第4話

 結局、同居人たるアトルシャン・ミックスは、一晩帰ってこなかったのだ。

「とりあえず、朝食を食べた後で――」

 私が朝食を取っていると、徹夜したらしい彼が、ふらりと帰ってきた。

 声をかけようとしたところで、この返事。

「収穫はあったようだな」

「そう見える?」

「口元が笑っている」

 メイドに頼んで朝食を用意させる。

 この下宿をミックス君の情報部に買われたときに、付いてきた人物だが、よく出来たメイドだ。彼女の話では、彼が帰ってくることを見越して、下準備がされているそうだ。

 食事がやって来る前に、今回の宝石のことについて話が聞けるだろう。

「実を言うと、仕上げはこれからなんだ」

「解決したんじゃないのか?」

「相手は、貴族のご夫人だよ。日も出ていないうちにドアをノックするほど、僕は常識外れじゃないよ」

 貴族の夫人だと――

 あの宝石の懸賞金を新聞に出した人物だというのは、ピンと来た。

 私が前のめりに聞こうとした時、ノックされてメイドが朝食を運んでくる。

「お腹がペコペコだよ」

 手をすり合わせて、目の前に並べられた朝食に気を取られて話が中断してしまった。

 ハムエックにトースト。西アスクリスの人間はよく貧素な朝食を取るものだ。

「昨日のお昼から何にも食べてないから――」

「――それで、客室係は捕まえられたか?」

 ナイフでハムエッグを切り分け、器用にトーストの上に載せる。それをパクリとしているところに、私は話しかけた。

「――まあねぇ。ホテルの支配人に頼んで……警察にはちゃんと行ったよ。

 この件もあるからね」

 と、ポケットから宝石――実際はガラス玉――を取り出したが、すぐに仕舞った。

「警察に行ってみたらビックリ。すでに僕らが探していたリストも……それ以上に、警察は特定していた。ノクティスの警察は優秀だね」

「捕まっていた!?」

「ああ……でも、そいつは宝石の場所を吐かなかったんだ。

 そこで警察は、夫人を説得して懸賞金という形で、宝石を探したわけ」

「宝石は……盗んだところですぐには金にはならんからなぁ。

 金目当てだとしたら、宝石を捌いた後よりも、目先の懸賞金のほうが――」

「そのほうが手っ取り早い」

 気が付くと朝食を平らげ、食後のコーヒーを飲んでいる。

「そこに宝石を持った僕が登場……危うく一味と思われて、拘束されたんだけどね」

「説得に時間が掛かったか。鉄道の制服で乗り込めば、疑われて当然だ」

「まあ、それで一晩このざまだよ。

 その客室係はガラス玉を見せたら、観念してペラペラと喋ってね。

 盗ったのはいいが、どうしていいか判らず、とりあえず家に持ち帰った。その持ち帰った家っていうのが、ガウスを育てていたところだったんだ」

「なんでガチョウの腹の中に?」

「それが傑作なんだ。事もあろうに、特徴的な色のガウスに飲み込ませたそうだ。

 だけど――」

「気が付いたら出荷された」

「そういうこと――裏取りとか、色々でこんな時間になってしまったんだ」

 ミックス君はまだ若い。もう少し段取りを学んだほうがいいだろう。

 これに懲りて、下手なことに顔を突っ込まないことを学んだのではないだろうか。

 無罪も晴らしたのだ。宝石も持ち主の――ん!?

「なんで今、君がその宝石を持っているんだ?」

 そうだ。普通は警察の手に渡っていて当然だ。

 たとえ宝石が偽物だといっても、警察に渡すべきなのではないだろうか。

「これかい? これからが本番。

 夫人はこのガラス玉に保険金をかけていたんだ。保険金詐欺だよ」

 すでにコーヒーを飲み終わっていた。

「さてと、君も1日ヒマだろ?」

「いや、私は――」

「どうせ1日、新聞を読んでいるだけだろ。さあ外出の準備をして!」



〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青いカーバンクルの冒険~灰色の習作~ 大月クマ @smurakam1978

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ