第3話


 一先ずは暁との悪鬼討滅は完了した。


 したのだが……暁は思ったより凄いかもしれん。身体能力で言えば中の下辺りだが、固有魔法に関してはあれは最上のものだろう。


 俺の放つ光とは対極に位置する他者を癒す光。


 これほど有能な固有魔法はセフィラ・フラグメントの連中を除けばそうそう思い当たらん。ヒーラーは戦場にいるだけで此方に有利に働く。共に戦う者の死亡率が格段に下がるだろうし、継続戦闘能力も上がる。


 正に主人公と言うべきか、暁は他者と共にいることで真価を発揮するタイプだったようだ。


 ……俺とは本当に違うな。


 ただ惜しむらくは暁自身の戦闘能力が低いことと彼女自身が己の固有魔法を把握出来ていない所だろうか。


 俺が一人で戦っている時と同じように敵に光を照射して攻撃をしていたが、恐らく彼女はあの光がどうして悪鬼に傷を付けるのか理解していない節がある。


 実際、彼女が照射した部位は焼け爛れたようにグズグズになっているのだが、あれは光の熱で焼け爛れたのではなく、過回復によって起きる生命力の超過。


 即ち、細胞分裂を異常に促進させ意図的にバグを引き起こすことで癌細胞へ変異させる。それを更に促進させることで悪鬼の細胞組織を破壊しているのだろう。


 ここについては要検証といったところか。


 最悪俺が実験体になって詳しく調べて見てもいいだろう。俺ならばいざと言う時には固有魔法で癌細胞を破壊することも出来るはずだ。


 今後、彼女の治癒の腕が上達したのなら壊されてしまった魔法少女達の完全治療が適うかもしれん。


 今のところはメンバーの一人が精神操作が出来るために記憶や感情を一時的に封じ込めてじっくりと回復に向けて動いてはいた。だが、彼女の魔法さえあれば……。


 ──本当にいいのだろうか? 


 壊された魔法少女達は大抵皆悲惨なことになっている。それを主人公とは言え、未だ幼い少女にそんな光景を見せて良いのか? 


 ……常識的に考えれば駄目に決まっているだろう。下手をすれば彼女の心に深い傷がつく。壊れた魔法少女に寄り添うと覚悟を決めた彼奴ならまだしも暁はまだ魔法少女に成り立ての新人だ。


 悲惨な現場など見せるべきではない。


 頭ではそれが正しいのだと理解も納得もしている。のだが……心がそれを認めない。使えるのならば使うべきだと声高々に主張している。未だに寝たきりの状態である彼女等をお前は見捨てるのかと、お前が無能であるが故に彼女等はああなっただろうがと責め立てる。


 事実、その通りだ。


 俺がもっと強ければ。

 俺がもっと速ければ。

 俺がもっと速く駆けつけられたならば。


 彼女達は今も健やかに暮らせていただろう。酷い目に遭うことも、血を吐くような目に遭うこともなかった。


 犠牲などという言葉が嫌いではあるが俺がやらねばならんのだろう。


 暁光という少女に恨まれる事になったとしても、彼女達を救うべきなのだ。


 だが、今はまだ引き合せるべきではないだろう。会わせるのならば心を強くした状態で、かつ魔法を自在に操れる位にせねばならん。やるならば徹底的にするべきだ。


 他者を癒す光という固有魔法を扱える心優しい少女を利用するのは酷く心地が悪い。だが、全てが終わったその時には報いも咎も全て甘んじて受けよう。


 だから、その時が来るまでは俺が彼女の助けになろう。流石に今回の悪鬼の大量出現のイレギュラーと言い、世界の中心点たる彼女は些か邪悪を引き寄せやすい体質なのかもしれん。


 そんな彼女の未来を邪悪なる畜生共に穢されん為にも尽力しよう。


 その為にも先ずは彼女と繋がりは作るべきだ。俺の立場から考えるに手っ取り早いのは師弟関係を結ぶことだろうか。師弟関係さえ出来れば本拠地へ招待してもさほど問題は無く、それに他のメンバーに対しても紹介も出来る。


 とりあえず勧誘はしてみるか。断られたのなら断られたでまた別の方法でアプローチするだけだ。


「あ、あのぅ……如何だったでしょうか?」


「ああ、まだまだ未熟な所は目立つがその力は人類の為に役に立つものだ。成長性を加味すれば将来的に俺などよりも君の方が遥かに誰かの助けになれるだろう」


「ぅぇっ!? ぅぇへへ……そ、そうですかね?」


「ああ。そこで君に一つ提案があるのだが、俺の弟子になってみる気はないか? 同じ光の固有魔法を扱うもの同士、教えられることもあると思うのだが」


 何が同じ光だ。壊すことしか出来ない無能が誰かを生かす事の出来る彼女と一緒なものか。比べることすら烏滸がましい。


 それにこんな物言いで彼女を魔法少女──延いては人類の為の犠牲にしようとしている自分の無能さに反吐が出る。


「無論、断ってくれても──」


「ぜ、是非お願いします!」


「……即決したようだが、本当に良いのか? 今すぐ返答を求めるというわけでもない。じっくり考えてくれても構わないのだぞ」


「大丈夫です! 全く問題ありません! 是非とも私に色々と教えてください!」


「そうか、ならこれからよろしく頼む」


「はい!」


 嬉しそうにはにかむ彼女を見て、己の無能さと情けなさにまた腹が立つ。本来ならば魔法少女を辞めるように言うのが最善だろうにそうすることも出来ない現実を未だに改善できない己に怒りが沸き上がる。


 ──ああ、本当にこの世界はクソッタレだ。


 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫



 セフィラ・フラグメント本拠地に存在する室長室にて明は背もたれに背中を預けてぐったりと倒れ込んでいた。


「心が……心が……荒む……!」


 今までずっとニーアの事をストー……献身的後方警護をしていたのだが、度重なる光とニーアの羨まけしからんイベントに常にブチ切れていたせいで盛大に心が荒んだ。


 というか、何なんだあのメスガキ。


「英雄は突出してるからこそ英雄なんだ。隣りに並び立つ存在なんていらないのさ。だっていうのにあの子、態々ニーアの隣に立とうするなんて烏滸がましいにも程があるなぁ」


 別にニーアの弟子になったのが羨ましいわけではない。いや本当に信じて欲しい。


「それにニーアの猿真似をしてるのも気に入らない。攻撃方法がニーアのそれと同じ。恐らくは前にニーア助けられた時にでも見たのかな? だとしても酷い出来だけど」


 ニーア自身は気付きもしていないだろうが、光の集束も照準も効果も非常に良く似せてきていた。


 彼に対して憧れを抱くのは……まあ、百歩譲って目を瞑ってやるが、彼の歪みと本質の表れである固有魔法を全く逆の性質を持つ彼女が真似をするなんてムカつくったらありゃしない。


 そも、固有魔法というのはその者の魂と願いによって魔装で発現するようにした力だ。だから誰かと全く同じものが発現するなんてことは絶対にありえない。


 加えてニーアは魂も願いも全てが異質なのだ。


 彼本人はあの光の事をガンマ線などと呼称していたが──本質は違う。あれは放射線と言った自然現象に存在するものではない。あれこそむしろ架空の産物。


「本来ならこの世界で言うところの退魔の力に該当するんだけど、あれはそれも超えてしまった正しく邪悪を滅ぼすだけの力なんだよねぇ」


 邪悪は決して許さない。邪悪が1ミリたりとも存在することが許容出来ない。故に死ね、故に滅びろと狂気的な渇望によって生み出されたのが邪悪を滅ぼすだけの力。その力は彼が邪悪だと判断したものを滅ぼしきるまで止まりはしない。


 それが光という形で現れたのは彼の願いを叶えるためだろう。


 光はこの世で最も速いものだ。なればこそ、邪悪を逃がさない攻撃としては最も適していると言えるだろう。加えて彼は怒りを常に抱き続けている。


 僕と出会った日から、或いはそれよりも前からずっとずっと怒りを保ち続けている。それもまた異常だ。怒りという感情は時に凄まじい力を産むが、その持続性は乏しい。


 というよりも普通の人間は怒りをずっと抱き続けられるほど心が強く出来ていない。いつかは怒り続けることに疲弊して怒ることをやめてしまう。


 だが、彼は今も怒り続けている。初めて会ったその日から怒りは萎える所か、更に轟々と燃え盛り続けている。


 それの何と素晴らしいことか。


「邪悪が許せない。邪悪が許容出来ない。なのにこの世界をいつまでも変えられない自分に腹が立つ」


 彼の怒りの矛先は今は悪鬼や悪魔、そして己自身に向かっているが故に彼の固有魔法は自分ごと邪悪を滅ぼそうとする。


「ふふ、怖いねぇ? 僕ですらアレに直撃すれば滅ぼされてしまうだろうね」


あらゆる限界を踏破し、無限に成長をし続ける彼の魔法ならば僕の命を奪うことだってそう難しくはないだろう。

他ならぬ僕だからこそ分かる。彼こそが正真正銘の最強だ。止まることを知らず前に進み続ける彼に勝てる生命体などこの世に存在しない。


このクソみたいな世界の救世主、全てを照らす光──或いは太陽そのもの。絶対を覆せる唯一の存在。


思わず昔の事を思い出してゾクゾクと体に甘美な痺れが走る。

彼とセフィラ・フラグメントを創立する前の荒みに荒みきった彼との出会い──そしてその時に刻まれた一生消えない傷跡。


『私』はあの光に焼かれ、焦がれ、そしてずっと待ち続けている。


「ふ、ふふ……あの時は本当に──凄かったなぁ」


恋する乙女のように、熱に浮かされた夢遊病患者のように星金明は愛おしい人を見つめる。今も昔も変わらない。『私』の瞳に映るのは君だけだ。


 まあ、それはそれとして……


「僕の情緒と脳を破壊した責任は絶対取ってもらうからなぁ……!」


 散々見せつけられたのでこっちも見せつけねば気が済まないというものだ。覚えてろよ、暁光。お前の情緒を今度はこっちが粉々にしてやるからな……!

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