第4話

 暁を弟子に取ってからそこそこの期間が経過した。


 強くなるには実践が一番だろうと思い、兎に角悪鬼討滅任務に連れ回していた。勿論、基礎体力の向上などのトレーニングもちゃんと積ませてはいるが、やはり訓練と実戦は違う。


 危なくなったら助けるようにしているが、基本的には後方から致命傷になりかねない攻撃を弾く位しかしていない。


 なにより悪鬼との戦いは強い心を持たねばならん。物理攻撃が主体とする奴ならばまだいいが、時折精神干渉してくる個体や催眠、媚薬といった明らかにそっち方面に尖った存在も出てくる。


 そうなった時に必要となるのは何に対しても決して挫けず負けぬ心だと思っている。何故ならば心さえ折れなければ精神干渉も催眠も感度を上げる媚薬なども全て跳ね除けられるというのは既に自分の体で実証済みだからだ。


 こればっかりは実践での積み重ねがものを言うだろう。


 その為に物理型だけではなく、何度か精神干渉型や薬物型などと戦わせた。一応事前に説明自体はしていたのだが、やはり最初の内はどうしても、な? 


 精神干渉型と薬物型の複合存在と戦った時に彼女がポロッと願望を口から零してしまった。


 ……幼児退行願望、か。


 ストレスからそうなる者もいるとは聞いている。ならばこれが彼女にとってのストレスになっていることは間違いは無いのだろう。


 それも当然か。


 死の恐怖に晒されて、精神に干渉され、果ては薬物で無理矢理発情させられる。これがストレスにならんはずがない。


 それもこの短期間で心に多大なる負荷をかけているのだ。そのような願望を抱いてもおかしくはあるまい。


 ……酷いものだ。


 少女に多大なストレスをかけるだけでも駄目だろうに、挙句の果てには心の内さえも暴露させるなどと断じて許される所業ではないだろう。


 ああ、腹が立つ。


 無能の極みだ。こうでもしなければ教えられん自分の無才ぶりが酷く嘆かわしい。もっと俺に才能があれば彼女にこのような負荷をかけることなく鍛錬を積ませることが出来ただろうか。


 ……子供達が戦わずに済む世界を作れたのだろうか? 


「ないものねだりだな 」


 愚かしい。こんなことを考えてる暇があるのならば、一匹でも多く悪鬼共を地獄に叩き込んでやるべきだろう。


 ……しかし、幼児退行願望か。


 確か慈悲ザドキエルに冠するあの少女はファンの間ではママと呼ばれていたか。彼女のストレス発散になるのであれば紹介してみるのもいいかもしれんな。


「あっ、ここにいたんだねニーア。いやぁ、最近ろくに話せなかったら親睦を深めるついでに一緒に食事にでも行かないかい? 少々値は張るが味は最高のものだ。そこで二人きりで話し合おうじゃないか。何、値段は気にしなくていいとも。今回は僕の奢りだからね。ほら、一緒に──」


「すまんがまた今度にしてくれ」


「……ァッ、カァァッ……!」


 俺も実際に何度か顔を合わせているが、あの少女の甘やかしは少々異常だ。というよりもあれは過去の経験から来る代償行動だろうな。


 彼女もまた下劣畜生共の犠牲者というわけだ。


 ああ、本当にやるせな──ん? 


 なんか今死にかけのセミのような声がしたような気がしたが……まあ、いい。気の所為だろう。


 それよりも今すべき事は暁のストレス軽減の方法とトレーニングプランを改めて組み直すことだ。


 一先ずは慈悲──サラのスケジュールを確認してそこから都合の良い日を聞いて顔合わせをさせてみるか。彼女ならば暁の心を癒せるかもしれん。



 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫



 セフィラ・フラグメント本拠地にある隊員寮の一室にて暁は枕に顔を埋めて奇声をあげていた。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙〜〜!」


 こうなってしまった事の発端はつい先程の悪鬼討滅任務にあった。いつものようにデスマーチさながらのニーアのスケジュールに死に物狂いで着いて行って悪鬼との戦いに身を投じていた。


 大多数はニーアが滅却していてたが、その中でも光が倒せそうな悪鬼などは躊躇なく振り分けられていたので割と必死で戦っていた。


 ついでに言えば戦う前にある程度の情報は聞いたりもしていたおかげで危なげなく滅却すること出来た。


 ただまあその、新たに現れた悪鬼が酷かった。


 戦う前にニーアから精神干渉型と薬物型の複合存在だからいつも以上に心を強く保てと言われていた。


 いたのだが……弟子になる前までは考えられないほどに悪鬼との戦闘を経験し、その全てを無事に滅却出来たということもあり、暁は有頂天になっていた。

 端的に言えば物凄く調子に乗っていたのだ。

 その結果がこのザマである。


『任せてください! あんな悪鬼程度私がけちょんけちょんにしてやりますよ!』


 なんて心配そうな彼を他所に威勢のいい言葉を吐いて突撃した。


 実際その言葉通り結構いい所まで悪鬼を追い詰めて、滅却まであと一歩まではいった。だが、問題はそこからだった。


 油断、慢心……それらが仇となり、悪鬼の気持ちの悪いぬめりけを帯びた触手の先から生えた注射針のような細い針が頬を掠めたのだ。


 瞬間、頭がぐらついた。


 ふわふわと夢見心地のような気分で何も考えられなくなった。


 まずい、術中だ。


 そう判断した時には既に遅く、暁の精神は悪鬼に干渉されてしまった。そしてその悪鬼の解放させたのは内なる欲望だ。


 こう言っては何だが、複合型によくある戦法だ。媚薬か催眠をしかけて理性を壊して本能に忠実にしやすくした途端に精神干渉をして肉体の支配権を獲得する。


 理性という抵抗がない分、精神干渉もスムーズに行くだろう。


 だが、光の理性は完全には破壊することが出来ず、半端に残った結果──ニーアに向かって乙女の尊厳をぶち壊すような暴露をしてしまった。


『ニーアさん! 私、オギャリたいです! 赤ちゃんみたいにいっぱいいっぱい甘やかして欲しいです! たくさん褒めて欲しいです! 偉い偉いって言って欲しいです!』


 欲望の赴くままに叫んだ結果、本能が落ち着いたのか理性が元に戻ってきた。そして困惑したような彼の表情を見た瞬間、自分が何を言ったのかも正しく理解してしまった。


『ひゃああああああああ〜〜! あああああ〜〜っ!!!』


 気づけばギャン泣きしながら言葉にならぬ奇声をあげて悪鬼を滅却した。何だったら滅却した後も死骸が残っていた場所に向けて魔法を連射して死体撃ちのようなこともしていた。


「ああああ……鬱い。只管に鬱いよう……。なぁ〜にが『任せてください! あんな悪鬼程度私がけちょんけちょんにしてやりますよ!』だよ。お兄さんの忠告を全く活かせずに支配されかけちゃってるじゃん。しかも──」


 また自分が何を言ったのかを思い出したせいで暁は布団を頭から被り奇声を上げた。


 ベッドの上でゴロゴロと羞恥心からのたうち回っているこの姿を同僚の魔法少女が見たらついに精神がイカれたかと危惧して精神療養棟に突っ込むだろう。


 それくらい今の暁は酷い状態だった。


「はぁ、はぁ……なんで、なんでよりにもよってお兄さんの前で暴露しちゃうの。馬鹿馬鹿馬鹿本当に私の馬鹿。明日からどんな顔してお兄さんに会えばいいの!? 絶対お兄さん『えっ、そんな性癖持ってるの? 引くわー』って思ってるよ。私だってそんなことを誰かが唐突に言ったらそう思うもん!」


 シクシクと枕を涙で濡らす。思い返せば思い返すほどに鬱い。穴掘ってそこに埋まって死にたくなるくらいには羞恥心からストレスで心が悲鳴を上げていた。


「心が……心が……荒む……!」


 お兄さんの前で尊厳破壊をした悪鬼許すまじ。この恨みは悪鬼を絶滅させるまで絶えることはないからなぁ……! と光は憎悪を滾らせていた。


 是非もなし。乙女の尊厳破壊したから恨まれるのは仕方ないね。多少自業自得の所に目を瞑ればの話だが。


「あ、でもあの後お兄さんに優しくしてもらったのは悪くなかったなぁ……えへへ。いっぱい褒めてもらったし、優しいところは昔と変わらなくて安心しちゃった」


 お兄さんが魔装適合者になってからまるで人が変わったように怒り続けている姿は見ていてとても辛かった。昔のお兄さんは今の姿から想像出来ないくらい凄く優しい人だったのに、その優しいお兄さんは消えてしまったんじゃないかって思ってたんだけど──


「えへへ、良かったぁ……」


 ──お兄さんの暖かい掌は貧民街の路地裏にいた頃と全く変わってなかった。


 暁はそっと撫でられた頭を触る。そこにまだ悪鬼を憎悪する前の優しいニーアが存在するような気がしたから。


 ……なお、その数秒後に連鎖的に自分の痴態を思い出して顔を真っ赤にして叫ぶのはご愛嬌というものだろう。



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