は観測してきたがメタトロンは別格だ」


 ニーア・アルフォス。


 世界の特異点であり、正真正銘のぶっちぎりでイカれた男。そしてたった一人で世界の行く末を変えてしまった怪物。


「特異点の役割は大渦を巻き起こす小石だ。だが、彼奴は渦そのもの。あれが関わってきた時点で必ず巻き込まれる。フフ、陛下が気に入るわけだ」


 本来ならばこの世界は今頃終末に両足突っ込んでいただろう。悪鬼や悪魔が我が物顔で街中を蔓延り、残された人間は見つからぬように身を寄せあって隠れていたはずだ。


 対抗手段である魔法少女も今より遥かに脆弱で食料でさえ満足に賄えず、人類は緩やかに死に絶えるはずだった。


 そうならなかったのは偏に特異点がいたからだ。


「まあ仕方ない。永き時を生きるオレ達にとって彼奴は存在自体が麻薬だからな。見てるだけで面白いなんて反則だろ」


 やることなすこと全てが異常。全てが未知。


「まあそれでも神魔の殆どが人類側に付いたのはどうかと思うが……」


 七十二の魔神の大本となった神魔。生まれながらにして超越者たる彼等はかつて世界の理にすら手を伸ばすことが出来、もしも真体の状態で力を振るおうものなら世界が崩壊しかねないほどの力を有していた。斯くも今の世界ではそんな権能なんて振るう力も残っていないのだが。しかし、そんな奴らが揃いも揃って態々仮初の器を用意してまで人類側に付いたのだ。


 どれだけ特異点に関わりたいんだよと思わなくもないが、それを言った所でお前に言われたくないと言われるだろう。


「フフ、やはり飽きないな。出来ることなら手元に置いておきたいが……陛下とお姫様が怖い怖い。執着心が強いにも程がある」


 いくら何でも入れ込み過ぎだろうとは思う。


 オレもかなり彼に入れ込んでいる自覚はあるが、陛下達ほどではない。正直、陛下は入れ込みすぎてオレから見てもドン引きものだ。そんなこと言ったら消されるから言わないけど。


 とは言え神魔は良くも悪くも欲望に素直だ。


 陛下が怖いからなどと言う理由で関わらない奴は神魔にはいないだろう。そもそもそんな理由で諦められるのならば神魔として生まれてきていない。


「ま、ちょっかいくらいは掛けても許されるだろ。独り占めなんてずるいずるい」


 これからも神魔は彼奴に絶対にちょっかいかけまくるだろう。人付き合いもクソもない自分本位で生きるような奴らだからな。


 特異点が死ぬまで──いや、死んだ後もどうにかして関わろうとしてくるだろう。そもそも陛下が死ぬことを許すかも分からないが。


 ま、それは神魔を味方につけた代償ということで。


「さて、それじゃあお楽しみの時間といこう」


 月に一度のお楽しみだ。こればっかりは特異点が来た時でないと味わえない代物だからな。


 先程専用の保管箱に保管した彼の固有魔法が残留している破片を慎重に取り出す。


 そして──


「ハアァァ────! 最高だァッ!」


 ──自分の下腹部に思いっきり押し付けた。


 瞬間、焼けた鉄を押し当てたような音ともに大量の煙が吹き上がる。残留している固有魔法の熱と光による毒素がアルバの肉体組織を破壊しているのだ。いくら残留した程度の残滓しか残っていないとはいえ、仮にもあの特異点の力の残滓。


 その痛みは本人が味わっているものに比べれば足元にも及ばないだろうが、それでも常人ならばのたうち回るほどの痛みだ。


 ……痛みなのだが。


「ああ、良いね。最高だ。肉が焼かれるこの感覚、体の奥底まで響くこの重さ。どれをとっても最高のものだ。それに前よりも力が強くなってるなぁ。また成長してるってことか」


 当の本人は恍惚とした表情を浮かべていた。


 アルバ・ブルズ。


 魔装開発の第一人者であり、魔装に関する技術ならば右に出る者はいないとされる稀代の大天才。しかしそれはあくまで仮の姿。


 本来の名は──バアル・ゼブル。


 悠久の時を生きる生まれながらの超越者たる神魔であり……特異点の光に盛大に巻き込まれた挙句、性癖が事故ったド変態であり──


「ふぅ、最高の時間だった。今度は粉末状にして鼻から吸って粘膜摂取で楽しんでみるとしよう。……スゥ──ヴェッ! マズイ噎せ──ゲホッ、ヴォッホ! やっべ、呼吸器が焼かれ──ヴェヘェーッ!」


 救いようのない馬鹿天才である。


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