第2話

「とりあえず、こっちかな?」

 同居人ミックスに連れられたのは、下町のほう……そこにあるパブであった。

 私のポケットにはあの『小さな炭カーバンクル』が入っていた――どうやらガラス玉らしいが。

「ここで、ダチョウガンスを買ったそうだ」

 普通は肉屋で手に入れると思ったが、パブで買ったとはどういうことかよく分からない。

 お世辞にも清潔とはいえない。下町の労働階級向けといった感じのところだ。

 今まで彼の行動を見ていると、少々潔癖症のきれい好き。そんな人物とこのパブの雰囲気はあわないであろう。所属は情報部とかいっていたが、外出時は、『国際鉄道』の鉄道員の制服を着ている。全身真っ黒。黒の制帽に、詰め襟の制服も黒。汚れを目立たないためだろうが、ただ彼の場合は性格上

 少し汚れれば、すぐに不機嫌になる人間だ。

「僕はビールを……君は何がいい?」

「ん? ああ――」

 少し考え事をしながら、バーカウンターに着いていた。目の前に亭主らしき毛むくじゃらの男が立っていた。袖からでた腕も毛むくじゃら。かなりの筋肉自慢といた感じであろう。シャツの上からも胸板の厚さが分かる。そして、何も頼まない私に不機嫌になっているようだ。

「だったら、辛口の白ワインを――」

「――林檎酒ぐらいしかない」

 ムッとしながら振り返り、背後に並んでいる酒樽に向かう。蛇口が付いていて、ミックスが注文したビールをジョッキに注いでいた。私の注文したのは――カウンターの下から取り出した大きなガラス瓶から、何か液体を注いでいる。


 ――私の分は本当に白ワインか。


「それで。何か聞きたいことでも?」

 相変わらず不機嫌そうな亭主。受け渡した時のジョッキもコップも、音を立ててカウンターに置いた。

「いや、昨日、買ったガンスについてね」

「ガンス? お前みたいな若いのには、紹介していないが――」

「ゴメン。ガンスじゃなくて……ああ、ガチョウ、ガチョウだよ。フォーゲル……鳥のことなんだが、鉄道員に数羽まとめて売っただろ?」

 同居人が朝からガンス、ガンスといっていたが……思い出したら、このあたりの言葉では、ガンスは娼婦を表す言葉だ。

 ここもそういった女性を仲介する事をしているのだろう。亭主はそれと勘違いされたかもしれない。

「――そのことか」

 不機嫌そうにため息をついた。

「朝から何度も同じ奴が、しつこく聞いてきてウンザリしているんだ」

 そのことか――私たち以外にガチョウについて聞いてきたのがいるのだろうか。

「それは大変だったねぇ――君も1杯やってくれ!」

 と、ミックス君はポケットから硬貨を出して、テーブルに置いた。

「こりゃあ、どうも――」

「ところで――」

 亭主がそれを取ろうとしたところで、彼は人差し指を置いてコインを止めた。

「その聞いてきた人っていうのは――」

「ああ……あまり見かけない奴だが、駅のホテルで客室係をしているとか」

「――ありがとう」

 ミックスは、そこでようやく指を離した。

 亭主はコインを受け取ると、振りかえって自分のためにジョッキにビールをつぎ始めた。

 私と同居人は、そこでようやく自分達に出された飲み物に手をかける。

 ところで、コップに注がれた液体はなんなのだろうか。

 鼻に近づけて匂いを嗅いでみると、ワインとは思えない匂いをしているが――

「もうひとついいかな? あのガチョウはどこで飼育されたものか解るかい?」

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