第5話


 トレーニングプランを見直した結果、ひとまず三日ほど暁に休みを出すことにした。というのも俺と会った時に何ともまあ酷い顔色をしていたのだ。


 良く良く考えてみれば当たり前の事だった。悪鬼を連日通しで滅却するのは俺は慣れてるがまだまだ新人の暁は慣れていなかったのだろう。その疲れが溜まっていたと見える。それにあのような労しい事件もあったのだ。心労も含めて尚更だろう。


 故にオーバーワーク過ぎたと反省して三日ほど休みを出したが、休みと聞いて光は顔を更に青白くしていた。もしやもうワーカーホリックになりかけたのかと思い、必ず休むように言いつけたが、物凄く落ち込んでる様子だった。

 なのでお詫び代わりに此方で費用を持つので明日好きな物や好きな事を街でしてくるのはどうかと提案するとそれは嬉しそうにしていた。


 やはり子供はああして溌剌とした笑顔を浮かべるのが一番だろう。普段の非日常を忘れて誰か仲の良い友人達と気分転換に思う存分遊んでくればいい。


 金は俺のポケットマネーから出すが、それだと気後れするかもしれんので経費で落とすから気にせず遊び尽くしてこいといって明日の朝に待ち合わせ場所を伝えてそこで俺のカードを渡すつもりだ。流石に現金をそのまま渡すのは気後れするだろう。


 幸い、俺は金を使わない為口座にはかなりの量の金が入っている。ならばそれを暁やその友人達が好きに使って楽しんだ方が俺が持て余しているより遥かに良いだろう。


 本当なら今渡せば良かったのかもしれんが、今日は明を食事に招待するつもりだ。最近妙に落ち込んでいる様子なのと、此方が忙しかったため最低でも月に一回はしていた互いの近況報告が出来ていないためそれも兼ねた食事会をするつもりだ。それに、最近少し悪鬼達の動きが妙なのだ。


 今のところ勘ではあるのだが、近々悪魔が出現してもおかしくはないと思っている。それほどまでに胸のざわつきが治まらない。


 それの報告もしたいのだが、こればっかりは急に決めたことなので彼奴のスケジュール次第か。


 そんなことを思いながら恐らくいるであろう室長室に向かい、扉をノックした。


「……ああ、入って構わないよ」


 明らかに疲弊しているというか、何だか嗄れているような声だ。本当に大丈夫か? 


「失礼する」


「……あー、つい幻覚まで見えてきたかぁ。ふふふー、ニーアに最近会えないし、お話も出来てないからねー……辛ぁい」


「……そこまで仕事に忙殺されていたか?」


「うん、そうだよ。だから幻でもいいから僕にかーまーえーよー! 構え構え! 室長命令だぞ! じゃないと拉致するぞ! いいのかぁー?」


「いかん、此奴もだったか」


 ゾンビみたいに腕を伸ばしてふらふらと此方に寄ってくる明。こちらもオーバーワークによって心を殺されて精神的にイカれたか。


 ……まあ、此奴のこれは定期的にあるからなぁ。


 回しきれん分はこちらに回せと言っているのにそれを拒否して背負い込みすぎて潰れるのはどうにかならんものか……。いや、いっそのこと無理矢理にでも仕事を奪うか? 


 しかし、室長である明しか見てはならん書類とてあるだろう。それを避けて書類を奪うにはどうしたらいいものか。


 そんなことを考えているとドンと胸に衝撃が走った。


「うへへぇ、幻だって言うのに感触も匂いもあるのかぁ」


 此方の体に顔を埋めるようにグリグリと押し付けてくる明の姿に頭痛がする。原作ではかなり凛々しく不敵な笑みを浮かべる所謂クール系の存在だったが、そんな奴でもキャラ崩壊するくらいに追い込まれているのか。


 少しくらいは好きにさせるべきか。


「スゥゥゥゥゥ、ハァァァァ……。あー、落ち着く。でももっともっと僕に構えよー。ほらほら、撫でてもいいんだぞ。あんのメスガ──じゃなくて暁光にやったみたいにさぁ! ほらやれよー! さぁ、さぁ!」


 好きに、させるべきだろう。


「んふ、これいいなぁ。でも本物にやって貰った彼奴はもっと狡い。僕のニーアなんだぞ。誰に許可を得て撫でてもらってるんだい全く……。ほら、ニーア。次はチューしろ、チュー……いや、やっぱり恥ずかしいぞ。で、でもいつかの予行演習の為にも慣れておくべきでは? おちつけ、僕。今目の前にいるニーアは所詮は幻なんだ。幻相手に強く出れないようじゃ他の奴らにヘタレだのクソザコだの敗北者だのまた好き放題煽られる。ここは覚悟を決めるべきだ。……よ、よし覚悟は決まったぞ。いざ──!」


「明」


 近づいてくる明の頭を、というより顔を鷲掴みにする。いい加減そろそろ正気に戻しておくべきだ。


「んあ? なんで急に頭を掴んで───いだだだっ! 割れる割れる頭が柘榴みたいに割れちゃう! 痛い痛い痛い! 本当に痛い! 何で!? 幻じゃないの!?」


「最初から幻ではない」


「えっ……?」


 アイアンクローをしていた手を離すと涙目になって頭を押さえながら此方を見上げてくる明。どうやら漸く理性を取り戻したらしい。彼女の瞳が忙しなく左右に揺れて動揺している様が分かる。


 そうして何度か瞬きをした後──室長室に設置してあるソファに腰かけてフッ、と不敵な笑みを浮かべた。


「やあ、ニーア。今日は何の用かな? 悪鬼に関するめぼしい情報は入ってきてないよ?」


「いや、流石に無理があるだろう」


「うるさい、さっきのは忘れろ! これ以上僕の情緒を滅茶苦茶にするな!」


「した覚えはないし、お前が自爆しているだけだと思うが……まあいい。今日は少し用があってきたんだ」


 明は顔を真っ赤に染めてそう言うが、生憎覚えが全くない。何だ、情緒を滅茶苦茶にするって。直近だと昔みたいに死にかけて明を慌てさせたこともないし、本当に覚えがないんだが。


「ふーん、何だい何だいまた暁光ちゃんの事かい? 君は今彼女に付きっきりだもんね。セフィラ・フラグメントを一緒に創設した大親友の僕を放っておいてずっと彼女の世話をしてるもんね? べっつにぃ? いいですけどぉ? 僕は別にぜーんぜん寂しくなんかないしぃ?」


 ……めんど──いや、此奴がこうなったのも俺のせいか。甘んじて受けるべきだろう。月に一回はしていた食事会をすっぽかすとめんど……厄介……面倒臭さが増すのは分かっていたことだ。ここで放置すればもっと面倒くさくなる。


「いや、ここに来たのは暁光のことではない」


「ふーん、それじゃあ悪鬼に関する情報かい? 悪いけどそれは今のところこっちに来てないよ」


「それも知っている。ここに来る前に少し警邏をしてきたからな。今回こっちに来たのは暁光に休暇を出して多少暇が出来てな。食事会に誘いに来た」


「ふ、ふぅん? 君から僕を食事会に誘うなんて珍しいこともあったものだね。いつもだったら僕から誘わないと来ないのに。もしかして僕のご機嫌取りのつもりかな? 悪いけれどその程度で誤魔化される僕じゃあ──」


「そうか、行かないのか。残念だ、少し楽しみにしていたんだが……。なら他の者でも誘ってみることにしよう」


 踵を返して部屋から去ろうとすると先程までソファに腰掛けていたはずの明が瞬間移動も斯くやと言わんばかりの速さで腰にしがみついてきた。

 ぐっ……此奴、前より速くなっている。

 こんなしょうもない事で明の成長を実感したくはなかった。


「──やだやだ、僕が行くよ! 絶対行く! 折角君から誘ってきてくれたんだぞ!? チョロいと言われようと絶対一緒に行くからな! だから僕以外の奴なんて誘うなよ!? 拗ねるぞ! 乳幼児がドン引きするくらいの駄々こねるからな! 凄いんだぞ僕の駄々こねは!」


「そんなものを誇るな」


 本当に原作のクールビューティな星金明はどこに行ったんだ。原作の明がまるで息をしていない。


「ほら、早く行こうじゃないか。邪魔が入らないうちにね?」


 そう言って手を絡ませてぐいぐい引っ張っていく明。……だがまあ、此奴はこれくらいの方がいい。変に気を落とされると調子が狂うのだ。


 そうやって馬鹿やって笑ってるくらいが丁度いいんだ。


 悲惨な未来なんていらない。惨い結末も悲しい末路も必要ない。ただ彼女達が、この世界に住む人達が幸せに生きていけるのならば俺はそれでいい。その為ならば俺は如何なる苦境に立たされようとも諦めることはない。


 そしてそんな陽だまりの世界に俺のようなイカれた破綻者は不要になる日を願っている。


「……ああ、そうだ。一応お前に話しておこうと思ったのだが、最近妙に悪鬼共の動きが活発だ。そしてこれは俺の勘なのだがそろそろ悪魔が発生するんじゃないかと疑っている」


「まさか、僕にはそんな話来てもないし聞いてもないよ。それに悪魔は前に他ならぬ君が二体滅却したばかりだろう。悪鬼が悪魔になるにはそれなりの時間がいるし、まさか自然発生、するとでも……」


 そこまで明は話すと何か思い当たる節があったのか、黙り込んで考え込んだ。


「ごめん、ニーア。ちょっと僕の方で色々と調べ直すよ」


 そう言って明は小型端末を取り出すと流れるような手つきで操作する。……よく使いこなせるものだ。俺も何度か練習はしたのだが、尽く機材が破損するという謎の現象に襲われたため、科学技術が発展するこの世界で未だにアナログだ。


「ん、よし。僕の子飼いの諜報部にもう一度情報を精査し直すように伝えておいたから明日にはまた情報が上がってくると思うよ。そこで分かったことがあったらまた連絡させてもらうね」


「ああ、よろしく頼む」


「それじゃあ、行こうかニーア。今日は君のおすすめの店にでも連れて行っておくれよ?」


「あまり洒落た店ではないから期待はするなよ」


「いいよ、君と一緒ならどんな場所でもね」


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