終末世界で英雄賛歌を謳う

でち

第1話

 黄昏色の空に存在する暗黒の大渦。まるでブラックホールのように空間すら捻じ曲げ続けるそれを全てを焼き尽くすような青白い光が両断した。


 それも一度ならず二度、三度と加速的に光は大渦を細切れにするように何度も両断する。そしてその数瞬後、ブラックホールの如き暗黒の大渦は全て焼き尽くし破壊する青白い光に満たされ、消し飛ばされた。


 黄昏色の空を赤く染め上げるほどの大爆発が大気を粉砕する。


 それと同時に再度暗黒の大渦が今度は多数出現し、青白い光を歪め飲み込まんと光に向けて殺到する。


 が──


「くだらん」


 全方位に照射された光が殺到する暗黒の大渦を満たし、一瞬で破壊し尽くす。その上、光の殲滅速度は更に跳ね上がる。


 殺到した傍から破壊されていた大渦が今度は出現した傍から破壊されていく。殲滅速度があまりにも速すぎるが故に大爆発すら起きずに光に満たされ、消し潰される。


 渦を形成する前に、空間が歪むその前に、発生した力場を光が侵食し、消し潰していく。そしてやがてはその光は大渦を作り出していた張本人の喉元へとその牙を突き立て始める。


 暗黒の塊がまるで流星のように光の尾を引きながら迫り来る光から逃げる。


 だが、あまりにも遅い。


 光から逃れることは決して出来はしない。瞬きの間に間を詰められ、光が闇を照らす。


「逃げられるというのなら逃げてみろ」


 数千にも及ぶ光の斬撃が闇を削り始める。


『─────ッ!』


 闇が声無き悲鳴を上げる。闇を削る光の一つ一つが猛毒だったのだ。それの正体は別世界にて放射線と呼ばれる死の光。


 生物の遺伝子を破壊し、身体機能へ重篤な障害を引き起こし死に至らせる猛毒の光。その上、尋常ならざる熱量も保有しているのだ。


 そんなものを受けたら生物である以上は問答無用で死ぬだろう。


 その光が闇の中枢に存在するものを引き摺り出すべく、闇を侵食し、破壊していく。そして光はついに闇を完全に消し去り、闇の中に潜むものを引き摺り出した。


『何なのだ貴様は──ッ!』


 闇の中から出てきたのは凡そ人と呼べる存在ではなかった。グロテスクな吐き気を催す粘液の滴る肉塊が無理矢理人の形を取ったような存在だった。


 それはこの世界において悪鬼──或いは悪魔と称される上位存在。


 人間を甚振り、陵辱し、尊厳を破壊し尽くす事こそを至上とする正しく悪魔の名に相応しい畜生。ただの人間ではどう足掻こうと勝つことどころか戦うことすら出来ない真正の怪物だ。


 それが──


「捉えたぞ」


 ──全身血まみれで瀕死の状態の人間一人に追い詰められている。


 莫大な光と熱を掲げる刀身に収束させて、邪悪を討つべく唸りを上げる。あまりにも強すぎる光は使用者である男ですら代償として内部組織を破壊する。


 血を吐き散らし、全身を激痛に侵されながらも瞳に宿す決意に一点の揺らぎもなし。苦痛の喘ぎすら漏らさず、目の前に存在する邪悪の一切を消し去るべくその刀身がその熱で赤熱化するまでに膨大な光を収束させる。


『何なのだお前はッ! 貴様のような存在が人間であるなどとあってはならんだろうが! この──』


「消し飛べ」


『──怪物がァッ!』


 破滅を齎す猛毒の光が邪悪を呑み込んだ。塵すら残らず滅却する光は正体さえ知らなければ神の裁きと思わず拝みたくなるほどに神々しい。


 そして訪れる静寂。


 力が抜けたのか男は空から墜落するように大地へと激突する。


「ぐっ、ぅっ……」


 そして口元から大量の血が吐き出された。男は常人よりも遥かに耐性があるとはいえ、それでもあの至近距離で、凄まじい量の放射線に曝露し続けているのだ。内部組織の破壊による吐血は当然の事だろう。


 寧ろ、それで死んでいないのが異常なのだ。


 常人ならば喉を掻き毟り自死を選ぶ程の激痛を眉一つ動かすことなく耐え、崩壊していく体を生きる為に繋ぎ止め続ける。


 それは奇跡などと言ったものではなく、人間であるならばありふれた概念として存在するもの。すなわち──


「まだだッ、この程度で倒れてなどいられん……!」


 気合や根性といった心の在り方によって生にしがみついていた。身震いするほどの決意をその瞳に宿し、決定づけられた己の死を否定し生を肯定し続ける。たったそれだけで彼は生き続けている。


 早く倒れてしまえと甘言を抜かす震える己の体に活を入れて無理矢理立ち上がる。体を動かす度に血が吹き溢れるがその一切を無視して未だに黄昏色の空を睨む。


 そしてその視線の先には罅割れた空間とそこから這い出ようと空間をこじ開けていく巨大な手があった。


 漏れ出る気配は先程の存在が蟻かと思えるほどに巨大だ。されど、男に宿る決意に揺らぎはない。


「来い、畜生共──」


 男の意思に呼応するように天井知らずに跳ね上がり続ける光が刀身に収束していく。莫大な光は男の肉体により深刻な傷を刻むがそれがどうしたのだと男は気にも留めない。


 男が求めるのはたった一つ。


「──勝つのは俺だ!」


 暴走する意志力が死にかけの肉体を黙らせ、無理矢理動かす。勝利を得る為に、そして何よりも守ると決めた存在の為に彼は剣を握るのだから。


 そんな男の後ろ姿を地面に力なく倒れ伏す少女達は様々な思いと共に見つめていた。


 宿す思いは憧憬か、安堵か、崇拝か──或いは後悔か。


 今はまだ分からない。


 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪




 堕落の終末。


 前世においてマイナーながらも妙な人気を博していたエロゲだった。


 ざっくりと世界観について説明するならば高度な科学技術と魔法が混ざった現代に近い世界だ。それで敵として登場するのは陵辱を好む怪物──悪鬼、或いはその上位存在たる悪魔と呼ばれる存在。そしてそんな相手に人類を守る為に戦う魔法少女ものだったか。


 エログロ上等、ソフトなものからハードなものまで用意しているらしく多種多様なシチュが存在しているのを知っている。


 基本的には女の子が酷い目にあったり可哀想な目にあったりするのは毛嫌いしているのだがそれでも触ったのには少し理由があった。


 それはこのゲームのアクション部分のゲーム難易度だ。このゲーム初心者向けと上級者向けとしての難易度が分けられていたのだが、上級者向けはその名の通りとんでもなく難しい。そう聞かされれば興味が湧くのがゲーマーの性だろう。


 初心者向けの方は良調整なのに対して上級者向けは抜きゲーに良くある雑に調整されたほぼ無理ゲーに近い難易度になっている。


 ワンパン即死は当たり前、謎の二回行動、敵のアホみたいに高いステータスなどなど……此方の心をへし折ってくるような要素盛りだくさん。というよりもあの難易度は負ける前提の作りなんだとは思っている。


 何せ一部のイベントは強制敗北なのだ。カンストした主人公部隊用意しても普通に負ける。そんなクソみたいな難易度を誇っている世界に俺は転生した。


 とは言え、前世には存在しなかった高度な科学技術と魔法のある世界だ。そういったものに心踊るというのは仕方がないだろう。


 しかしそんな淡く、どうしようもない楽観的観測は無情な現実に呆気なくぶち壊された。


 当然の事だが、俺は元々別の世界の出身の人間だ。平和な世界で生き続けた人間が戦う才能があるのかと言われれば確実に否である。幸い肉体だけはこの世界由来のものだからか、魔法に関しては一つだけ使うことは出来た。


 但しそれはあくまで使用できると言うだけであって使用すれば痛みでのたうち回ることしか出来なくなる最悪の魔法だったが。


 俺が扱うことの出来る魔法は『ガンマ線』と呼ばれるものだ。


 所謂放射能と言うやつだろう。死の光とも呼ばれる青白い光は何も対策せずに放てば、使用者本人であるが故に多少なりとも放射能に耐性がある俺以外の全ての存在は遺伝子を破壊され、即座に死に追いやる。


 そして俺もあくまで耐性があると言うだけでその耐性をぶち抜く程の強い光を放てばガンマ線は俺の体も容赦なく破壊する。そんな扱いにくいことこの上ない魔法には何度も血を吐かされた。


 故に俺はこんな禄に扱えもしない魔法は放って前世と同じように平凡に生きるつもりだった。……数年前のあの日までは。


 今も覚えている。


 いつものように貧民街の片隅で空を眺めてボーッとしていたら緊急避難警報がやかましく鳴り響いた。なんてことはない、いつも通り魔法少女が悪鬼を倒すだろうとそう考えて特に避難もせずにいたのだ。


 その瞬間、世界は一変した。


 何処までも青かった空は終末を迎えたかのように黄昏色に穢された。そして何も存在していない空に亀裂が入るとそこから語るもおぞましい姿の怪物がゆっくりと出てきた。


 肉々しい触手で出来た人型実体の怪物はぬらりと体から粘液を滴らせながら縦に大きく裂けた口で鋭く尖った乱杭歯を覗かせてニヤニヤと気持ちの悪い下卑た笑みを浮かべて逃げ惑う人々を品定めしていた。


 それは俺もよく知っていた。


 空が黄昏色に染まるほどの現実を侵食する強大な力を保有する悪鬼の上位個体──すなわち、悪魔。


 それを現実で初めて見た瞬間、吐き気が止まらなかった。


 気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い。


 あれの存在は許してはならない、あれは存在するだけで害悪である邪悪の権化だと。やかましく心の中のナニカが叫び続けていた。


 そう叫んでいたとしても、俺は何も出来やしない。強くなる為に訓練をした訳でもない、魔法を極めようと奮闘した訳でもない。


 痛いのが嫌だからと自分が扱える魔法をろくに鍛錬もしなかった怠け者だ。そんな人間が悪鬼ですら一般人にはどうにも出来ないのにその上位個体である悪魔をどうこうできるはずもない。だから、ここはいつも通り魔法少女に任せようと悪魔を感知して救助に来た魔法少女を背に、その場から避難した。


 けれど、そうだ。


 この世界はクソッタレだ。知っていたはずだった、理解しているはずだった。


 この世界は最初から救いようがないほどに詰んでいるのだ。


 立ち向かった魔法少女はものの数秒で敗北した。


 離れた位置からでも聞こえるほどに大きな魔法少女の悲鳴が聞こえた。痛みに喘ぐ声が聞こえた。助けを求める悲痛な声が聞こえた。


 その声に思わず振り返るとそこに広がっていた光景はあまりにも救いがなかった。


 あの悪魔は捕まえた魔法少女玩具に逃げられないように足を潰していた。そして残った腕にジワジワと圧力を掛けて指の先から少しずつ肉を潰し、骨をへし折っていた。


 その度に悲鳴をあげる魔法少女にあれは嬉しそうに愉悦の笑みを浮かべていた。そうして心をへし折った魔法少女を異界へと連れ帰り優秀な苗床にするつもりなのだろう。


 それを理解した瞬間、ざわりざわりと心が騒めく。フツフツと心の奥底から何かが煮え滾る。脳が茹で上がったようにただ一つの事だけ肉体に命令し続けていた。


 気がつけば俺は流れる人の波を掻き分けてそれに向けて歩みを進めていた。


「誰か助けて」と変身が解除され、魔法少女ですらなくなった少女が救いを求めて懇願している。けれど周りにいる人々は自分のこと見向きもせず、誰も助けにこない現実に絶望して心が急速に折れかけていく。それを悪魔は嬲りながら嘲笑う。


 ──もう無理だ。


 そう思った時には体は一直線に悪魔のもとへと向かっていた。


 悪魔は向かってくる俺の気配に気がついたのだろう。また新しい玩具が来たと笑みを浮かべて俺を視認すると何だ男かと酷くつまらなさそうな表情をしていた。


 苗床にもならない男は悪魔にとってただ音の鳴る玩具程度にしか思っていないのだろう。


 邪魔をするなと言わんばかりに雑に放たれた触手は俺の脇腹の肉をごっそりと抉っていた。魔法少女がものの数秒で敗北した悪魔相手に何も鍛錬を積んでいない人間が回避する所か視認することすら出来ないのは当然の事だ。


 ボタボタと血が溢れ、臓物がはみ出た感覚がした。当然激痛が襲ってきたのだろう。けれど、そんなものは一切感じなかった。


 脳が痛みを認識できる程の容量を確保出来ないほどに怒りの感情が脳を埋め尽くしていた。


 致命傷を貰って歩みは鈍るどころかむしろその逆。いつしか体は走り出していた。その時の悪魔は俺を見て果たしてどんな感情を抱いたのだろうか。


 今となっては知る術もないが、体が削られていくのを感じながらも変身の解けた少女と悪魔の間に幸運にも割り込めた。


 そして俺は──唯一扱える魔法を己に降り掛かる被害も何も考えずに全力で放射した。当然だ、何せ今まで痛いのが嫌で特訓も何もしていないのだから。指向性など持たすなんてことは出来るはずもなく全方位に全力で照射することしか出来やしないのだ。


 よく言えば自爆特攻、悪く言えば何も考えず全力で放っただけの大馬鹿者だ。


 ただ一つ褒めるのであれば極至近距離にいた少女を自分の魔法から守るように彼女の盾になっていたことだろうか。


 何せガンマ線は死の光だ。浴びたら最後、如何なる存在であれ生物である以上は問答無用で遺伝子ごと肉体を破壊し、凄まじい熱量で滅却する。ガンマ線から逃れる術はなく、極至近距離から死の光を照射された悪魔は肉体がボコボコと沸騰し、異臭放つ汚物へと成り果てた。


 そして俺もまた悪魔を倒すほどの力を使った代償を払うこととなった。


 ガンマ線による肉体の汚染、内部組織の破壊と凄まじい熱量による体表面の殆どに大火傷を負った。ガンマ線の光が消え去ると力なく崩れ落ちて倒れ伏した。


 意識が薄れていく。あの少女は助けられたのだろうかと思いながらもそれ以上に心の内で燃え盛り続ける嚇怒の炎は悪魔を倒して鎮火する所か、泣き叫んでいた少女を想起してさらに轟々と燃え盛っていた。


 ──邪悪なるもの一切を許すな。


 意識が途絶える最後の瞬間まで俺の心は猛り狂い続けていた。


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 現代に蔓延る悪鬼や悪魔。それらを退治、或いは撃退するべく生まれた科学技術と魔法の融合により誕生した革新的な新技術。それは悪鬼や悪魔といった上位存在相手に人間が対抗するべく生み出されたものだが、それには致命的な欠陥があった。


 それはほぼ女性しか適応できないという欠陥だ。


 女性であれば素質があれば高確率で適合するが、反対に男性であるならばいくら素質があろうとも高確率で拒絶反応を引き起こし、死に至る。


 長らく男性が適合しない原因を探っているが未だに不明。また、女性といっても誰でも良いという訳ではなく若ければ若いほど適合率が上昇する。


 故にその技術を授かるもののほとんどが徴兵された若い少女達だ。


 子供を戦いの矢面に立たせるのはどうかなのかという批判の声も技術が確立された頃から出ていたが、日に日に増加する悪鬼や悪魔による被害の拡大により沈静化していった。


 寧ろ少女達がいなければ今頃自分達は滅んでいると誰もが薄々理解したからだろう。


 そんな特殊な衣装に身を包み、今も世界のどこかで常人には到底理解できない技術を用いて悪鬼や悪魔と戦う少女達のことを人々はいつしか大昔のアニメという映像に存在した者達から名をとって魔法少女と呼ぶようになった。


 そして魔法少女達を束ね、悪鬼達に対応すべく生まれた組織の名を悪鬼対策本部魔法少女課。世界政府公認の対悪鬼組織である。


 魔法少女の名に冠する者達は皆一様に政府の管理下に置かれている。全ては世界全体の平和を維持する為、延いては悪鬼や悪魔を撃滅するべく日夜特訓に励んでいる。


 その中でも最高位の魔法少女達によって構成された第一課──セフィラ・フラグメントと呼ばれるチームの本拠地である漆黒の摩天楼の如き高層ビル。その最上階に位置する室長室で、妖艶な雰囲気を醸し出す夜明け前の白ずんだ情景を想起させる美しい長髪の女性と本来ならばこの場に存在してはいけないはずの純白の法衣を身に纏い、一振の刀を帯刀した男が相対していた。


「市街地に出現した十六体の悪鬼と並びに二体の悪魔は滅却してきた。そして救援要請を出していた魔法少女の救出にも成功した。あの傷ならば一週間もしないうちに完治するだろう。これが報告書となる」


 男の報告を聞いた女性は呆けたように口を開けた。


「……もう全部滅却してきたのかい? まだ一時間程しか経ってないのに?」


「一時間も、だ」


「しかしだねぇ、悪鬼の数もだし、その上二体の悪魔だよ。その全員を相手取って一時間で滅却とはねえ?」


「悪魔と言えど二体ともに下位の存在だ。なればこそその程度の存在に手古摺ってなどいられん」


「ふぅん、なるほど……そういうものかい。それにしたって相変わらず凄まじいものだね。流石は王冠を冠しているだけはある」


 その言葉を聞いて上機嫌そうに笑う。そして渡された今の時代では骨董品扱いされる手書きの報告書を手に取り、鼻歌を歌いながらデータ化してサーバーへと転送する。


 それを確認した彼は一礼し、出ていこうとするのだがその前に女性に腕を掴まれてグイッとその細身の体からは想像も付かないほどの力で引き寄せられた。


 腕を絡め取り、そう簡単には逃げられないように胸の谷間に挟み込むとお互いの吐息が唇に当たりそうな程に接近する。


「まあ、待っておくれよ」


 並の男なら一発で悩殺されかねないほどの色香を放ち、若干頬を赤く染めて見惚れるような笑みを浮かべる。が、それは彼にはほんの少しも通用せず、呆れたように顔を離される。


「そういうことは他のやつにやってやれ。お前ならばそれこそ選り取りみどりだろう。悪いが俺はそれに付き合うほどの余裕は無い」


 そう言うとガッチリとホールドしていたはずの腕はいつの間にか抜け出しており、そのまま踵を返そうとする彼に女性は少しむくれた様に、けれどどこか嬉しそうにしていた。


「僕は食事に誘おうとしただけだよ。それだと言うのに僕の親友であるニーア君はそんなことをすると思っていたなんて僕は悲しいなぁ」


 わざとらしくよよよーなどと泣き真似をする彼女にニーアと呼ばれた男は大きなため息をついた。


「あっ、いいのかー? いつも君の手書きの報告書を態々データ化してサーバーに保存している僕に向かってそんな態度を取っても。そのお礼として一緒に食事するくらいは僕はバチは当たらないと思うんだけどな?」


 痛いところを突かれたニーアはもう一度吐きそうになった大きなため息をグッと堪える。そして本当に渋々といった様子で彼女のお願いを承諾した。


「分かった、それが謝礼になるというのであればあかりの食事代くらいは奢らせてもらおう」


「流石は僕の親友。賢明な判断を下してくれて僕は嬉しいよ。それじゃあ、一緒に行こうか。何、味は保証するとも。僕の行きつけの店だからね!」


 そう言って彼女はニーアの腕に手を絡めて楽しそうな笑みを浮かべて彼を急かすように引っ張っていく。


 ……尚、その後市街地に出現した悪鬼により食事会はものの見事にぶち壊されて明は能面の如き無表情へと変わるのだが、まあそれは語る必要も無いだろう。






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