第9話 黄色い瞳②
カーラは目の前の男が昨日、レイの命を狙ったアインズという男のクローンだと感じた。挨拶をした彼に、動揺を隠しながら、カーラは返した。
「いや、親戚の子供です。こちらこそレイと遊んでくれてありがとうございます」
カーラは軽い会釈をした。
「申し遅れました。私は小山ポールです。そしてこの生意気な娘が望月エルナです」
ポールは不満げな少女の頭の上に手を置きながら、自己紹介をした。
「私は桐谷カーラ。こっちは──」
(まずい、また名前考えてなかった)
カーラが考えあぐねていると、隣から元気な声が聞こえてきた。
「レイ・ヴァレンタインです!」
三人は驚いた顔をした。その後、一瞬エルナが嬉しそうな表情を浮かべたのをカーラは見逃さなかった。しばしの沈黙の後、ポールが口を開いた。
「君は留学中とかなのかい?」
この国では、例え外国人であろうと、定住の際には、苗字をその国風に改める必要がある。実際、この親子二人も生まれは別で、移民としてこの国に来た際、苗字をそれぞれ分けて変更した。
「い、いやゲームのやり過ぎで、そういう名前に憧れていたみたいなんです」
カーラの説明で二人は納得した様子で、胸を撫でおろした。その様子を見て、ホッとしたカーラはさらに続けた。
「本当は、天音レイって言います」
レイは不満げな表情でカーラを見上げた。そんなレイに目もくれず、カーラはレイがこれ以上余計なことを言わないように、体と足を使って、彼を後ろの方へ追いやる。
「……その、ポールさん。突然ですけど、軍隊経験などはおありですか……?」
遠慮がちに尋ねるカーラを、ポールは怪訝な顔で見つめる。
「いえ、私はしがない会社員です。私のクローンの何人かは現在も軍に所属していますから、もしかしたら彼らかもしれませんね」
カーラはホッと胸を撫でおろした。アインズの記憶がこの人に継がれることはなさそうだとカーラは感じた。最も、共有化されたとしても、昨日のカーラ達のことを覚えている訳ではないが、ユーリのクローンが子供を連れているという、余計な情報を与えてしまうことになりかねない。
「そうだ、レイ君。エルナに僕たちのコーデを見せてあげよう」
「そうだね、おじさん」
カーラをかわすようにレイは、ポールの下に駆け寄り、彼の持っていた籠を受け取った。カーラは仲良くなった二人を見て、複雑な気持ちになった。その後、レイは嫌がるエルナの背中を半ば強引に押し、試着室に先ほどの籠と共に押し込んだ。
「着たら見せてね」
カーテン越しにレイの声を聞きながら、エルナはため息をついた。そして諦めて着替えようと、籠を覗き込んだエルナは驚愕の表情を浮かべた。
しばらくすると、試着室から、
「開けるわよ」
と、声がした。そこには先ほどとは打って変わって大人びた服装の女性が立っていた。三人から歓声が漏れた。黒のスキニーボトム、レースデザインのインナーに、ベージュ色のニットのカーディガン、そのどれもがエルナが欲しがっていた商品だった。
「どうしてこれを……」
ポールが横から口を挟んだ。
「いいセンスしてるだろ。俺が歩くだけで5倍の運動が出来るウェアラブルトレイナーを推す中、この子はこれがエルナに似合うって頑なに言い張ったんだ」
エルナの顔がレイに向き、目があったレイはにっこりと微笑む。
「どう?気に入ってくれた?」
エルナは一瞬言葉に詰まった。
「ダサいわ。あなたやっぱりセンスが無いわね」
動揺を取り繕うように、言った言葉だったが、レイ以外には見抜かれている様子だった。レイが悲しそうに俯く様子を見て、ばつが悪くなったエルナは、
「でも、あんたがわざわざ選んでくれたんだから一応買っておくわ」
といい残し、そそくさとカーテンを閉めた。
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その後、お互いに協力しながら両家族は服を選んだ。ファッションが好きなエルナは、レイのコーデも手伝っていたが、終始仏頂面だった。対して、無理に父親の服を選んでいる時の彼女は、とても楽しそうに微笑んでいた。お互い、会計を済ませると、店先に出た。
「今日はありがとうございました」
丁寧にお辞儀をするポールを見て、この国に来て長いことが、カーラは見て取れた。
「いえ、こちらもありがとうございます。この子の服選びを手伝っていただき感謝しています」
「いやいや、一番積極的に手伝っていたのはこの子ですから。それではまたご縁がありましたら」
照れた様子のエルナを見て、レイは、
「今日はありがとう」
と言った。
「うん。じゃあ」
目も合わせず、無愛想に答えたエルナはそのまま父に連れられて、その場を離れた。
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買い出しを終えたレイとカーラはモールを離れ、昼食のため道中の庶民向けのイタリアレストランに入った。買い物に熱中し、すっかりお昼時を過ぎていたため、あまり混雑はしていなかった。適当な席に座り、二人はメニューを眺めた。
「リゾットって何?」
メニューには写真も載ってなかったため、どんな料理かわからず、レイは尋ねた。
「バターとかで炒めた雑炊みたいなものよ。ほらちょうどあの人が食べてるのがそれよ」
カーラの指をさした方向には一人客の女性が、カウンター席で食事していた。
「じゃあ、それにする」
カーラは自分のオーダーも決めた後、定員を呼び、注文を始めた。
「カルボナーラと、あの人が食べてるのをお願いします」
それを聞いたレイが困惑した表情を向ける。
「カーラ、あの人は一人で食べられるよ」
「わかってるわよ!」
常識を教えていくのは大変そうだと、改めてカーラは感じた。
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料理はすぐに届いた。
「これ、すごくいけるよ」
おいしそうに食べるレイの様子が、カーラには何だかとても微笑ましかった。
「そういえば、いつから学校にいけるの?」
カーラはパスタを巻きながら答えた。
「え、あー明日から」
「早くない?」
「本当にそう思うわ。問い合わせだけ送ってたら、日曜日だというのに、ついさっき連絡が来て、一日でも早い方がいいって話になったの。朝に私が手続きを済ますから、明日は一緒に行くわ」
「わかった。明日からかー、楽しみだね」
その時、店内に設置されていたテレビからニュースが流れてきた。
『本日、小桐下院議員の移民クローン規制に関する法案を巡って、移民たちが各地で暴動を起こしています。特に、黄色い瞳が特徴のヒバナ族は組織的に賛成派議員を襲い、状況は熾烈を極めています。また、移民への暴力事件も増加し、両者の間の溝は深まるばかりです』
それを聞いたカーラは、静かに口を開いた。
「そう、今日昼間にあった彼らはヒバナ族。その賢さ故にこの国で最も恐れられている民族なの」
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