第8話 黄色い瞳①
入口に入った時は、空いているように見えた建物であったが、アパレルショップはどこも人で溢れていた。特に今二人がいる、実用衣料品を取り扱う国内大手のファッションブランドのテナントでは、人に触れずに移動するのが不可能なレベルだった。幸い子供服の販売区画はあまり人が集まっていなかったため、二人は即座にそこへ移動した。カーラがレイに似合う服を探す傍らで、レイは面白いものがないかと、辺りを見回していた。
「これ何! かっこいい」
レイが指をさした先には、有機ELシートを埋め込み、鮮やかな映像を流す衣類を身にまとうマネキンがあった。
「そんなもの授業中目立って仕方ないわ。第一高いし……」
「でも、これがあったら外でゲームが出来るよね?」
カーラはレイの方を見ずに、服を選んでいた。
「それか、他の人があなたの背中で勝手にゲームをするかも知れないわね」
「それは困るよ。そんな見辛いところでやられちゃ僕が負けるもん」
本当に困った表情をするレイを見て、カーラは少し微笑んだ。
「映像は出ないけど、似たような物で、体の動きに合わせて色が変わる服なら安いから大丈夫よ」
カーラはそう言いながら、ハンガーラックに掛かっていた、フォトニック材料を生地に用いたジャケットを取り出した。
「これなんか、最初は茶色っぽいけど、伸ばすと緑色になって、あなたの瞳の変化を表しているみたいでかっこいいんじゃない?」
そのジャケットは武骨で謎の金属光沢を放っていて、お世辞にもセンスがいいとは言えなかった。色が変わるといっても、鉄の錆色から、銅の錆色のような変化で、未開の部族の長が着ていそうにも思えた。カーラは左半分の口角を上げ、悪戯な笑顔でレイに見せていたが、彼にはその真意が伝わらなかったらしい。
「か、かっこいい──」
「え?」
「めちゃくちゃいいじゃん!全身それにしたい!」
カーラは、思わぬ反応に後ずさりをした。
「で、でも目立つわよ」
「個性を表現するためでしょ。なら尚更だよ」
レイは、困惑するカーラからそのジャケットを奪い、早速試着をした。
「うわーこれ最高だね。腕を曲げるたびに肘が緑色になる」
案の定、全く似合ってはいなかったが、彼の満面の笑顔を前にして、そんなことが言える雰囲気ではなかった。
「じゃあ、これのズボンとかパンツを探してくるよ」
そう言うと、レイは隣の区画の方へ嬉しそうに駆けていった。残されたカーラは、本人が好きならそれでもいいかと、思い直していた。
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レイがフォトニック素材の下着を探していると、近くから少女と男性が口論する声が聞こえてきた。
「だから、私はそんなの絶対に着ないわ!」
「どうして? この鮮やかな緑色への変化は間違いなくお前を美しく彩るよ」
そう答えた男性の手には、先ほどのフォトニック素材のドレスが握られており、それを女の子の顔に近付けていた。二人とも黄色い瞳をしており、異国風な顔も似ていたため一目で親子だとわかる。少女のさらさらとした髪は肩まで届き、その間からは、大人っぽい顔を覗かせている。彼女はレイより少し背が高く、年上か、同い年ぐらいのように見えた。父親の方は眼鏡をかけており、髪を短く纏め、小奇麗な恰好をしている。レイがその口論の様子を見ていると、女の子がレイに気付き、そのフォトニック素材で全身を包んだ彼を指をさした。
「ほら見て! あれよ! あれのどこに美しさがあるの」
レイの口がショックの余りあんぐりと開いた。
「何言ってるんだ、とってもかっこいいじゃないか。お前がオシャレを語るにはあと100年足らないようだ」
「よかったわ、あんな服を着る前に死ねそうで」
レイはフラフラになりながらも、何とかその女の子に近づき、声を出す。
「絶対に似合うから一回着てみて」
少女は顔を顰めながら首を振った。
「嫌よ。あなたも100年先に行ってるの?」
レイが真剣な眼差しを向ける。
「そんなこと言わずに。可愛い人にこそ着て欲しい」
少女は一瞬顔を赤らめたが、直ぐに声を荒げて返答した。
「そう思うなら、もっと女の子らしいものを持ってきてよ!」
その言葉に男性陣二人はハッとした。
「あー女の『子』らしいものか……」
「そうだよ、おじさん。彼女はまだ子供だよ。大人の魅力には到底気付かない。分不相応な代物だったんだよ」
「そうだな、坊や。馬子にも衣装というから試してみようと思ったのだが、豚に真珠、犬に論語、兎に祭文だったか」
「あんたら失礼ね!」
顔を真っ赤にする少女を横目に、二人は話を続けた。
「おじさん、僕らで彼女に服を見繕ってあげようよ」
「いい案だ、坊や。君となら新世代のファッションを見つけれる気がするよ」
そういうや、二人は一緒に店を散策しだした。
取り残された少女の下へ、カーラがやってきて、二人を見送る彼女の横に立った。
「ごめんね、うちのバカが迷惑をかけて」
少女はカーラに一瞥を向け、視線を父親とレイに戻しながら、落ち着いた声で答えた。
「いえ、むしろ嬉しいんです。父があんなに楽しそうに誰かと話しているのを見るのは久しぶりなんです」
カーラが、少女の顔を覗き込むと彼女の顔にはやさしい笑みが浮かんでいた。同時にその特徴的な黄色い瞳にも気付き、彼らの境遇を察した。
「それにしても、何で男って金属とか変化とか武骨で派手なものが好きなんですかね」
カーラも笑みを零し、同調する。
「クジャクみたいなものじゃない。派手ならモテるみたいな考えがどこか根底にあるのよ」
「私の父は、きちんと子育てはしてくれているようで良かったです」
少女はクジャクのオスは子育てをしないことを言っていた。カーラは、この子はやっぱり聡明なんだと思い、少女に笑顔で返した。自分のジョークが伝わって嬉しかったのか、少女もそれに笑顔で答えた。
「それで、あの人たちに任せておいていいの? あの調子じゃ、きっとろくなもの持ってこないわよ」
前を向き直したカーラが尋ねた。
「いいんです。もう既に気に入った組み合わせを見つけているので、彼らが頑張って持ってきたものを一笑に付して、それをレジに持って行ってあげるんです」
少女は悪戯な笑みを浮かべた。
そんな話をしていたら、二人の探索は終わったようで、衣類を入れた籠を手に笑顔でやってきた。父親が真っ先にカーラに話しかけた。
「どうも、娘の面倒を見てもらってありがとうございます。レイ君のお姉さんですか?」
その顔を見た瞬間、カーラは凍り付いた。それは昨日、レイの命を狙い、カーラに頭を打ち抜かれた、ユーリの部下のアインズと呼ばれる男にそっくりだったからである。
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