第7話 疑惑

 淡い朝日がカーテンの隙間から漏れ出ている。ベッドでぐっすり寝ていたカーラがまだ眠気に満ちた眼をこすりながら上体を起こすと、隣で寝ていたハズのレイがいないことに気付いた。リビングの方へ歩いていくと、ノートパソコンを前にしたレイがぼやけた視界の中に映る。


「おはよう、カーラ」


「おはよう、レイ。何してるの?」


 カーラはノートパソコンの前に置かれたノートを見ながら尋ねた。


「学校に行くなら、予め勉強しようと思って、小学校の授業動画を見てたの」


 寝室にあったパソコンをわざわざリビングに持って行ったのは、カーラへの配慮だと感じ、彼女はレイが勝手にパソコンを使っていることについて追及しなかった。


「どう? 難しい?」


「んーそれなりに。元々工場では作業と並行して、ここより少し前のところは勉強してたけど、この動画の人説明が早くて追いつかないよ」


「へぇー、これは今何見てるの?」


「理科の授業。これびっくりしたんだけど、犬って元々野生に存在しなくて、オオカミを家畜化することで、人間に親しみのある種へと進化したんだって」


 嬉々として語るレイを見ながら、カーラは少し顔をしかめた。


「カーラ、お腹すいた」


「ええ、そうね。何か作るから待ってて」


 それを聞いて、レイは腰かけていた椅子から立ち上がった。


「うんうん、僕にも手伝わせて。学校じゃ家庭科の授業で料理もするんでしょ」


「ええ、そうね。あなたの学年じゃ少し早いと思うけど」


 レイはハミングをしながら、カーラ共にキッチンへ向かった。




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 朝食を終えたカーラとレイは、レイの新生活用品の買い出しにモールへ歩を進めていた。昨日とは打って変わって、曇りの無い青空が広がる。夏が近づいて暑くなってきているこの季節だが、そんなことは気にも留めないで、レイは笑顔でカーラの横にしっかりと張り付く。二人の前に大きなビル群が立ち並ぶ。


 その中でも一際異彩を放つ建物の入り口に入り、案内板を見ながら、カーラが口を開いた。


「まずは服でも選ぼうか」


「えー先ずは学校用のタブレットだよ」


 レイが抗議した。


「そっちはある程度買うものが決まっているから、先に判断力を使う衣類買いをすませましょう」


「でも服なんてどうでもいいよ」


 レイは、興味がなさそうに足をぶらぶらさせていた。


「ファッションは数少ない個性を披露する場なの。皆気を使うから、ダサい服装の人がいたら浮くわよ」


「へぇー」


 そう言いながら、レイは何か言いたげにカーラの全身を上から下に眺める。白いブラウスに、青いジーンズ、そして、してるのかすら怪しい簡素なメイク。別にダサいという訳ではないが、昨日と大して変わらない恰好という事実も相まり、街中で見かけた彼女と同年代の人は、確かにもっと拘っていたと、レイは思い出していた。その様子を見たカーラは鼻をならして、前に歩き出した。


「私はいいの。もう社会的にだいぶ浮いてるから」


 レイは黙って、その後を追った。その彼を振り返らず、カーラは続けた。


「それに、そんな方法で個性を表現しようと思わないから」


 俯き気味に語るカーラの表情は、後ろにいたレイには見えなかった。


「でも、そもそもこの国ではDNAごとで人を見るんでしょ? どうして個性なんて……」


「それがこの国の人達の矛盾。昨日のユーリを覚えてる?新個人主義という考えが彼女の根底にあって、それはオリジナルが存在せず、クローン体を含めて自分とし、自分を複製することが最優先というものなんだけど、長い年月を経て、社会構造がそれが最適解になるように変化し、多くの人がその考えに至ったわ。でも私は、ある意味、その矛盾が政府に対する無言の抗議でもあると思っている。私たちはそれぞれが違う人間だって」


 真剣に語るカーラの横で、レイは改めて昨日の出来事について考えていた。カーラはその新個人主義に染まっている様子はなかった。しかし、生まれは異なるが自分の姉妹のような人達7人を、その日出会った少年の為に犠牲にする覚悟があったのか。


 これはレイがずっと考えていた疑問だった。もしかしたら、国の考えに従うユーリとは対照的に、カーラは社会に反抗するという形でオリジナリティーを得たかったのではないだろうか。


(けど、それじゃデメリットが大きすぎるよ)


 しかし、それはメリットと捉えることも可能だった。彼女以外の桐谷のクローンが全員死んだその時、彼女は世界唯一の存在となり、真の意味での”個”を手に入れることになるのだから。


(そんなわけ、ないよね……)


 そんな恐ろしい想像をしていると、自分がいつの間にか立ち止まっていることにレイは気付いた。前方でカーラが振り返り、こちらを呼んでいた。


「店はこっちよ。早く来なさい」


 レイはその疑惑を払拭するように、思いっきりカーラの方へ駆け出した。

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