第2話


 この世界は相も変わらずクソッタレだ。


 本来であれば守られるべき存在である幼い子供達が野良犬のように撃ち殺されて死んでいく。いや、すぐに死ねた者はまだマシだろう。


 体を壊され、心を壊され、苗床として利用され、弄ばれる。そんな末路を迎えた魔法少女達に比べれば……。


 けれどこの世界ではそれが常識だ。悪鬼に出会えば死を覚悟して、悪魔を視認すれば即座に自死することを推奨されているクソッタレの常識。


 度し難い。あまりにも度し難い。


 加えてこれがまだ序章にすらなっていないというのだから尚更だ。


 ……七十二の魔神。


 ゲームでは強制敗北イベントとして存在した最上位種。最下位の存在ですら悪魔とは次元が違う強さを誇る。恐竜と蟻の強さ比べが馬鹿馬鹿しいように、悪魔と魔神は比べ物にならない。


 それを証明するように人類が誇る最強の精鋭部隊であるセフィラ・フラグメントはそれぞれが対応するカバラに位置する魔神に敗北していた。


 唯一俺が今冠しているカバラのIである王冠に原作では位置していた現室長である星金明ほしかねあかりという女性だけは魔神の進攻が始まる前にいつの間にか死んでいた。


 ナレ死でサラッと死んだことを流されているのだから時報とも呼ばれるくらいには大体どのルート行ってもひっそり死んでいるのだ。


 なればこそ気になるのはその先だ。その座に座っている俺が彼女の代わりとなるのか、或いは結局は彼女が死んでしまうのか。


 あんなのでも長い付き合いのため死なれると寝覚めが悪いのだ。故に彼女が死んでしまうのかどうかも見極める必要があるだろう。


 まあ、彼奴に訪れる悲劇が全て俺に降りかかれば問題はないのだが。


 後は対魔神に対する主人公達の育成なのだが……さて、どうしたものだろうか。


 正直に白状すると俺は主人公とやらにあまり大きな期待はしていないのだ。何せ極めた状態ですら容易く負けるのだというのだからそうそう安心ができん。しかし変なところで死なれるのも嫌だ。


 それに……世界の命運を背負うことになる主人公達とて俺からしてみれば十分幼い子供だ。子供に重荷を背負わせることだけでも腹立たしいのにそんな彼女等が下劣畜生共の毒牙にかかるなど正直に言って憤死ものである。


 願わくば俺一人で全ての魔神を殺せたら良いのだが……。


 しかし、まあそうだな。何事もとりあえずやってみるものだろう。それでダメならその都度反省点を出して改善しつづければいい。そうとも、俺に止まる暇など全ての邪悪を殺しきるまでありはしない。


 あってはいけないのだ。


 その為に、こうも醜く成り果てたのだろうが。


 ……ああ、そういえば今日は明からセフィラ・フラグメントとしての俺に招集が掛かっていたな。確か以前助けた魔法少女に何やら用があると言っていたが。


 今日は悪鬼を討滅した報告ついでに顔を出してみるのもいいだろう。そしてどうか、その魔法少女がこれから先酷い目に遭わないようにと祈るくらいはしておこうか。神様などクソ喰らえだが。


 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫



 セフィラ・フラグメント本拠地に存在する室長室。その中ににこやかに、されど決して掴み所のない笑みを浮かべた室長──星金明と反対に誰が見ても緊張していると分かるほどにガチガチに固まった魔法少女が豪奢なソファに座って対面していた。


「ふふ、まあそう緊張しないでよ」


「ははははははい! 緊張しませんです!」


「うーん、もうダメそう」


 緊張するなとは言っているが、平凡な魔法少女にとってはここはある種の聖域なのだ。最強の名に冠する魔法少女達が集い、そしてその頂点に君臨する数少ない男性の魔装適合者。敗北する未来が想像すら出来ない人類の希望達が過ごしている場所なのだと思うと緊張で汗が止まらない。


 特に少女にとってはその魔装適合者は特別な存在なのだ。


 もしかしたらその人に会えるかもという淡い期待に胸の鼓動が喧しく騒ぎ立てる。


 そんな少女の様子を横目に明は空中投影型ディスプレイに少女の情報を表示する。


「それにしても暁光あかつきひかりちゃん。君は随分と逞しいね。君は魔法少女になってまだ日が浅い、それについ最近君は悪鬼相手に手酷く痛めつけられたばかりだろう? それなのにもう戦う気なのかい?」


「は、はい。幸い怪我はすぐに治ったので体も動きますし、出来ればもう戦いたいなー……なんて、思いまして。はい」


 言葉尻がどんどん小さくなっていく光を明は見定めるように視線が鋭く険しいものへと変化する。


「魔法少女になった当初はその力から万能感を得やすく、自分の実力を誤認しやすい。率直に言うけれど君は君が思っている以上に遥かに弱い。それは君自身が身を持って理解していると思っていたんだけどね?」


「全て承知の上です。その上で私は戦いたい……いえ、強くなりたいんです。強くならないといけないんです」


「ふゥん、それは何故か聞いても?」


 光はほんの少しの逡巡の後にゆっくりと口を開いた。


「助けたい人がいるんです」


 そう呟かれた願いは魔法少女達にとってはありふれた願いだ。親しい人を悪鬼に拐われたから、家族を悪魔に連れ去られたから──など色んな理由があるが、辿る末路は全て悲惨なものだ。


 連れ去られたものと同じ末路を辿るか、或いは幸運にも助けられたとしても最終的に自死するか──助けた者を己の手で殺すことになるか。


 悪鬼や悪魔に連れ去られた者の末路は実に惨いものだ。


 逃げられぬように四肢を破壊され、快楽で精神を壊され、悪魔達の繁殖相手兼玩具として好き勝手弄ばれる。そんな彼女達を助けたところで辿る末路は結局の所、死しかない。


 連れ去られた時点でもう彼女達は人として生きられないのだ。


 故に明はその願いを聞いた瞬間、酷く底冷えのする無機質な視線へと変わった。それはまるで無価値なものを見るようなものだ。


「……なるほどね! まあ、魔法少女になったからには助けたい人がいるなら助けたいと思うよねぇ。うんうん、それは人として当然の事だよ」


 けれど、それは無意味な事だ。


 口には出さないが明はそう思わずにはいられない。何故ならばそうした悲劇を見飽きる程に見てきたのだから。きっと、この少女も同じ結末を辿ることになるだろうと思うとドンドン冷めていく。


 悲劇を変えられるのは英雄の特権だ。そして英雄はこの世界においてはたった一人だけ。なればこそ、彼女にその資格はない。


「えーと、それじゃあ悪鬼の件だけど僕がすこし見繕ってあげよう──」


 その瞬間、室長室の扉が叩かれた。


「ああ、もう来たんだ。また予測が外れちゃったな……」


 そんなことをボヤきながらも明は入っていいよーと声をかける。


「失礼する」


 そして扉をノックした者が入ってきた瞬間、部屋の空気がピリピリとピリついたものへと急変する。まるで戦場にいるのかと錯覚するほどの殺気立った気配に新人の光の体が硬直する。


「やあ、待ってたよ、ニーア」


 ニーアを迎え入れた明は今までの作り笑いとは全く違う見惚れるような満面の笑みを浮かべて手招きをする。


「星金──室長、この方は?」


 向かう途中で明の反対のソファでガチガチに硬直している魔法少女に気がついたニーアは口調を正し、明に質問する。


「ほら、覚えてない? 君が前に助け出した魔法少女達の内の一人だよ」


「ああ、なるほど──ならば自己紹介でも。セフィラ・フラグメントのⅠ、王冠メタトロンのニーア・アルフォスです」


「ぁ、ぁぅ、ぉ、ぉひさ……じゃなくて、は、初めまして。暁光です。ス、ステラエクシアと呼ばれてます。先日は助けていただきありゅ、がとうございました」


(ああ最悪だ緊張しすぎて滅茶苦茶噛んじゃった上に吃りまくっちゃった人は第一印象が全てって言うのに私全部ダメダメだよいや正確に言うとはじめましてじゃないんだけどでもお兄さん絶対私の事覚えてないだろうしお兄さんにとっては実質初対面の人なのに噛むし吃るし声小さいしで印象最悪だよこんなのだから私は昔からダメダメの陰キャなんだよまるで成長していないじゃんあばばばば──泣きそう)


「暁……? ──!」


 その名を聞いた瞬間、ニーアの脳に電流が走る。


 暁光って確か主人公のデフォルトネームだったはずだ。であるのならばこの子が主人公か。……想定よりも遥かに弱いな。


 いや、本来ならば主人公が魔法少女になるのはまだ先のことだから今魔法少女になっている以上もっと強くなれる可能性はある……か。そして外にいる時から聞こえていた話から察するにこの子は今から悪鬼に挑む可能性がある。


 原作が始まる前に負けるなんてことはないとは思うが、この世界はクソッタレだ。下手すりゃ原作が始まる前に主人公が壊される可能性がある。


 それに……


「フ、カヒュゥッ……!」


 若干白目剥き始めてるこの子がこれから先上手くやっていけるのか不安すぎる。戦って欲しくないというのは無論の事だが、経験則から言っておそらくこの子は必ず戦いに巻き込まれる。


 ならば、俺がすべき事は──! 


「星金室長、よろしければステラエクシアの悪鬼討滅任務に同行したいのですが構いませんね?」


「えっ、あっ、いや、ほら君にはこの悪鬼の討滅任務をして欲しいんだけど……」


「……これならば問題ありません。ここへ来る道中に既に討滅済みです」


「嘘、もう討滅済みなの? 悪魔になりかけって聞いてたのに?」


「兎も角これで問題はないので任務同行しても構いませんね!」


「え、あ、うん、そうね。それなら同行してもらっても大丈夫だよ」


 許可をもぎ取った彼はならば早速と言わんばかりにさっさと光の手を取って深く礼をしてからすぐ様室長室から出ていった。


 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫

 


 彼等が室長室から出ていき、しばらく経って──明はマリアナ海溝よりも深い溜息を吐いた。


「何なんだよもおおおおお……! が全然機能してないじゃんかよおおおおお!」


 明は机に思いっきり突っ伏すとガリガリと頭を掻き毟った。


「そりゃあさ、最初から任務同行させるつもりだったけどさあ……。それはあくまで足手まといをつければニーアがより成長するだろうと思って色々と用意したんだけどさぁ……! でも、ニーアが自ら志願するのは何か違うじゃん!?」


 うぅ、と唸る明の姿はまるで中々自分の思い通りにいかずに愚図る子供のようで見る人が見れば泡吹いてぶっ倒れる位にはいつもの明とは異なっていた。


 うぎぎ……! と声にもなってない声を上げて心底悔しがりながらも明は指を鳴らす。


 次瞬、空間が切り抜かれ別の空間へと繋がる。それは効果だけ言えば遠見の魔法と呼ばれるものだ。だが、遠見の魔法はあくまでも互いが専用の機器を用意した上で映し出されるものだ。


 少なくとも空間と空間を切り抜いて直結させることで直接視認することは出来ない。否、そもそも現代の科学技術と魔法技術では空間に関与する方法など魔法少女や魔装適合者が保有する固有魔法などの例外を除いて存在していない。


 そして星金明は空間に作用にする固有魔法を所持していない。


「ああーっ!? あんのメスガキ、ニーアに抱っこされてる! 僕だってされたことないんだぞぉ!?」


 ならば、人類が到底持ちえない技術を持っている星金明は一体何なのか。


「ハァーッ!? 抱っこされるだけに飽き足らずあのニーアに手取り足取り教えてもらうだってぇ!? 許されるかこんなもん! ニーアは僕のだぞ! 誰に許可取ってあんな羨ましいことしてんだ!? 許可したのは僕かチクショウ!」


 ……何なのか。


「あっ、あっ! 僕は一度もあんなに優しくしてもらったことないのに! 脳が破壊される! 情緒がぶっ壊れる! クソッ、行けっ塵屑! 塵屑でもちょっとは役に立て! あのメスガキをニーアの傍から引き離せ!」


 何なんだろうね、この人。


「寝取りだろこんなもん! 追加で行けクソ共! 何としてでもニーアからあのメスガキを引き離せ──あああああああ! 一瞬で全員死んだ! 何の役にも立たないねぇ! でも今のは切り抜きだよ! 永久保存しないと!」


 本当に何だこいつ。


「うおおおおおお! ニーアがんばえー!」

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