第8話



 セフィラ・フラグメント本拠地に存在する治療室。そこで明がニーアに対して治療を施していた。


「お前にはいつも世話になるな」


「んー? 別に構わないよ。他ならぬ君ならね」


 焼き焦げた拳の時間を遡行するように元の状態へと修復していく。それと同時にいまだに俺の身体を蝕む固有魔法による毒素を慎重に取り除き、内部組織の治癒を促進させる。


 この世界において他者を治す魔法は非常に貴重だ。使える者の絶対数が少ないというのも理由の一つだが、治癒能力の促進ではなく、修復となると力の加減も必要だが人体について理解も必要とすることが多い。


 人体の理解が深くなければ見た目だけしか治せていないということがある。時折そういったものを全く知らずとも他者を癒せる者──暁光のような魔法少女もいるが、そんなものは片手で数える程度しかいない。


 故に人体を修復するほどの回復魔法を操れる者は貴重なのだ。


 そしてその貴重な者の内の一人が室長である明であり、加えて固有魔法という特殊な力による毒素を取り除けるものとなると彼女しかいないのである。


「はい終わり。どう? 違和感とかあるかな?」


 俺には理解出来ぬほどの高度かつ複雑極まりない多重の魔法陣が消えると治療が施されていた拳は焼け焦げていたとは思えないほど跡も残らず綺麗に治されていた。


「……いや、問題はない」


 何度か拳を握りしめたり、開いたりして感覚を確かめると問題なく十全に機能していた。流石の腕前という所だろう。


 これでいて原作の立ち位置では最強だったらしいのだから尚更何故ナレ死したのかと言いたくなる。それほどまでに王冠に対応する魔神が強かったのだろうか? 


 俺がもう少しストーリーについて詳しく覚えていれば良かったのだが、生憎ストーリーでも全く出てこなかった魔神の事など分かるわけがない。


 今の俺は仮に其奴と戦ったら勝てるのだろうかと疑問を抱いたがすぐに思い直した。問題は勝てる勝てないではないのだ。


 勝つ。


 何があろうとも、例え殺されようとも必ず打ち勝つ。そうでなくてはこの世界で守りたいものを守れるわけがない。だからこそ醜く足掻いてでも力を求めたのだから。


 気が緩み過ぎた。あの程度の悪魔に自傷とはいえ傷を負ったことを恥だと思わねばならん。そうでなければ魔神に勝てるものか。


 もっと強く、誰よりも強くならねば……。


 そうでなければ、またこの掌から零れ落としてしまう。そんな事二度とあってはならんのだ。


「明、治療に感謝する。また今度何かお礼をさせてくれ」


「……うん、けど無茶だけはし過ぎないようにね」


「善処しよう」


「そういえばそろそろ武器の調整の頃合いじゃないかい? 随分とガタがきているように見えるけど」


 明に頭を下げて立ち上がろうとした時、彼女は近くのテーブルに置いていた俺の武器に目をやると武器の状態を見てそう告げる。確かに彼女の言う通り武器の調整に出した方が良さそうだ。


 刀身の一部が焦げ付いていたり、刃の部分も変形している。何より持ち手の部分が少しばかり融解しているのも問題だろう。


「そうだな、ここ最近少々手荒に扱い過ぎた。これ以上酷使するのは流石にこの武器も駄目になってしまうか……。悪魔の素材を手土産にあの男に会いに行くとしよう」


「ん、了解。なら僕の方から連絡を入れておこう。その方がスムーズに話が進むだろうしね。……ところで随分と嫌そうな顔するね?」


「まあ、彼奴は少し……苦手だ」


 思い出すのはあの下品極まる天才の姿だ。

 顔良し、才能よしときて性格が少し……いやかなりクソである。口を開けばすぐに淫語が飛び出してくるような輩で、会いに行くたびにかなり気力を持っていかれる。


 正直年若い少年少女達の情操教育に悪すぎて何とかしたいとは思っているのだが……厄介な事に彼奴は技術開発における天才中の天才だ。今の人類を支えている技術は彼奴が生み出していると言っても過言ではない。


「ふぅん? 君がそんなにもはっきりと苦手だーなんて言うなんてねぇ。……処す?」


「いや、流石にそこまでするほどではないからいい。というよりも俺個人の感情程度で彼奴を排除するのは人類にとっても大きな損失だろう」


 そんな奴を排除するという凶行は流石に出来ん。ただまあ、話を聞くにそういったことをするのは彼奴が気に入っているやつだけだと聞いているのでまだ、まだマシだろう。


 やられているこっちからしてみればたまったものではないが。


「……そ、ならそうしておこうか。お、流石に反応するのが早いな」


 明はそういう弄っていた端末をこちらに向ける。


「アポは取っといたよ」


「助かる。それで日時は?」


「今すぐにでも来てくれだってさ」


「今すぐ? 俺としては有難い限りだが他の業務に支障はないのか?」


「暇なんだろ彼奴。彼奴からしてみれば日々の業務なんてすぐに終わるようなものだし、そんなものよりニーアの武器のメンテナンスしてる方がよっぽど大事だとか言ってたよ?」


「……仮にも所長だろう?」


「彼奴にそういうことを期待するだけ無駄でしょ。それにやることはきっちりこなしてるから文句のつけようもない。……仕事でも増やしてやるか〜? でも彼奴のことだし、増やしても意味無さそうだ。割を食うのはその部下達だろうし、それは流石に可哀想だ」


 仕事には忠実で真面目なだけに文句が付きづらい。本当に、本当に有能なんだがあの性格でさえなければなぁ……。

 とは言ってもここでウダウダ言っても仕方があるまい。俺個人の感情による好悪など今も必死になって戦っている魔法少女や魔装適合者達にとっては何ら関係がないのだ。


 そんな彼等に少しでも報いる為にも彼奴の下に赴くとしよう。


「世話になったな明。俺は今から第七研究所へと向かう」


「うん、いってらっしゃい。君からのお礼を楽しみに待ってるよ」


 治してもらった拳を動きを確認しつつ、愛用の魔法陣が刻まれている黒い手袋を装着する。あの炎が漏れ出た以上、暫くは此奴を装着しなくていけないだろう。

 ……この手袋も元はと言えば明に用意してもらったものだ。本当に此奴には頭が上がらんな。明が満足出来るようなお礼が出来ればいいのだが。


 そんなことを考えつつも武器を手に取り治療室から退出して足早に第七研究所へと向かう。


「……ふう」


 明は彼が出ていった扉を眺めながら一息ついた。


「相変わらず彼の治療はヒヤヒヤするねぇ。特に汚染除去に関しては神経を使うよ」


 彼の固有魔法による肉体汚染。昔に比べて明らかに汚染濃度は上がり、除去するのにも相当な手間暇をかける必要が出てきた。


 ……まあ、僕は天才だからちょちょいのちょいで終わるんだけどね!


 魔法の使用者であるニーアにも汚染が入るのは彼自身が自分を許せていない。自分ですら憎むべき邪悪として認識しているからあの固有魔法は彼にも牙を向いているのだろう。


 早いところニーアには自分を許せるようになってもらいたいが……まあ、彼の性格だと余程大きな出来事でもない限り無理だろうなとは思っている。何せ彼の頑固さはピカイチだ。彼の意識を揺るがすなら根底から揺らす必要がある。あの意志力の化け物である彼の精神の根底からね。


「……それにしても『アレ』はマジで不味いよねぇ」


 思い出すのは彼の内側から漏れ出たあの炎だ。あれだけは本当にまずい。現状ですらあの炎に対する対抗策が彼の肉体と精神力を補助して抑え込むという安易な策しか取れていない。


 いくら何でもできるクールビューティ天才美女星金明ちゃんでもあの炎の対処だけは出来ない。彼の固有魔法である放射線ことガンマ線もあの炎から派生した力──というよりも漏れ出た力を使ってるに過ぎない。


 それであの出力なのだ。本当にどうにか出来るのはアレの所有者である彼だけだろう。この世界を守りたいと願うのならばもっともっと彼には強くなってもらわなければならない。今でこそあの炎は彼に対してのみ大人しくしているが、昔は本当にやばかったんだから。


「まあ、それはそれとして一番の問題はあのクソ共だね」


 悪鬼、悪魔、魔神を使役する僕達の明確な敵。この世界から僕達の光を連れ出そうとする塵屑にも劣るクソ野郎共。


 彼をこの世界から連れ出してアレを解き放とうとあれこれ画策してるみたいだけど、本当に何を考えてるんだか。いくらクソゴミカス共でもただの馬鹿ではないんだ。馬鹿だったら『私』の時にとうに滅ぼしてる。それが出来ないからこそ今もこうして戦争してる訳だし……。


「目だけじゃなくて頭の方も焼かれて馬鹿になったのかな? ニーア以外があの炎を御せる訳ないだろうに」


 僕ですら治療する為に彼に干渉すると当たり前のように顔を出してくる奴だぞ。あのクソ共が彼に干渉したら絶対にアレは彼の体を介して表に出てこようとするだろう。今ですら彼に対して過干渉なのにさぁ。


 ……本当に昔の二の舞は僕でもごめんだよ。


 昔の……それこそまだこのセフィラ・フラグメントが出来ていなかった頃を思い出す。彼と出会った『私』の頃の記憶を。


「……ふふ」


 今思い返しても僕、最高にかっこよかったのでは? それに今回の治療でも彼の好感度も稼ぎまくっちゃって彼と付き合える日もそう遠くはないのでは?


 かーっ、参っちゃうねー! 結局、最後に勝つのは最強無敵ハイパー可愛いクールビューティ明ちゃんなんだよね。彼とそういう関係になれた暁にはセフィラの他の馬鹿共に対してじっくりねっとり自慢してやろう。


 なぁーにが得意技が脳破壊だよ。お前達の脳味噌を粉微塵に破壊してやるから部屋の中で震えて泣いてるんだな!


「ハァーッハッハッハ──は?」


 ピロン、と端末から着信音が鳴り響く。表示された名前は僕の妹にして片割れである『よい』の名前だった。

 続けて宵が送ってきたメールの内容は──


『西区の掃除が終わったから帰還したよ。あれだけ数の塵屑共の掃除をしたんだから武器の調整に第七研究所にそのまま行ってくるね。西区の報告書も送っといたからよろしく』


「は、はぁ!? 嘘だろ、もう終わらせてきたのか? 予想だともう少し掛かるはずだったんだけど!? てか、武器の調整って……そもそも使ってないだろ彼奴」


 ま、まずい。間違いなく宵の奴は気がついてる。このタイミングで帰ってきた上に普段使いもしない武器の調整に行くとか明らかにニーアの方に向かってる。


 ええい、こうしてはいられない。


 僕も今すぐに研究所に向かおう。要件とかは適当にでっち上げる必要があるけど宵の奴を僕抜きでニーアに合わせるのは非常にまずい! 今は妹とは言え、あれでも僕の片割れだ。


 長らく彼に会えなかった反動で絶対に溜まってる。確実に彼に対して羨ま……けしから……不埒な真似をする! それだけは阻止しに行かなければ──!


 室長室へと戻り、コートやら必要な荷物を纏めて今すぐ出発しようとした時、かちゃりと部屋の扉が開いた。


「失礼します。星金室長、本日の書類をお持ちしました」


 入ってきたのは大量の書類を持っているいつも業務補佐をしてくれる子だった。


「何かな!? 僕は今から外に出なくちゃいけないんだけど!」


「ならこれを終わらせてからお願いしますね」


 そうして僕の机の上に彼女が持っていた山のような書類を全て置いた。その量は書類を置いた時の衝撃で机がドンッと鳴るほどと言えば、どれほど多いのか容易に想像がつくだろう。


「こ、これを全てかい……?」


「はい、宵様から明室長に向けての報告書が殆どとなりますが、他のセフィラの方々からの要望書等も混ざっていますね」


「あ、明日! 明日やるから今は──」


「駄目です。そう言って前も書類を溜めたことがありましたよね?」


「うぐぅ……」


 ぐうの音もでなかった。確かに前にそう言って溜め込んじゃって後々泣きながら処理する羽目になったけども……。


「それに明室長ならこの程度の量ならばそう時間もかからずに捌けるでしょう。用事はその後でも良いのでは?」


「い、急ぎの用事が……あって、だね……?」


「……少なくとも本日はそのような予定は入っておりませんが」


「………」


「では本日も業務を頑張りましょうか。勿論、私も微力ながらお手伝いさせていただきますので」


 そう言ってにっこりと微笑む彼女の姿が少なくとも僕にとっては悪鬼や悪魔なんかよりも余程恐ろしかった。微笑んでいるはずなのに薄らと開いている瞳から『逃がさねえからなぁ?』という気迫を感じる。


 あの時のデスマに付き合わせた事を絶対に根を持ってる……!


「ひ、ひ、ひえええぇぇぇ……!」


 僕は思わず頭を抱えて震えながら泣いた。


 だが、そんなことも彼女にとってはまるで意味をなさず泣く泣く僕は椅子に縛り付けられて書類仕事をする羽目になった。

 横から感じる物凄い視線の圧に屈してヒンヒン泣きながら書類を捌いているとふと宵のメールに続きがあったことに気がついた。まだ何か報告することがあったのかとスクロールするとそこには──


『PS.お姉ちゃんが部屋の中で震えて泣くといいよ(笑)』


 ………………。


 泣かす。



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